#550 試合開始30分で三クラス退場済み……恐ろしい。
前回の〈クラス対抗戦〉第一ブロックの〈拠点落とし〉から3日後、今日からは準決勝が行なわれる。
第一ブロックから第十六ブロックを勝ち抜いた三二クラスが四つのブロックへと分かれ、決勝戦進出の八席を取り合って戦うのだ。
ブロックはトーナメント方式で、第一七ブロックは第一ブロック~第四ブロックから勝ち抜いたクラスで構成されている。
準決勝戦。
本来ならば、いや例年ならば〈クラス対抗戦〉は10月に行なわれる行事だ。
しかし、今年はとある【勇者】の少年により学園は未曾有の魔窟と化しており、いや、それでも語弊がある。その波紋は学園だけに留まらず国中へと広がり、様々な制度や法が新しく整備されようとしていた。
その煽りを受け、例年なら来月行なわれる注目のイベント、〈クラス対抗戦〉が9月に行なわれる事になってしまった。
この〈クラス対抗戦〉はただの学園行事ではない。
普段は見ることのできない優秀な人材たちの鎬を削る戦いだ。
ここ〈国立ダンジョン探索支援学園・本校〉通称:〈迷宮学園・本校〉はただでさえ入学の基準が厳しい。
しかし、それだけに優秀な人材たちが切磋琢磨する理想的な環境が揃っている。
つまりは、大きな企業や、国営の各機関が非常に注目している場所という意味だ。
そんな学園が開催する鎬を削る大イベント〈クラス対抗戦〉は、様々な企業、機関にとって見逃せないイベントであった。
不幸なのは、このイベントが急遽、予定の一月前で開催してしまったことだろう。
多くの企業は予定を切り詰めたり、代理人を立てたりしてなんとか観戦しようと試みた。
とりあえず、決勝戦がある最終日は確実に押さえていた。しかし、全ての日程を見ることは難しかった。
だが、何分今年は人材が優秀すぎた。
特に一年生。高位職が例年の6倍以上いる。誰のせいでなのかは言うまでもない。
そしてその原因が所属する〈戦闘課1年1組〉がこれまでにない大波乱な〈拠点落とし〉を白熱させ、優勝候補と言われていた〈2組〉を始めとする、上位のクラスがどんどん脱落する大激闘を繰り広げた。その知らせを聞いて、大企業、各機関は大慌てで学園に押しかけていた。予定とか大丈夫だろうかと少し心配になるほどである。
例年だと初戦、準決勝とほとんど人が集まらない一年生ブロックの会場が、今や満席に近い状態となっていた。
そんな会場へ、急ぎ向かっている馬車があった。
中に座るのは、そわそわと落ち着きのない様子で窓の外を見る若い男、〈王宮魔道師団〉の副団長、マクロウス。
その向かいの席に優雅に腰掛けるのは、マクロウスより少しだけ年上、二十代後半で出来る美人の雰囲気を持った女性。
〈王宮魔道師団〉団長、「公爵」のカテゴリーを持つレビエラである。
レビエラは普段は見せないマクロウスの行動を面白そうに見ていたが、すでに学園の敷地内だ。さすがに誰が見ているとも分からないので注意を促す。
「少しは落ち着いたらどうですかマクロウス。誰が見ているか分からないのですよ」
「……は、はっ!!」
最初レビエラの言葉に反応が薄かったが、こちらを見た瞬間何かを思い出すかのように姿勢を正すマクロウスにレビエラは薄く微笑んだ。
自分の存在を忘れるほど、この先の一年生準決勝戦が待ち遠しいらしい。
マクロウスは以前、件の【勇者】の講義に参加している。それからマクロウスは【勇者】のファンだ。
何か【勇者】が大きな動きをする度に知らせを聞いてははしゃぎ、仲間内の話題にして盛り上がっている光景を見かける。
「ですが、貴方の気持ちも分からなくはありません。こうも遅れていては気持ちが焦るのも解ります。しかし、あなたも立場がある身です。〈王宮魔道師団〉副団長として、模範になる行動を意識してください」
「はっ!! 申し訳ありません。確かに私は気が急いでおりました。恥じ入るばかりです」
「いいえ。すでに試合が始まっているとなれば気が焦るのも分かります」
そう、すでに件の【勇者】が所属するクラス〈1組〉の試合は始まっている。
しかし、レビエラたちがアリーナに着くにはもう少し掛かりそうだった。
それもこれも、本来なら到着は翌日を予定しており、それを強行軍で一日早い今日に到着できるよう急いだからに他ならない。さすがに丸一日早く到着するのは無理だったのだ。
なんとか準決勝戦に間に合う目処が立ったのが救いだろう。
「到着まであと10分ほどです。それまでの辛抱ですよ」
試合が始まり、そう時間は経っていない。最初から見れなかったのは辛いが、途中からなら十分観戦が可能な時間であった。
しかし、マクロウスの顔色は優れない。
「はっ! しかし、初戦の第一ブロックの決着は僅か42分です。も、もしそれより早く終わってしまったならば……」
マクロウスの不安も分かる。もしかしたら到着したときには試合がほとんど終わっている可能性もあるのだ。マクロウスが一番見たい試合は間違いなく〈1組〉の試合だろう。他はどうでもいいから〈1組〉だけは見たいと焦っている。
早々そんな世界新記録レベルのスコアを何度もたたき出されてはたまらないのだが……。
それがあり得そうだから困ったものである。
前回とは違い、今回はほぼ高位職クラスが相手とはいえ、【勇者】相手にはなんの救いにもならない。
今レビエラとマクロウスに出来ることは試合が終わらないよう祈るだけだ。
そして10分後、ようやく会場に到着する。
「では急ぎます。手筈通りに」
御者にそう短く伝えたレビエラはマクロウスと共に優雅さが損なわれない程度の急ぎ足で会場の観客席へと向かった。
そこでは、なんとか試合は続いていたようだ。
しかし、開始してから30分ですでに三クラスが脱落している。
どう考えても通常より展開が早い。普通こんな簡単に拠点が落ちてはたまらない。
このペースなら後30分で残り三クラスも脱落し、試合が終了してしまう。
なんとも末恐ろしいことだ。
この様子にゴクリとマクロウスが喉を鳴らした。
危ないところだったと、なんとか間に合ったことに胸をなで下ろす。
ついで、早々に空いている席へと向かう。
予定より一日早い到着なので当然ながら指定席は取れておらず、一般の自由席だ。ほぼ満席に近い自由席で二つ隣同士で空いている席を探す。
「あそこが空いていますね。マクロウス、行きますよ」
「はっ!」
ちょうど二席空いている場所を見つけたレビエラは、マクロウスを連れて席へと向かう、すると隣に思いがけない人物がいて話しかけてきた。
「あれ? レビエラ団長とマクロウス副団長ではないか。久しぶりだね」
「……ユーリ王太子殿下?」
そこにはフードを被り、周囲から身を隠している風な見た目の、ユーリ王太子が座っていた。




