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第二回 分析会議






*第一回目は、酒場の女子会で開催されましたが、ご存知の通りグダグダのうちに閉会、第二回マーケティング会議は後半から*






















どれだけの言葉をもらったか。

どれほどのことをしてもらったか。

それにどれだけ救われたのか。


あそこがどんなに優しい場所だったか。

その中に居られることでどれほどの赦しを得られたのか。


でも。

それでも。

まだ『赦されてはいけない自分』は消えない。


自分を赦したくない。








「ローレルさんは負けず嫌いだから」


リンフォードは両手をぎゅうと握ることで、自分の方に注意を向けようとする。

そしてローレルはまんまとそちらに向かされ、ふたりの視線は絡み合う。


「きっと素直に好きだなんて言わないでしょうね。私に負けた感じがして。……でも嘘つきじゃないから嫌いだとも言わない」

「…………腹立たしいな」

「ワザとですよ。ローレルさんの気を引こうとこちらも必死です」

「私は……」

「はい」

「私が貴方に好かれるような人間だと思えない」

「……気が合いますね。私も私がローレルさんに見合う男だとは思ってないです」


でも、とリンフォードは続ける。


「貴女を好きだってことを否定したくない。無いことにしたくない。だから力を尽くすしかないなって……ローレルさんとお似合いになれるまで」

「やめてくれ。違う……違うだろ? 貴方にとって、私は不利益にしかならない」

「私をどれだけ買い被ってるんですか? ローレルさんは知らないだけで、今まで私がどれだけ陰惨で卑劣なことをしてきたか」

「それは……陛下の為だろう?」

「表向きはね? そういうことにしてます。軽蔑されたくないので、今まで黙ってましたし、聞かれても話せないことの方が多いです」

「だとしても……」

「私に教えてください。何がローレルさんの気持ちの邪魔をしているんでしょうか」


頬にくっと力が入って、歯を食いしばったのがリンフォードには見て取れた。

言い難いことを、ローレルの核心に触れようとしていることを感じる。


ここを気づかぬふりで過ごすのか、はっきりとさせるべきなのか。


できるなら、ローレルの重荷を分けて欲しい。できるなら、一緒に背負いたい。


どくどくと胸を打っている音が、ローレルに聞こえてやしないかと気になるほどにうるさい。


落ち着けるためにその音の数を数えてじっと待つ。




握っていた指先が冷たいのに気が付いた時、いつの間にか持ち上がっていたのか、ローレルの肩から力が抜けてその位置が少し下がる。


繋がれた手を見ていた視線が自分に向けられて、リンフォードはしっかりとそれを受け止めた。


「私が貴方の家のことを気にするのは、その先を考えたからだ」

「……はい?」

「私と貴方が恋人同士になったとしよう」

「とても素敵ですね」

「上手くいけば夫婦になるかもしれない」

「だと嬉しいです」

「貴方も周囲もそのうち期待する」

「何をでしょう?」

「私には子どもは産めないんだ」

「……ロ……レルさん?」

「堕胎したことがある。城の術師から薬を買ったよ。その時言われたんだ『次があると思うな』と。……だから貴方との先を考えちゃいけないんだ」

「ちょっと……まって……あ、し……城の術師? ……誰ですか? テレンス? ハドリー?」

「テレンス……だったと思う、多分」


薬を専門にしている魔術師は数名いるが、件のテレンスなら間違いはない。

腕もその人柄も知っている。

次があると思うなと言ったのは、甘い期待を持たせない為だ。テレンスは他人にも自分にも厳しい。

でも、だからこそ相手にはあえて酷な方の現実を提示して、自分はその罪を被ることを科したに違いない。

母体を守ることを最優先に、その腕を振るったはずだ。


ならば希望はある。


ただ、絶対はないからリンフォードはこれ以上言わないと決める。


へなへなと力を抜いて、ぺたりと地面に正座する。ローレルの膝に額を乗せた。


「はぁぁぁ……安心しました」

「……うん?」

「その……堕胎は……とても負担が掛かることです……が。テレンスならそれを誰よりも軽くできたのではと思います。ローレルさんがテレンスを頼ってくれて良かった」

「一応は評判を気にしたからな」

「他にもそんな方がいたという意味ですか」

「うん……本当にあの頃は……酷かった。苦しんだ女性はたくさんいる」


きっとローレルは誰にも言わずに、ひとり苦しんで耐えただろう。

どんなに辛くやり切れない時間だっただろう。

後悔も恨み言も、彼女は全て抱えて飲み込んだに違いない。


今度はリンフォードが奥歯を噛み締めて、喉の奥で膨らんだ塊を必死で飲み込んだ。


飲み込もうとすればするほど、奥底から重くどす黒いものが膨れ上がる。


「…………腹に大穴を開けただけで満足した自分は大間抜けです」

「……ちょ……魔力を引っ込めろ」

「スタンリーにとどめを任せた私は抜け作大馬鹿クソ野郎です」

「いいから落ち着け。空気が痛い」

「生まれて来たことを後悔するくらいに痛めつけてやれば良かった」

「……わかったから」

「生かさず殺さず……正気を保たせたままじっくりと地獄を見せてやりたい。身体を端から少しずつ小さくして、傷口から……」

「もういいって……」


がばりと顔を上げると、リンフォードはすっくと立ち上がる。


「ローレルさん!!」

「はい!」


そのまま手を引いて、ローレルも立たせた。


「貴女が生きて、ここにいてくれることが嬉しいです!」

「あ……はい」

「私が欲しいのは、良い家柄の大人しいお嬢様でも、子どもでもありません。分かりましたか?」

「う……ん」

「私は大好きな貴女と一緒にいたい。それ以外の人はどうでもいい……とまでは思いませんが、まぁオマケ程度です」

「そ……れは、どうかと思う」

「私はローレルさんが居てくれれば充分なんです」


腰に両腕を回して、久しぶりにローレル分を摂取する。より吸収できるように、ぎゅうぎゅうと腕に力を込めた。



この咄嗟に持ち上げてしまった腕をどうするべきか、ローレルはふわふわと宙を漂わせて、どうしようもなくなってから、ゆるりとリンフォードの肩の上に乗せる。


ローレルはさらにきつく抱きしめられて、苦しい胸の中と、内側から膨らんでくるような気持ちとで、散り散りになるんじゃないかと思う。


「ローレルさんが大好きです」

「う……ん」

「ローレルさんは?」

「…………あ……なたほどではない……けど」

「好きですか?」

「…………まぁ」


リンフォードは姿勢を低くして、ローレルの腿を抱える。

子どものように腕に乗せて抱き上げて、その場でぐるぐると回った。


嬉しさのあまりにこんなことをしだすとは、リンフォード自身ですら、思いも寄らない事態だ。


ローレルも驚いたのか、身を硬らせて振り落とされないようにしていた。


怖がらせてはいけないと、徐々に勢いを緩めて止まる。


「……ローレルさん。どうか私の妻になってください」

「……待て、落ち着け」

「あ、ちょっと急ぎ過ぎました。こういうのは段階が必要ですよね。言い直します」


リンフォードはひとつ息を吐いて、ゆっくりと大きく吸い込んだ。

改めてローレルを見上げる。


「どうか私の妻になってください」

「………………言い直したか?」

「あれ? ……ふふ。おかしいな。この言葉しか出てこない」

「……ちょ……と、下ろしてくれ」

「はいって言うまで下ろしません」

「あぁ……いやいや」

「うーん……残念。このままです」


何か考える様子で高いところを見上げていたローレルは、はと何かを思い付いた様子で、リンフォードを見下ろした。


しばし見つめ合って、やがてゆっくりとリンフォードの首に両腕を回して、ゆるく抱きつく。


耳元で微かな声で囁いた。


「おろして。お願い」


首筋と腰の後ろを撫でられるような感覚に、ふにゃりと力が抜けたリンフォードは、ローレルを落としてはいけないと、そこは根性でゆっくりと膝を曲げた。


地面に足を付けたローレルは、肩に手を突いて、やんわりと距離を取る。



効果があると分かった以上、やるしかない。

これでもかと絶妙な角度で首を傾げ、上目遣いに見えるように少し顎を引いた。

できる限りの柔らかで高めの声を心がける。


「……城に帰りたい……いい?」

「どう……しました?」

「転移で送ってくれないかな?」

「それは構いませんけど……」

「良かった」

「……でも、国を離れる受諾書を受け取らないと」

「私だけ先に帰して欲しい……書類は貴方が受け取ってくれると嬉しいんだけど」

「どうして急に……」

「やっぱり……駄目かな?」


しゅんと項垂れてみせると、リンフォードはわたわたとして、最終的にローレルの両手を握って持ち上げた。

ちなみに顔は真っ赤だ。


「まさか! 駄目じゃないです!! 王子の部屋で良いですか?」

「ありがとう」


ではと数歩離れて、リンフォードは宙に手を翳す。詠唱は長くかからず、青白い光の陣が描かれて、すぐにその陣の中の景色が変わる。

そこから見えるのは、紛うことなき王子の部屋だ。


「あとを頼んでも?」

「もちろん。お任せください」





陣をくぐると、向こう側にいるリンフォードが笑顔でひらひらと手を振っている。


にっこり笑って手をふり返した。


光の陣が消えた途端に、背後からアートの声がする。


「あれ? ローレルだ。師匠(せんせい)かと思ったのに」

「……びっくりした」

「びっくりしたのはこっちだって。え? てか、 師匠(せんせい)は?」

「私だけ先に……アート……ちょっと、ごめん。用事があるから。……じゃあ」


すと片手を上げると、ローレルはさくさくと出入り口に向かって歩き出す。


呆気に取られていたアートは、扉が開いたのを機に思考を動かし始めた。


「なになになになに……ちょっと待ってって。急だけど何かあった?」

「…………危なかった……」

「は? 何? ヤバいの?」

「危うく流されるとこだった……雰囲気に」

「……雰囲気?」

「これはいけないと思い……急遽離脱を実施」

師匠(あいつ)なにやらかしたの」

「お前の師はいつも通りだ……やらかしそうになったのは私の方だ……恐ろしい」

「は? で、どこに行くの?」

「戦況の報告と、今後の作戦を相談に」

「はい?」


走るような速度で歩いているローレルの後ろを、アートは小走りで付いていく。



行き先は言わずと知れた、地下牢前の小部屋だった。





「……ちゃんと仕事してるのか?」

「え、こわ。引くわ。ひと言目がそれかよ」


机に齧り付くフリをしていたスタンリーが、一気にやる気を無くして、ペンを放り投げた。

やりたくてやりたくて堪らない書類仕事ではない。手を止めるきっかけは大歓迎だ。

助手を務めているジェイミーもやったねと言いながらペンを置く。


「おかえり〜」

「あ……うん。ただいま」

「晴れてハーティエ国民か?」

「いや、それはまだ」

「なんだよ。問題か?」

「大問題だ」

「おう。どうした」

「………………求婚された」


一拍遅れて大爆笑しだしたのはジェイミーで、ローレルの後ろではアートが目を見開いているし、スタンリーは椅子の背もたれにぐてっと体重を預けて天井を見た。


「それで?」

「えっと、だから……」

「返事は?」

「……してない」

「慌ててケツまくって逃げてきたのか」

「だって!」

「お前まだもにょもにょやってんのか」

「は? なに?」

「そんじゃあローレル、俺と結婚するか」

「やだよ、するか馬鹿」

「俺だってお前なんか無ぇわ馬鹿。小柄でふわふわの砂糖菓子みたいな可愛い女の子が好みだわ馬鹿」

「は? 今、馬鹿って二回言ったな?」

「なぁ…………お前さぁ。気付けよ。俺は速攻で断ったのは何でたよ」

「スタンはやだから!」

「じゃあジェイミーにしろ」

「無い」

「あごめーん。俺も無いねぇ。人間嫌いだし」

「それは知ってて振った俺が悪かった」

「もー頼むよ。そうだ、ノーマンは? 最近おでこがかなり広くなってきたけど」

「おーう。あいつも長年の片想いが報われるしなぁ。一件落着、めでたしめでたし!」

「………ケンカ売ってんのか?」

「ほらみろー。分かれよ。リンフォードだったら良いってことだろがよ」

「なんでそうなるんだ!」

「あいつ金も権限も持ってんじゃん」

「そういう話じゃない」

「お前 悪い方に考え過ぎぃ」

「いや考えるだろ」

「考えるのは考えりゃいいよ。素直になれって言ってんの!」

「素直だし!」

「かわいくねぇなー。俺、絶対こんな嫁ヤだわー」

「こっちこそだわ! ばーか、ばーか!」

「……ローレルってさ」

「んー? どうしたぁ、坊主」

「俺たちにはそんな喋り方しないね。……前から思ってたけど」

「そんな喋り方って〜?」

「なんで言うの? 親しいっていうか、くだけたっていうか」

「あぁ、言われてみれば」

「なんかいっつも気取った感じ」

「ぷは。確かに〜」

「こうじゃないといけない、みたいな」

「ん〜? こうって?」

「騎士らしい、っていうか」

「あらら〜? カッコ付けてんの?」

「ちが……別にカッコ付けて無い!」

「最初は壁みたいのがあってさ……俺もだけど。多分師匠(せんせい)にもあって。だから…………何が言いたいんだろう。分かんなくなってきたけど……」

「あらまぁ……アートったらかわいいわね」

「うるせーな」

「ほれ。がんばれ、もう一押しだ」

「……師匠(せんせい)最初の頃はすごく失礼だったと思うよ。ちょっと前にも酷いこと言ったの聞いたし……でも、んああ! クソ。……あんなめちゃくちゃになった師匠(せんせい)見たの、初めてなんだ」

「いいぞ、良い調子だぞ」

「ローレルが居ないともう駄目だよ、あの人」

「アート……」

「ていうか俺が嫌。ローレルが居てくれないと嫌だ」

「おお? まさかのアートが求婚?」

「は? 違うよ。俺 自分より腕力ある人とか無理」

「ぶは! だよな!!」

「ローレルは師匠(せんせい)嫌いなの?」

「………相談! しに来たのに!」

「乗ってるだろ、これ以上無いくらい親切に」

「背中ぐいぐい押してくる!」

「乗った末の判断だよなぁ?」

「だねぇ〜?」

「……うん」

「あの腹黒クソ理屈野郎が、お前の前じゃ小鹿みたいなんだぞ?」

「いや、クソ理屈野郎だろ」

「ばっか、お前が見てんのは小鹿の方だっつの」

「クソ理屈は捏ねるって」

「だーかーらー。はぁ……知らないって幸せだな。いいか? よく聞けローレル。あいつはな。性格悪いわ、偏屈だわ、一つ言や百は詭弁が返るわ、何かっつーと皮肉だわ、速攻で痛いとこ突いてくるわ、薄笑いで小馬鹿にしてくるわ、隙あらば人を操ろうとするわ…………あっ。ごめーん、居るって知ってたからワザとだヨ」


「人格に難ありなのはお互い様では?」


出入り口の方に向いていたスタンリーと、噂の人物以外がびくりと肩を揺らした。




リンフォードはゆっくりと腕を組んで、扉の枠に寄り掛かると、それはそれは不服そうに顔を歪める。


「楽しそうな話をしていますね。私も仲間に入れてくださいよ」







もう楽しく無くなったんで、とスタンリーが楽しそうに口の端を持ち上げた。










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― 新着の感想 ―
[一言] んはーやっぱリンさんいいわー みんないいわー 近くでお掃除しながらみんなの会話ずっと聞いてたい
[一言] ローレルさん、そっかぁ〜、そうなるよね、泣 辛かっただろうなぁ。 言い直してないリンフォード、笑 どこまで行っても彼は彼らしくて癒されます(^^) あぁ、ちょっと焦れもだっぽい感じが堪り…
[一言] ローレルさん、頑張った! もう頑張らなくていいゾ!!
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