#1847 クイナダ、帰還!
「か、帰って来ちゃった」
2ヶ月前まで居た学園都市、1年間過ごしたところ、その1年間があまりにも濃すぎてもはや第二の故郷と言ってもいいくらい思い出深いところへ帰ってきた者が居た。
もちろん元留学生の1人、クイナダである。
馬車が止まるロータリーで降ろしてもらい、キョロキョロと辺りを見渡してしまうのは、もしかしたら誰か知り合いが居るかもという期待とちょっとした不安によるものだ。
しかし知り合い、つまりクイナダと深い付き合いであるギルドメンバーの迎えはない。なにせ今日は水曜日、平日の午前中だからだ。みんな授業中である。
居ないことを確認して少しホッと溜め息を吐くクイナダ。
それもそのはずで、約2ヶ月前、自分が本校に通っていた頃に加入していたギルドメンバー、〈エデン〉のみんなとは、それはそれは盛大にここでさよならした。
最上級ダンジョンのレジェンドレシピから作られたシリーズ装備、その全集を作製しプレゼントまでしてもらった。思い出に最上級ダンジョンを1つ攻略してしまったりもした。自分1人のためにあまりにも盛大すぎる思い出作り。
そこまでして盛大という言葉ですら足りない見送りをしてもらったのに、2ヶ月でひょっこり帰ってきてしまったのだ。どんな顔でみんなと会えばいいんだろうと、不安と期待が入り交じりまくっていた。
移動中の1週間、クイナダの頭の中はそれはそれは色んな感情がグルグルしていた。
端的に言えばみんなと顔を合わせるのがすごく恥ずかしい。でも、みんなと会えるのはすごく楽しみ。
そんな感情がせめぎ合っているのだ。
「あ、そうだ。先に学園長のところに行かないと」
ふらっと福女子寮の方へ行きそうになって慌てて修正。
転入というのは非常に珍しいため、まずは手続きを済ませなくてはいけないのだが、これがまあ色々あって学園長案件になっていた。
学生が歩いていない不思議でなんだかちょっと高揚してくる街並みを見ながら〈ダンジョン公爵城〉、通称〈中城〉へと向かう。
去年留学生として来た時は迷った道も、1年も居れば地元のように隅々まで分かるというものだ。
到着すると、コレットに案内されて学園長室へと通される。
「し、失礼します。クイナダ、到着しました」
「うむ、楽にするが良い」
そんなことを言われてもゼフィルスじゃないんだから難しい。
今や歴代でも伝説の学園長とも呼ばれ始めているヴァンダムド・ファグナー学園長を前にしてリラックスできるような学生はいないのだ。1人を除いて。
「クイナダ君、君の話は〈第Ⅱ分校〉からすでに聞き及んでいる。安心してここで学んでいくが良い。ここであれば、〈エデン〉であれば、クイナダ君はもっと成長出来るはずじゃ」
「は、はい! 寛大な措置、あ、ありがとうございます!」
「なに、我ら教育者のミスじゃ。いや、ミスと言っていいのか分からんが、まさか全ての教育者がなにも教えられることがないほど先にいかれるなど、想定外じゃったからのう」
それはそうでしょうね。
そんな言葉が喉まで出かかったクイナダだったが、コレットがタイミング良く必要書類を渡してくれたためゴクリと飲み込めた。危ない、うっかり〈エデン〉で鍛えられてしまったツッコミが発動してしまうところだった。
学園長の言う通り、今や教育者である先生方よりも〈エデン〉の方が先をいく存在だ。そんな〈エデン〉メンバーを導ける、学ばせることができる教育者はほぼ居ない。
唯一学ばせることができるのは同じ〈エデン〉メンバーである。クイナダは学生だ。故に学ぶために戻って来た。
〈第Ⅱ分校〉では持て余すと言った方が適切かもしれないが。
「あの、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うむ。なんでも聞くが良い」
「ありがとうございます。ではあの、クーレリテアやナリリスは?」
クーレリテアとは元〈留学生1組〉であり〈千剣フラカル〉所属だった、クイナダの同級生であり〈第Ⅰ分校〉から来ていた【導き手】に就いていた女子だ。
ナリリスも同じく〈第Ⅴ分校〉から来ていて〈氷の城塞〉に所属していた【天の先槍】に就いていた女子である。クイナダとは仲も良かった留学生仲間だ。クーレリテアに関してはクラスメイトでもあった。
2人はクイナダとほとんど同じ立場だ。なにせ、ゼフィルスが六段階目ツリーを開放した者である。
「そちらは問題無い。〈第Ⅱ分校〉とは違い、他の分校には六段階目ツリー開放者が複数人戻って来たらしいからの」
「あ、やっぱり本校に転入したのは私だけなんですね」
「いや、あと〈第Ⅳ分校〉と〈第Ⅶ分校〉もじゃな」
実は各分校にも六段階目ツリーの開放者は戻って来ていたのだが、転入して本校にやって来ているのはこの3つの分校だけだったりする。と学園長は説明する。
というのも、他の分校では複数人の六段階目ツリーの開放者が帰還しているのだが、〈第Ⅱ分校〉、〈第Ⅳ分校〉、〈第Ⅶ分校〉では1人だけだったのだ。
他の分校はゼロ人だったり、5人以上六段階目ツリー開放者が居るので、その者たちでパーティを組み、今は上級ダンジョンを順調に攻略中だという。
しかし、分校に1人しか六段階目ツリー開放者が居ないとなると結構持て余す。
故に〈第Ⅱ分校〉、〈第Ⅳ分校〉、〈第Ⅶ分校〉は、このまま学生を燻らせるよりか本校で学んだ方が良いと判断し、こうしてクイナダ他2名を本校に転入させたのである。
「もちろん本人たちが了承すれば、じゃったけどのう。3人とも、即決で本校に戻ってくることを決めたと聞いたわい」
「あはは」
「うむ。ずいぶんと〈エデン〉を気に入っているようでよかったよかった」
「はい。それはもう、私の第二の故郷だと思っていますから」
「そうか。授業が終わったら顔を出してあげなさい。もう君が今日来ることは伝えてあるからのう」
「はい!」
こうして転入手続きを済ませ、クイナダは本校に帰ってきたのだった。
「あれ? 〈第Ⅳ〉と〈第Ⅶ〉って、魔殴りジョウ君と戦慄のエドガー君……だっけ? 2人はもう転入してるんだぁ。ちょっと嬉しいかも」
転入するのは自分だけだと思っていただけにこれは朗報だ。
少しだけ身体が軽くなった気がする。少し心強い。
ペラリともらった必要書類を捲ると、そこに自分が所属するクラスや寮のことが書いてあった。
「あ、私、〈戦闘課3年1組〉だ! みんなもいっぱいいる! やった!」
思わず声に出ちゃうほど嬉しい。
クイナダの所属は〈戦闘課3年1組〉、出席番号で言えば31番だ。
名簿を見ればほとんど知っている、というか〈エデン〉メンバーのいるクラスだった。すっごく嬉しい。
ちなみに戦慄のエドガーは2組、魔殴りジョウは10組に転入してるみたいだと知る。
「あ、ジョウ君だけ10組になってる。前は……〈留学生4組〉、だったっけ? やっぱり本校のクラスと留学生クラスはレベルが違うなぁ」
そんなことを書類で確認しつつ、あとで元留学生仲間として挨拶に行こうと決める。
福女子寮では寮母さんに再びお世話になりますと挨拶し、前に使っていた部屋がそのまま空いてたことにラッキーと思いつつ荷解き開始。
「はぁ、なんだか涙が出ちゃうほど懐かしい」
荷解きが完了した部屋は、2ヶ月前と同じになっていた。
そのことにちょっとウルッときてしまう。
自分が帰る場所はここだと再認識したのだ。だが、それはここだけではない。
「あ! もうこんな時間!?」
気が付けばとっくに放課後だった。
そして、ギルドハウスにみんなが集まる時間でもある。
急がないといけない。今日クイナダが帰ってくるというのは、すでに〈エデン〉には知られていると学園長は言っていたのだ。
急いで仕度を調えて、学生服――はなんか今日登校してないのに着るのも変な気分なので、分校に帰還するときにもらった最上級フル装備を着込んで部屋を出る。
そうしてちょっと見ないうちに学生たちで溢れかえるようになった街並みを見つつ、自分の帰る場所である〈S等地〉、その一角に建てられたギルドハウス、〈エデン〉へ向かう。
すると、その入り口には2人の人物が待っていた。
「あ! ゼフィルス君来たよ!」
「おう! 学園長から聞いたとおりだったな」
あ、懐かしい。
たったの2ヶ月しか経っていないのにもかかわらず、聞こえてきた声に再びウルッときてしまうクイナダ。
そこに居たのは見間違えようもない。ハンナとゼフィルスだったのだ。
「おかえりなさいクイナダさん!」
「おかえりクイナダ! 良く戻って来てくれたな! また〈エデン〉に入るだろ?」
屈託のない晴れやかな笑顔で自分を歓迎してくれる2人の下に、クイナダは思わず駆け寄って言った。
「ただいま! クイナダ、戻りました。また〈エデン〉でお世話になってもいいですか?」
「「もちろんだ(だよ)!」」
こうして〈エデン〉は50人のメンバーが揃う。
感動の再会後、ゼフィルスがクルリと回ってギルドハウスに入ると、盛大に宣言した。
「みんな! クイナダが帰ってきたぞ! これで〈猫界ダン〉に挑めるな! 見ろ、クイナダもフル装備、やる気満々だ!! さぁ、早速最上級ダンジョンに行こうか!!」
おかしいな。今から最上級ダンジョンのランク2、〈猫界ダン〉に挑もうと聞こえるよ?
ああ、本当に帰ってきたんだなぁ。
ゼフィルスの変わらない言葉に、クイナダはそう思ったのだった。




