「竜の上って気持ちよい」―属国観光編③―
属国へ向かう方法と言えば、何を思い浮かべるだろうか。
一般的に考えれば移動手段というのは、馬車か歩きである。マドロールが嫁ぐ際も馬車に揺られていた。
帝国と属国は距離は離れている。
普通の移動では、往復と滞在でかなりの時間がかかると言えるだろう。皇帝夫妻が長い間、帝国を後にするのは好ましくない。
というわけで、今回は――
「竜の上って気持ちよい」
マドロールは、竜の上にいた。
この竜はヴィツィオの竜であるクロフィワである。
マドロールはクロフィワの上にはと時々乗せてもらっているが、これまでは本当に短い距離だった。
今回は長い距離の移動になるので、マドロールには不安もある。けれど、マドロールは不安よりも楽しみの方が強かった。
「ヴィー様、前も乗せてもらったけれど、竜の上ってあまり揺れなくて不思議ですよね」
「揺れないようにしているからな」
「クロフィワは良い子ですよねぇ」
マドロールはそんなことを言いながら、クロフィワを撫でている。
「ヴィー様は結構長距離で移動したりしてるんですか?」
「昔はな」
「ヴィー様と竜って本当に似合いますよねぇ。こうしてこんなに至近距離でヴィー様の竜に乗っている姿を見られるとか、もう本当に幸せです」
「そうか」
「はい! なんというか、絵になりますよね」
マドロールはにこにこと笑いながらじっとヴィツィオを見ている。
竜の上で、風などの抵抗を抑えたり落下を防ぐ魔法具などを身に着けている。空高くに飛び上がる竜の上にヴィツィオと一緒にいる。
そしてその後ろには竜騎士たちがいる。
その竜騎士たちの竜の上には、侍女たちも乗せられている。
皇妃に仕える侍女たちというのは、こうして竜にも乗るのである。中々大変だったりもするが、侍女たちは待遇も良いので職場に不満はない。
ちなみにクロフィワの上にはヴィツィオとマドロールだけが乗っている。
「ヴィー様、こんな上から見下ろすとなんだか色んなものが小さくて不思議ですね。あれはなにをしているんですかね?」
「狩りだろ。罠がしかけてある」
「ヴィー様って視力いいですよね。なんだか何も見逃さない感じが解釈一致です。ヴィー様だなぁっておもいます!」
「そうか」
「はい! あっちの川は結構長いですよね。あんなに山の上から、下のほうまでずっと流れていて凄いですよね」
「そうだな」
「ヴィー様、あの湖なんだか顔みたいじゃないですか?」
「そうか?」
「はい! 小さな湖が三つ並んでて、笑っているみたいで可愛いです。こういう風に上から見ると分かる発見って楽しいですよね」
マドロールは竜の上ではしゃいでいた。
空の上から見下ろすと、なんだかワクワクした気持ちになって仕方がなかった。
マドロールが一生懸命喋り、ヴィツィオは言葉は少ないが笑みを浮かべている。竜の上だろうとも皇帝夫妻はいつも通りである。
竜の上で思いっきりはしゃいでしまったらしいマドロールは、途中から少し言葉を紡がなくなる。
「疲れたか?」
「ちょっとだけ……でも折角の機会だから見逃したくないなと思います。見ていると楽しいですし、休んでしまうのはちょっともったいないかなぁって」
折角のヴィツィオとの旅行が楽しくてたまらないマドロールの率直な感想である。
だけど、マドロールが少し疲れていることはヴィツィオには見通しである。
「マドロール」
ヴィツィオはマドロールに声をかけると、その身体を抱き寄せる。
「寝ろ」
「はい、寝ます!」
そしてマドロールに眠るように言えば、すぐに頷く。
竜の上だろうとも、ヴィツィオの腕の中はマドロールにとってはどこよりも安心できる場所である。
だからマドロールはすぐに瞳を閉じるのであった。
次にマドロールが目を覚ましたのは、属国に向かうまでに宿泊すると予定されていた街である。
公には皇帝夫妻が訪れることは告知していないが、そこの領地の領主は流石に知っている。
マドロールは、その街に辿り着いてもまだすやすやと眠ったままだった。……マドロールの意識があれば領主の館で寝るなんてと慌てただろうが、竜での長時間移動で疲れていたのか穏やかに眠っている。
皇帝夫妻を迎え入れるために訪れた領主たちは眠っている皇妃に驚いていた。
「ようこそおいでくださいました」
「部屋に案内しろ」
ヴィツィオは領主に話しかけられてもそんな調子である。
ヴィツィオは眠っているマドロールをお姫様抱っこしていた。そして案内された部屋にマドロールを連れていくとベッドに寝かせる。
マドロールが起きるまでの間にヴィツィオは領主一家に食事に誘われたりしたが、全部拒否していた。
「ヴィー様ぁ?」
寝ぼけていたのか、マドロールは焦点のあってない瞳でヴィツィオを見ている。
「起きたか」
ヴィツィオが声をかければ、マドロールは慌てて起き上がる。
「ヴィー様! ここどこですか?」
「今晩泊まる領主の屋敷だ」
「私眠ったままだった!? は、恥ずかしい」
「何も気にしなくていい」
「いや、気にしますよー。もー、これから挽回します!!」
マドロールは恥ずかしそうにしていた。
そしてその後、挽回するかのように領主一家との食事でマドロールは皇妃らしくあることを務めるのであった。




