#295 朝の日常の1コマに。怪しい視線が集中する。
ピロリン♪という音で目が覚めた。
月曜日の朝っぱらからアラームがなる前にチャットを送り込んでくるなんて誰の仕業だ?
という思いもあるが睡魔には抗いがたい。
そのまま再びまどろみの中に沈んでいこうかというところで、午前6:30に設定していたアラームがけたたましい音と共に鳴り出した。
「ぐあ、タイミングの悪い…」
寝に向かっているときに起されるほどキツイものはない。
今日は1日ずっとこの睡魔がへばりついているだろうと思うと気が重たくなった。
どこかで一度昼寝しようと決めて身体を起す。
「ええい。さっきのチャットは誰だ? この借りは高値が付くぞ」
高値ってなんだと自問自答しつつ〈学生手帳〉を手に取る。
まだ寝ぼけているようだ。瞼が重いなぁと思いながら起動させ、この睡魔の原因たる人物を確認する。
――そこにあった名は、「サターン君」。
「スパルタだ。スパルタ決定だ!」
今日の訓練がハードなスパルタに決定した瞬間だった。
文章は後で読もうと〈学生手帳〉をそのまま放って朝の支度を開始。
貴族舎の1階に部屋を与えられている俺にルームメイトはいない。
貴族舎に住まう人は基本的に貴族ばかりなので部屋は大きく、そして1人部屋が与えられているのだ。マジ贅沢。
まあ、ハンナみたいに優秀な学生の場合も1人部屋が与えられるが、普通の女子寮はここより部屋が狭い。
しかし、普通はそこに2人~4人のルームメイトが生活する。
迷宮学園はマンモス校、しかも全寮制なため普通はルームメイトと生活するのが基本だ。
そのため1人部屋が与えられる学生は羨望の視線を受ける、誰だって1人部屋がいいもんな。
しかし、たまに1人が耐えられない学生もいる。
「―――ゼフィルス君起きてるー?」
コンコンコンと規則正しく扉がノックされる音の後、よく聞き慣れた声が聞こえた。
〈名も無き始まりの村〉から、つまり俺がこの〈ダン活〉の世界に来てからの付き合いである幼馴染のハンナだった。
最低限の身だしなみを整えた後だったのでそのまま迎え入れる。
「おう~、おはようハンナ~」
「おはよ――、なんかすごく眠そうだねゼフィルス君?」
「朝からチャット音に睡眠を妨げられてな~、まだ脳と瞼が覚醒してない」
「ありゃりゃ、それはご愁傷様だね。朝食は食べれる? サンドイッチ作ってきたんだけど?」
「ハンナの料理なら腹いっぱいでも食べるさ!」
「そ、そう? えへへ」
ハンナの朝食大歓迎。くわっと目が開いた。ハンナの朝食は美味いんだ。
目覚めは最悪だったが今日の朝食は豪華!
一日を彩る朝の一幕にしては少し落差が激しい気がする。
俺の言葉にハンナは照れた様子で準備をし始めた。
ハンナは結構な頻度で部屋に訪ねてくるため、もう勝手知ったる、慣れたものだった。手を洗ってきて手馴れた手つきで食器を並べサンドイッチを用意する。
今日メニューはタマゴサンドにカツサンドだった。
16歳の男子胃袋をしっかり掴むメニューだな。
ちなみにハンナはハムとレタスのサンドイッチだった。そっちも美味そうだな。
「じゃ、作ってきてくれたハンナに感謝して、いただきます!」
「ふふ、召し上がれ」
まずタマゴサンドに噛り付く。う、こいつは美味い。
卵に絡むマヨネーズの分量が絶妙だ。俺の好みを早くも熟知されてしまっている気がする。
あっという間に食べ終え、少し寂しくなりつつ次のカツサンドを頬張る。
ぬおぉ、こっちも美味い。作ってすぐにアイテムバッグに入れたのだろう。間に挟まったキャベツがまだシャキシャキしていてカツの衣もさくっさくだ。肉は温かくジューシーで食べた瞬間から肉汁が染み出してくる、これはたまらない。手作り、作りたての食感だ!
「は、もう無い…」
「ふふ。気に入ってくれたようで良かった。また作ってくるね」
「是非お願いします! それと、ご馳走様でした」
「はい。お粗末さまでした」
気が付けば皿は空になっていたわけで、また作ってきてくれるという言葉に感謝した。
ハンナ、マジでいい子!
「ゼフィルス君は今日の放課後ギルドに来るの?」
食べた後すぐ皿洗いをしながらハンナが聞いてくる。俺は朝の支度をしながらその問いに答えた。
「ああ。ちょっとクラスメイトに用はあるが、メンバーに報告することもあるしギルドに行くつもりだ」
「じゃあ私もギルド行くね」
ハンナは1人〈生産専攻〉の校舎なのでギルドに集まらないと〈エデン〉のメンバーと会う機会が無い。俺とは、こうして朝食と昼食を共にする機会が多いが。
そして、最近のハンナは〈生産専攻〉で、とても引っ張りだこらしい。
あっちで頼られ、こっちで頼られ、先生にも頼られる。ということもあって最近は俺だけでは無くハンナもギルドに顔を出す機会が減っていた。
土日を除けば久しぶりにギルドで顔を合わせることになるな。
「ゼフィルス君終わった? 洗面所借りていい?」
「おう、終わったから使っていいぞ」
ハンナが朝食を持ってくるとき、ハンナは一度女子寮に戻らずそのまま校舎へ向かう。
そのため洗面所にはハンナ用の生活用品が置いてあったりする。歯ブラシとか。
朝は時間が無いのでハンナが皿洗いしているときは俺が洗面所を使い、終わったら交代するというのがいつの間にか暗黙の了解になっていた。
ルームメイトがいたらこんな感じなのかねと感慨に耽りつつ、朝の支度を終え、後はハンナを待つばかりだ。
「お待たせゼフィルス君」
「おう、じゃ行こうか」
ハンナも準備が終わったので部屋を出る。
鍵を閉めるのはハンナの仕事だ。なぜか私が閉めたいといって聞かないので任せてある。
こうして今日も一日が始まった。俺にとっての最近の日常。慣れてきた日々。
ハンナと貴族舎を出て、途中の分かれ道まで一緒に登校する。青春の1ページ。
しかし、それを影から見るいくつかの視線に俺は最後まで気が付かなかった。




