「私、結婚しているので」―大規模パーティー④―
マドロールは他国からのパーティー参加者たちと会わないままに、準備だけせっせと進めていた。別棟に滞在していることは知っているが、マドロールが会うのはパーティーが始まってからになる予定である。
さて、その日、マドロールは散歩をしていた。
城内を歩き回るのも良い気分展開になるので、よく散歩をしていたりする。皇妃であるマドロールは、城内のどこに足を踏み入れても問題がないので護衛を連れてぶらぶらしているのである。
漫画では事細かに城内のすべてが書かれていたわけではないので、マドロールは城内のすべてを見て回れるのが楽しかった。
(ヴィー様も一緒に散歩に来れたら嬉しかったのだけど……、まぁ、ヴィー様もお忙しいものね)
ヴィツィオは今、隣に居ない。
マドロールは気分転換をする時にはヴィツィオと過ごすようにしているが、今日はヴィツィオは忙しいらしいのだ。というわけで、うろうろしているマドロールである。
「マドロール様、あまり別棟の方には近づかないようにしてくださいね」
「そうね! ご挨拶はパーティーの時でいいものね」
マドロールは侍女と護衛たちを連れながら、ゆっくりと城の庭園を見て回る。庭園は綺麗に整えられていて、その様子を見ているだけでマドロールは幸せな気持ちになる。
ただヴィツィオが挨拶をしなくていいと言っているので、会わないようにしようと気を付けてはいる様子である。
(ヴィー様の言葉は絶対だものね!! ああ、でもちょっと会ってしまってヴィー様に怒られるとかも……見てみたいかも。って思うけど、ダメね。ヴィー様が嫌がっているならそんな嫌がることは絶対したくないもの!! でもお怒りのヴィー様もきっと素敵なのだろうなって想像が出来るわ)
マドロール、妄想して口元が緩みそうになり、なんとか表情筋を引き締める。
そしてマドロールがぶらぶらしている中で、声が聞こえてくる。
「殿下!! あまりうろうろしてはいけませんよ! あの文官からも言われていたでしょう?」
「ふんっ、俺に指図するな!! 別に構わないだろう」
「いえ、皇帝の反感を買うと大変なことになりますから、もうちょっと大人しくした方が――」
そんな会話が聞こえてきて、マドロールはおや? と思った。
明らかにパーティーに参加するためにここを訪れたであろう人たちの会話である。
ヴィツィオの指示で、あまり歩き回らないようにとはされているはずだがそれを聞いていなかったのだろうか?
そんなことを考えながらマドロールは一旦、その場を離れようとする。
その時に、声が上がる。
「あっ」
マドロールの方を見て、何故かその場に現れた少年は声をあげた。服装からして先ほど殿下と呼ばれていた人だろうか、などとマドロールは思う。ただマドロールを名指しで引き留めているわけでもないので、マドロールはその少年を無視することにする。
だけれども、その薄緑色の髪の少年はマドロールの方へとずかずかと近づいていく。
「なんて、可憐な人なんだ!! 君、名前は?」
――マドロールが皇妃などと思っていないのだろう。自国で王族として生きているからこその傲慢さが窺える。
マドロールはどうしようかと考える。
この質問に答える必要性は全くない。マドロールは帝国の皇妃なので、この国でヴィツィオの次にえらい人間である。
「マドロール様に近づかないでください」
護衛の一人が少年の前に立って言う。
「ただの騎士ごときが俺に指図をするな」
しかし少年はそんな風に返答をする。マドロールはそれに対して困った顔をする。
「君!! 俺と結婚してくれ!!」
「ええっと、私、結婚しているので」
無視をするのも、無理やり騎士に突き放させるのも、どうかなと思っているマドロールはひとまずそれだけ答える。ちなみに今にもその少年を護衛は押さえつけそうな雰囲気だが、マドロールが視線で止めていた。
流石にマドロールを皇妃だと知らずに言っているだけの少年を、公式の場でもない場所でいきなり押さえつけるのもなぁと思っている様子である。
少年はマドロールの言葉にショックを受けたような表情をする。
。
「結婚している……? どうしてそいつより俺が先に出会えなかったんだ!! いや、今からでも遅くない。君は帝国に招かれている姫君の一人だろう? 俺と結婚した方が幸せになれるはずだ!!」
少年は王族なので、自分に絶対の自信を持っているのだろう。
「いえ、今私はとっても幸せで仕方ないので、ごめんなさい」
マドロールはそれだけ言って、困ったなと思いながらその場から去ろうとする。
そんなマドロールの腕を少年が掴もうとして、
「お前、何しようとしてる」
不機嫌そうなヴィツィオの言葉と共に、少年が蹴り飛ばされた。




