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信頼と実績の






「お前バカなの?」

「……そうか?」

「ぅわぁ。弱ってるねぇこりゃ」

「弱ってない」


明らかに顔を顰めているスタンリーと、その横で楽しそうにしているジェイミーの前で、ローレルは軽く息を吐き出した。


持たせてもらった荷物が背後に並べられている。


とりあえずスタンリー達がいる中層階までとアートに運ぶのを手伝ってもらった。

これまでに着ていた衣装の全部が三個の大きな衣装鞄に収まっている。

必要なものだけで構わないと申し出たが、ローレルの為に用意されたのだと言われては、ありがたく貰い受けるしかない。


「……で何で騎士館だよ」

「相当だから?」

「んな訳ねぇだろ」

「……城外か?」

「やっぱお前バカだろ」

「ジェイミー、スタンは何が言いたいんだ?」

「居場所なら他にもあるだろって言いたいんだと思うよ?」

「どこに?」

「今さら騎士館って……お前を見習い扱いしろって?」

「今はそれ以下だからな」

「誰が納得するよ」

「そうだよ。連隊長級までいったんだよ?」

「人手不足だったから」

「連隊長がそんな甘かねぇだろがよ」

「しかも今回どれだけのことしたか、自覚あるの?」

「……その結果がコレなんだけど」


ローレルは自分の身体の前面を撫で下ろす。

肩から反対の脇腹にかけて、斜めに、傷の上を。


「戦力面で言えば、今は見習い以下だしな」

「続けるのか?」

「……分からない」

「聞き方が悪かったな……続けられるのか?」

「……今は他に思いつかない」

「そのまま魔術師サマのとこに居ればいんじゃない?」

「…………それ」

「なに?」

「みんなそう思ってる」

「思うだろ、そりゃ」


リンフォードは個人に対して加護以上の防御壁を展開し、それが破られるや持ち場を離れた。

奪還計画に穴は空けなかったものの、まさに遂行中のこと、手放しで賞賛される行動とは言えない。


ローレルを療養の為と部屋に囲い、あらゆる面会人を、国王陛下に至るまで片っ端から断った。

それはすぐに城内の誰もが知るところとなる。


回復して外を歩けば歩いたで、本人かその弟子が必ず一緒に行動していた。

果てには己の身を挺してローレルを庇う。


「あれだけ露骨にされちゃぁね」

「だからそれだ」

「んん? 嫌だったの?」

「なぜ損をしようとするんだ」

「……お前、どういう意味だこら」

「言葉の通りだ」

「お前と居ると損をするのか?」

「するだろ」

「えーー? 嬉しくて堪んないって顔してたでしょ?」

「うざいくらいな。見てないのかよ」

「うざいくらい見た」

「むしろ得しか無いって顔でしょ、あれ」

「あいつお前に告った?」

「…………うん」

「え?! マジで? ローレル答えたの?」

「いいや」

「なんでだよー」

「好きになられたらなり返さないといけないのか?」

「そうじゃないけどさ」

「嫌いなのか?」

「好き嫌いの話じゃない」

「いやそこが本題だろ」

「……相応しくないだろう?」

「……さっきからなんだよ。お前がってことなら怒るぞこら」

「はいはい。落ち着けよスタン」


清純で可憐なお嬢様では決してない。

心も身体も、一人の男に、それこそ死に至る手前まで傷付けられた。

それは人に言われるまでもなく、自分でよく分かっている。


詳細に語って聞かせる気は無いが、だからこそ憶測が憶測を呼ぶ。


周囲がどう見ているかくらい、ローレルにも予測はつく。


悪い噂ほど広まるのは早い。

それを解っていて元々良好な関係とも言えない実家も頼れない。

スタンリーとジェイミーを頼れるだけ、幸運なのだ。


「……城を出た方が気が楽かも知れないけど……本当にどうしたらいいのか、今は見当さえつかないんだ」

「……そんな危なっかしい奴、余計に騎士館にやれるかよ」

「じゃあやっぱり城外か?」

「ここに居ろっつってんの」

「ここ?」

「空き部屋 探してやる」

「中層階?」

「なんだよ文句あるのかよ」

「いや……勢いよく出てきたのに、同じ建物の下に居るってどうなのかと」


顔を見合わせたスタンリーとジェイミーが、いたずら小僧の顔でにやりと笑う。


「確かに格好は付かねぇわなぁ」

「大丈夫、大丈夫。ローレルがここに居ることは黙っといてあげるから」

「……やっぱり騎士館に」

「まーまー」

「まーまーまー」


急に機嫌の良くなった兄さんふたりは、中層階の端の方、自分たちが一時的に寝泊まりしている近くの空き部屋にローレルを連れて行く。


元は文官が使っていたらしく、壁一面の本棚と立派な書斎机があった。


「ここどうよ」

「うん、まぁ……持ち主は?」

「まだ地下牢。しばらくはお留守だから心配要らないよ」

「……あぁ」

「王子の部屋に比べたら物置きみたいだけど」

「あそこは広過ぎて落ち着かない」

「だよねぇ」

「机が邪魔だな……放り出すか?」

「そこまでするか?」

「んでも寝台無いし、置く場所作らないとねぇ」

「机の上で寝れそうだけど」

「はは。たしかにー」

「このままで充分だよ」

「ていうか、まさかそこの長椅子で寝る気か? 寝台なら探して運ぶぞ?」

「いいよ。騎士館の寝台より大きいし」

「確実に柔らかそうだもんね」

「お前がそれで良いんなら良いけど。……風呂と手洗いは好きな時に隣の隣に行け。俺が使ってる部屋だ。寝に帰るだけだからほぼ居ねぇ」

「分かった」

「みんなで使ってるからな。鍵がかかってりゃ、誰かが居るってことだ」

「うん」

「お前も使う時は鍵かけろよ」

「はいはい」

「俺の部屋と変わっても良いんだけどな」

「何しろ出入りがねぇ? 落ち着かないでしょ」

「だよなぁ」

「……そこまでしてもらわなくて大丈夫だよ」

「その向こうが俺の部屋ね」

「うん」

「余ってる毛布があったから持ってきてあげる」

「ありがとう、スタン、ジェイミー」

「いいってことよ、兄弟」

「……なんて気の良いフリをして、スタンは仕事を手伝わせる気だよ」

「はは……書類仕事か?」

「分かってんじゃん、ローレルー。溜まってんだよなー」

「できることはするよ」

「よしよし。良い子だなぁお前は」


ぐりぐりと頭を撫で、背をばんばん叩くと、スタンリーとジェイミーは仕事に戻った。


王子の部屋に比べると、四分の一もない広さの部屋を見回して、王子の部屋に比べると小さな窓辺に小さな卓とひとり掛けの椅子を引きずった。


椅子すら持ち運べないことにローレルは短く笑い声を溢す。


鞄から取り出したものを卓の上に置いた。


これだけはと持たされた透明の球は、灰色に霞むような陽射しでも、薄らとした光と影とで複雑な模様を卓にふりまいていた。






運ばれてきたのは走り書きがされた紙片の束だった。


大雑把なクセのある字はスタンリー。

几帳面で細かな字が並ぶのはジェイミー。

他にも知った署名がいくつかある。


一応は後に書き起こす気があったのか、紙の端に小さく通しで数字が書かれている。


これをまとめれば良いのかと目を通していくうちに、ローレルの眉間にしわが寄っていく。

ひと抱えほどの箱の中には同じような紙の束が乱雑に入っていた。


後から後から運ばれて、並んだ箱が5つ目になったところで、それを抱えてきた若年の騎士に声をかけた。


「スタンリーが、これを、ここに運べと?」

「はい! その通りです!」

「貴方はこの内容を知っているのか?」

「いいえ! 中身は絶対に読むなと言われています!」

「……うん、そうか」

「あともう一つで最後になります!」

「……ああ、そう。よろしく頼む」

「はい! ではすぐに持って参ります!」


紙片の内容は、地下牢に押し込められている人物たちから聞き取ったものだった。

氏名や年齢と所属、勤続年数などの基本的な情報から、仕事への意欲や意志、家族構成や趣味嗜好まで綴られている。


一番上の紙には、その人物を再任か辞任か。

リンフォードが目の下を黒くしながら作った『嘘を吐くと痛い紙』の判定結果も添えられている。


「……なんでこんな重要そうなことをさせるんだ……バカなのか?」


声に出してはみたが、返事をくれそうな人は、今まさに次の紙片を量産中だろう。


ひと言物申すのはスタンリーが戻ってから。


まずは当たり障りの少なそうな人物、下働きや、侍女、城の維持に携わっている者からまとめようと、混沌が詰め込まれた箱をかき混ぜた。


ここは文官の部屋。

紙とインクは大量にある。

ペンも全部の指に挟めるほどよりどりみどりだ。寝台にできるほど大きな机はまだ散らかせる余裕がある。


最初からこのつもりだったのかと遠慮なく吐いた悪態と舌打ちが部屋の中で響く。


ローレルは食事と寝る時以外は、紙と睨めっこする日々が続いた。






師匠(せんせい)ー? なんの意地すかー?」

「……別に意地なんか張ってません」

「じゃあ、記録に挑戦中?」

「……何のですか」

「お小言最多記録とか?」

「……貴方たちが勝手に言ってるだけですよね」

「もー。なら風呂に入ってくださいってば」

「入ってますよ」

「ヒゲ剃れって言ってんの! 頭ぼさぼさ! だらしがない!!」

「……大きなお世話です」

「…………だっせ」

「はい?!」

「ぐだぐたにクサるくらいなら、必死で止めればよかったんだよ!」

「……自分の都合ばかり押し通せませんよ」

「…………今さら何言ってんの? 散々勝手にしてたのに」

「……だからこうなったんですよ」

「分かってんじゃん」

「はい?!」

師匠(せんせい)へぼ過ぎ! かっこワルフォード!!」

「悪口の語彙がバカっぽくなってきましたね……破門です!!」

「もう聞き飽きたし」


ローレルが居なくなってからこの数日、術の効率化が進み、広い部屋にふたりだけ、流れ作業にも慣れて、慣れ過ぎて、会話しながらでも続けられるまでになった。


足りない栄養素であるローレル分を、リンフォードが酒や他の何かで補うような短慮は起こさなかったこと、その一点だけはアートも評価している。


いるが、しかし。である。


アートが話しかけないと喋らない。

ソニアが追い立てないと身形を整えない。

放って置けばいつまでも眠らない。


ぼろぼろに憔悴しているような見た目は痛々しい。


しなければならないことは熟すので、アートとソニアを除いた周囲は、腫れものを触るようだ。


「……あーそうだ。俺、破門ですよねぇ? だったら騎士になろうかなー」

「……どうぞ?」

「見習いからやり直しだなー。誰を師匠にし、よ、う、か、な!」

「……アート?」

「さっそく騎士館に移りますね!」

「……そこに座りなさいアート」

「ずっと座ってますけど?」

「魔術師としても中途半端な貴方が、これから騎士に転向してやっていけるとでも?」

師匠(せんせい)さっきどうぞって言ったよね」

「どちらの道も大変険しいものです。舐めてかかられてはあちらにも迷惑がかかります」

「だってローレルに会いたいんだもん」

「…………ぅぐ……」

「だってローレルに会いたいんだもん! …………って、言えばいいのにー」


目を焼くような青白い光が走ったのと、ばりと何かが破れるような大きな音がしたのはほぼ同時だった。


腹立たしさに任せたリンフォードが、目の前の術式に魔力を込めるだろうと時機的に心得ていたので、アートは目を閉じて指で耳を塞いでいた。


ぴりぴりと痺れるような空気を、アートは目の前を飛ぶ虫を除ける仕草で払う。


いくらか落ち着いたのかリンフォードはふうと息を吐き出した。


「……俺どうしてるか見てこようか?」

「……間に合ってます」

「何の意地?」

「……大人の、ですかね」

「記録に挑戦中?」

「ローレル断ち七日目に挑戦中です」

「は…………弥縫」

「おや。難しい言葉を知っていますね、さすが私の弟子です」

「もーせんせーぜんぜんかっこよくなーい」

「…………知ってますよ」















【▽弥縫】び - ほう

[名] (スル)失敗や欠点を一時的にとりつくろうこと。「彼の生活はもう…―することも出来ない程あまりに四離滅裂だったのだ」〈梶井・瀬山の話〉


大辞泉より引用








*この下にイラストあります注意*




ついったーでの感想で

「(この状態のまま)1ヶ月は頑張りなさいね〜」

と言われた師匠と弟子をご笑納ください。






挿絵(By みてみん)





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― 新着の感想 ―
[一言] かっこわるフォード笑う ローレルさん、いいお友達持ったねぇー あとは意地っぱりなふたりがどう転がるかニコニコ眺めてればいいですかね??(によによ
[一言] 深刻すぎるローレルさん不足。 なんか二人とも意地っ張りみたいな感じで可愛いです。 ローレルさんの相応しくない発言は、ちょっと切なさもあり良かったです。 どこで再会するのか、楽しみです!
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