「氷の皇子ねぇ……」
ヴィダディ 十三歳
「皇太子殿下は本当にかっこいいわ」
「皇帝陛下にそっくりで、本当に芸術品のような見た目だわ」
「ああ、でもあの陛下の息子だからお母様もお父様も近づいたら危ないっていうのよね」
――社交界の場で、帝国の皇太子であるヴィダディのことはいつも噂されている。
今年十三歳になるヴィダディは、父親譲りの美しい黒髪と、母親譲りのルビーのようにきらめく赤い瞳を持つ。幼い頃からそれはもう美しい少年であったが、年を取るにつれてその美しさは増していると言えるだろう。
そんなヴィダディは異性から騒がれているわけだが、あの『暴君皇帝』の息子であるということから敬遠もされていた。
さて、騒がれているヴィダディのことを面白くなさそうに見ている少年が一人いる。
彼の名前はジャダッド。つい先日まで他国で過ごしていた外交官の息子である。物心ついたころから他国で過ごし、帝国にはつい最近帰ってきたばかりである。
このジャダッド、見た目が悪いわけではない。それでいて帝国の外交官の息子ということで異性からの評判も良かった。自分がまるで主役のように、周りから常に注目を浴びていたのだ。
しかし、帝国に家族と共に戻ると同時にその注目の的は自分ではなくなってしまった。
(氷の皇子ねぇ……。つまらなさそうな顔をして面白くなさそうなやつ)
ヴィダディはまだ十三歳なので、限られたパーティーにしか参加しない。同じ年頃の少年少女たちが集まる場で、ヴィダディは特に愛想笑いをするわけでもなく、基本的に冷たいらしい。そういうことから氷の皇子などと呼ばれているようだ。
『暴君皇帝』と呼ばれている父親よりはまだ愛想が良いようだが、それでも声をかけてくる令嬢たちにも興味がない様子である。
その様子がジャダッドには面白くない。
あれだけ騒がれているのならばもっと愛想よくすればいいのにとさえも思う。
自分が話しかけても令嬢たちは、興味がなさそうにしている。皇太子というジャダッドよりも地位も高く美形な存在がいるから。
――退屈になったジャダッドは、パーティーを抜け出す。
バルコニーに出て風にあたる。
(はぁ、父上たちが参加しろっていうから参加したけど、知り合いもいねぇし、つまんねぇ)
帰国したばかりのジャダッドには、この国で同年代の知りあいはほぼ皆無であった。
彼の父親はそんなジャダッドに友人を作ってもらうためにという思いも込めて、このパーティーに送り出した。しかしパーティーの参加者たちは皇太子であるヴィダディに夢中である。
「何が、氷の皇子だよ」
思わずぼそりっと、ヴィダディの文句を言ってしまう。
「あんなにつまらなそうな顔しやがって。あんなにモテモテなのに、何がつまんねーんだよ。だったらその顔、よこせ」
誰もを惹きつけるような美しい顔立ち。それでいて皇太子という地位。
ヴィダディは完璧というのにふさわしい存在だった。それが面白くなくて、文句を言ってしまう。
「俺にあの顔があればどんな美女も相手にしてもらえるのになぁー。俺もキャーキャーいわれてぇ!!」
「……そんなに良いものではないぞ」
「何が良いものではないだ! すました答えしやがって……って、皇太子殿下!?」
バルコニーでブツブツ文句を言っていたら、答えが返ってきて、流れるままに答えてしまう。
誰だ、と思って振り向けばそこにはジャダッドが文句を言っていた皇太子が居た。
さーっと、顔が青ざめていくのが分かる。
(やべぇ、俺、思いっきり本人に文句言ってしまった!)
そんなことを考え慌てるジャダッド。
「も、申し訳ございません!!」
「別にいい」
冷たい声でそう言い切るヴィダディは、本当にこの世の全てに興味がないといった様子に見える。
これだけのものを持ち合わせていて、なんでこんなにつまらなさそうなんだろうかとか。こんなんだから、皇太子殿下を私は笑わせるとか、そういうことを令嬢たちに思われているんだとか。
「こいつ、笑ったことねぇーのかな」
色々考えていたら、ジャダッドは思わずそれを口にしてしまった。
……先ほどまで顔を青ざめさせて、謝罪したばかりというのに本人の前でこれである。
ジャダッドはどちらかというと外で遊びまわるのが好きな、素直に自分の気持ちを口にしてしまうような性格だった。
慌てて口をふさいだ時には遅く、その荒々しい言葉遣いの言葉はヴィダディに届いていた。
(俺、このまま不敬罪とかにとわれんじゃねーの? 父上、ごめん!)
などと、ジャダッドは思っていたわけだが、予想外に目の前のヴィダディは少しだけ驚いた顔をしたあと、笑った。
その笑った顔を見て、ジャダッドは驚いた。先ほどまで笑ったことがないのではないか、人生の全てがつまらないといった顔をしていると思っていたのに――自然にヴィダディが笑ったから。
この皇太子もこんな風に笑えるのかと驚いた。それも作り笑いではなく、本当におかしそうな笑みだった。
「お前、面白いな」
「面白くはないです。それにそういう皇太子殿下を笑わせる役目は俺じゃなくて、令嬢の役目だと思うんですけど」
「なんだ、それは」
「皇太子殿下は氷の皇子と呼ばれているので、自分の前でだけ笑っていただけるように笑わせたいって令嬢たちが言ってましたよ」
もういいやと、やけくそな気持ちになっているジャダッドはそんな風に軽口をたたく。
どちらにせよ、先ほどの態度でもう既に不敬罪になる可能性の方が高いのでもうやけである。
ヴィダディは、父親である『暴君皇帝』に似て冷酷だと噂である。
『暴君皇帝』よりはましだが、不敬な連中は当然処分する。なのでもう、ジャダッドは不敬罪に問われるだろうと思っていた。
でもジャダッドのそういう態度の何が面白いのかヴィダディは笑っていた。
「ちょっと来い」
命令口調で言われた言葉にジャダッドは死を覚悟していたわけだが、その後は普通に会話を交わして終わった。
――その後、何の因果か、ジャダッドはヴィダディと友人関係になった。
というのもヴィダディは皇太子という地位であり、ヴィダディの身分を知った上であんなことを言う相手があまりいなかったからだ。だからこそ、ヴィダディはジャダッドを面白いと思ったのである。
ジャダッドの父親は、「友人を作れとは言ったが、皇太子殿下と友人になれとは言っていない!」と大変青ざめていた。ただの外交官である身では、自身の息子が皇太子と友人関係になるなんて想像もしていなかったのだろう。
当の本人であるジャダッドはといえば、
(不敬罪にならなかったのはラッキー!)
とのんきだった。
ちなみに親しくなった後、ジャダッドはヴィダディの家族たちも会うことになった。
そして家族の前でのヴィダディを目の当たりにすると、
(……こいつ、家族には滅茶苦茶笑っているな。というか、親しい相手には結構よく笑う。どこが、氷の皇子なんだか)
初めて見た時の人生に楽しさなんて感じていない、つまらなさそうな様子とは一転して笑っていて思わずそんなことを思うのだった。




