#285 上位ギルドの噂話。狙われている馬車レシピ。
20層の転移陣が無事起動したのを見届け、俺たちはまた〈サンダージャベリン号〉に乗って21層目に突入した。
「なんだか長いようであっという間だな。まだ10時前だぞ? 〈乗り物〉装備だったか…、すごいものなのだな…」
リカが〈サンダージャベリン号〉の窓から顔を出し、20層の門の方を見てため息を吐くように言う。
そういえばリカは〈サンダージャベリン号〉に乗るの今日が初めてだったっけ。
カルアは〈金箱〉確定クエストの時に乗ったことあったから、すっかりリカも乗ったことがあるもんだと思い込んでいたな。
「全ての〈乗り物〉が〈サンダージャベリン号〉のように優秀なわけじゃないぞ? 何しろこいつは〈金箱〉産のレシピから作られた最上級品だからな」
初めての〈乗り物〉がこれで妙な勘違いをしても困るので一応そのように伝えておいた。
リカが感心するように頷く。
「まったく君というものは。こんな装備聞いたこともなかったよ。ゼフィルスは今この〈乗り物〉がどんな扱いを受けているか知っているのか?」
「ん? 何の話だ?」
窓越しのリカがやはり知らなかったのかと言うように苦笑した気配がした。
「姉様方が〈千剣フラカル〉に所属しているということは以前話したと思うが、姉様から聞いた話では現在この〈乗り物〉装備を巡って上位ギルドのほうでとある争いが起きているらしい」
「争いとは穏やかじゃないな。ギルドバトルか?」
「うむ。最近またギルドバトルが活発になってきているというのは聞いていると思う」
「ああ、4月に負けてランク落ちした、元Cランク以上ギルドの下克上だな。5月の名物みたいに言われているが」
「ふふ、そうらしい。ただ、今回はそれとは別のようでな。どうも一つのレシピを巡って上位ギルドで〈決闘戦〉が行われているとの事だ」
「〈決闘戦〉かぁ」
〈決闘戦〉、
ギルドランクが変動する〈ランク戦〉とは別で、主にギルド同士の対立時などに決着を付けるために使われるギルドバトルだ。
また、〈ランク戦〉のようにギルドランクが変動しない代わりに、両ギルドが報酬を出し合い、勝ったほうがそれを貰い受けることが出来るのが〈決闘戦〉の特徴であり、醍醐味でもある。
それを揶揄って別名〈賭け戦〉なんて言われていたりもするな。
お互い大切なものを賭けて戦うため練習ギルドバトルとは本気度が違う。
下手をすれば〈ランク戦〉よりも熱を上げて戦うのが〈決闘戦〉だ。
いくつか〈ランク戦〉とは違うルールがあり、
この〈決闘戦〉で出し合った報酬が持っていかれたとしても、それを賭けて再ギルドバトルは出来ない規則となっている。他のギルドがそれを報酬に挑むのは有りだが、1ヶ月間は禁止されているな。
また、〈ランク戦〉は下のギルドが1つランク上のギルドにしか挑戦できないのに対し、〈決闘戦〉は同ランクのギルドにもギルドバトルを挑める、また上下1つまでのランクのギルドにも挑むことが出来る仕様だ。ただ2つ以上ギルドランクが離れている状態での〈決闘戦〉は禁止されているなどのルールもある。弱いものに挑むのはダメと言うことだな。
「つまり、その〈決闘戦〉で〈馬車〉、いや〈乗り物〉系のレシピが賭けられている、と言うことか?」
「まだ正確な情報ではないらしいのだがな。Aランクギルドの一つ〈獣王ガルタイガ〉がそれを所持しているらしく、同じくAランクギルドの〈テンプルセイバー〉がそれを求めて〈決闘戦〉を挑んだらしい。姉様が先を越されたと愚痴っていたよ」
ふむ。〈獣王ガルタイガ〉、その名前は久しぶりに聞いたなぁ。
確かカルアが本来所属するはずだったギルドが〈獣王ガルタイガ〉だ。
ただ、カルアは天然のうっかりミスで〈エデン〉にアタックを仕掛け採用されたため、ちょっとしたいざこざに発展しそうになった。
それをセレスタンが素晴らしい采配でやり取りし、500万ミールで手打ちにしたのは記憶に新しい。
相手は傭兵ギルド。しかもAランクだ。今敵に回すのは得策ではなかったからな。
「〈獣王ガルタイガ〉はレシピの品を生産しなかったのか?」
「あそこは全て「猫人」で構成されたギルドだからな〈乗り物〉に対する適性がなかったため長らく放置していたようだ」
「なるほど」
適性無かったから作らずに放置はあるあるだ。俺も適性なんて無いけどなんとなく取っておいている装備とかかなりある。
あれらもそろそろどうするか決めないとな。
と、話がそれたな、えっとつまりだ。
「上位ギルドが〈乗り物〉装備を欲しがっているのか」
「そういうことだな。レシピを狙っているほとんどのギルドはBランク以上らしい、〈決闘戦〉の対象にEランクの〈エデン〉は入らないが、注意はしておいたほうが良いだろう」
「なるほどな。情報ありがとなリカ」
ふむ、それで一つ合点がいったことがある。
学園長クエスト、わざわざ〈サンダージャベリン号〉と同じものを指定してくるから、てっきり王族用かと思ったのだが、違う可能性もあるのか。
Eランクギルドが使っている〈馬車〉より格下の〈乗り物〉なんて使いたくない、なんていう学園本校男子のプライドが見えるかのようだ。脳裏に過ぎるのは腕を組みふんぞり返るサターン君。
いや、もしかしたら〈救護委員会〉に配置するためとか?
王族を乗せる可能性もあるから良い物をということかもしれない。ふむ。
いずれにせよ、すでに俺たちには〈サンダージャベリン号〉はあるんだし、別にレシピを狙われても構わないけどな。
ふむ、〈決闘戦〉。早く俺もやりたいなぁ。
そして返り討ちにしてがっぽがっぽ報酬を稼ぎたい。ふはは!
俺がそう心の中でほくそ笑んでいると、唐突にそれは起こった。
ドカンッ! と言う衝突音を立てて〈サンダージャベリン号〉が止まったのだ。まるで壁にぶつかったように。
「―――グッ!?」
「きゃあ!」
場車内から悲鳴が聞こえた。
慣性はHPがほぼ相殺してくれるが、ほんの少しフィードバックが起こるのだ。
ほんの少しでも、今まで数十キロのスピードで走っていた馬車が唐突に壁にぶつかったかのように止まったのだ、その衝撃はかなりのものだっただろう。
中にいたラナたちが心配だ、いや、それより原因の究明が先だ!
「エステル、大丈夫か! 状況は」
「わかりません。モンスターを轢こうとしたら急に」
「モンスター…、―――あ」
後ろのリカとの会話に気を取られて見逃していた可能性。
ここはすでに25層。
〈乗り物〉装備の騎乗攻撃はザコモンスターにとって非常に驚異。
たとえ抵抗しようとしても撥ねられて終わる。
――しかし一部、騎乗攻撃が効かないモンスターが存在する。それが、
「全員戦闘準備! ――徘徊型ボスだ!」
通常モンスターのように見えてそうではない、小さく蹲る様にして馬車に接触していたモンスターがゆっくり起き上がった。
こいつはアルマジロ型の徘徊ボスモンスター。
――〈ビビルクマジロー〉だ。




