#1846 いつもの朝?クールな気持ちでハンナを壁ドン
朝。場所は俺の寮部屋。
いつもなら寝ているこの時間、しかし俺は朝からばっちりと目が冴えていた。
それもこれも、とある人物の訪問を待っていたからである。
そして、その時は来た。
普段ならこの時間は寝ている俺への配慮だろう。ゆっくり音を立てないようにカチャリと鍵が開いたかと思うと、そーっとドアがゆっくり開かれたんだ。
「おはよう~。ゼフィルス君、まだ寝てる~?」
訪問者は――もちろんハンナだ。幼馴染みのハンナが俺を起こしに来てくれたのだ! いつもならハンナに起こされるというシチュエーションを楽しむところだが、今日は違う。
「ハンナー!!」
「ひゃああああ!? ゼ、ゼフィルス君!?」
しまった、テンションが上がりすぎて驚かせてしまった。俺は極めてクールに取り繕いハンナを部屋に招待する。
「よく来てくれたハンナ! ささ、中に入ってくれ! 今日はハンナに伝えたいことがあったんだ!」
「ひゃああ!?」
全然クールじゃなかった気がしたが、まあ気のせいということにして部屋にハンナを引き込み、ついでに鍵もガチャリと掛けておく。
「ゼフィルス君!? 今日は早起きだけどどうしたの!?」
「ハンナよ、冷静に聞いてほしいことがあるんだ」
「れ、冷静になるべきはゼフィルス君だと思うんだよ!?」
ハンナめ、朝っぱらから良いツッコミをする。
俺はいつの間にかハンナを壁に追い詰め、両手で壁ドンして逃がさない体勢を執っていたのだ。
だが、今更これを解くことは難しい。(難しくないです)
顔を真っ赤にして腕を縮こませるポーズのハンナを見て一息入れ。
俺は結局このままハンナに告げることにした。
「実はな、クイナダの件で学園長からお話をもらったんだ」
「え? ええ!? クイナダさんの!?」
クイナダは2ヶ月前、留学生制度が終わると同時に〈第Ⅱ分校〉へ帰還した、俺たちのギルドメンバーだ。
ハンナはクイナダと仲が良かったからな、クイナダの話と聞いて一瞬予想外という顔をしてからすぐに聞く体勢になる。そして。
「聞いて驚いてくれハンナ。クイナダがな、なんと本校へ転入して来ることが決まったんだ!」
「え? ええ? ええーーーーーー!?」
本題を切り出すと、ハンナはとってもいい表情で驚いてくれたのだった。
◇
「それでゼフィルス君、どういうことなの?」
あれから少し落ち着いてテーブル席。
詳しく説明するために場所を移した。
俺もハンナも全然冷静じゃなかったからな。一度落ち着くために仕切り直しが必要だったんだ。
「ああ。俺も昨日学園長にいきなり言われてな。本当に驚いたんだが、実はクイナダは、〈第Ⅱ分校〉に戻ったはいいが、実力をとても、とっても持て余しているらしいんだ」
「そ、そうなんだ」
然もありなん、と言おうか。
クイナダのLVはもはや学園をすっ飛ばし、国でトップクラスだ。
俺がそう育てた。自慢のメンバーだ。
〈第Ⅱ分校〉からの留学生の1人であったクイナダは、分校からのとても大きな期待を背負って本校で1年学んだ。というか学びすぎた。
まさか送り出した側の〈第Ⅱ分校〉でも、国でトップクラスの実力になって戻ってくるとは思わなかったのだろう。
学園長から聞いた話では盛大にクイナダの実力を持て余し、というか他にも留学していた学生たちの実力でちょうどいいくらいで、いきなり六段階目ツリー開放者が来ても、〈第Ⅱ分校〉の学生に教えるには実力差が開きすぎている、となったらしい。
中学生に大学の授業をするようなもの、と言えば分かりやすいだろうか。
なにせ、〈第Ⅱ分校〉ではまだ上級下位ダンジョンの攻略すらままならず、最高LVは上級職の15。つまりは四段階目ツリー開放レベルだ。
五段階目ツリー開放者でも十分勉強になるレベル。むしろ六段階目ツリー開放者が教えるには、格上過ぎて訳が分からず、まだまだ時間が掛かるという寸法。
下準備というか土台が不足しすぎていたんだ。
分校はそれを強化するために自分の学生たちを留学させたのだから足りないのは当然だったのだ。
クイナダも頑張ったらしい。
春休みという、普段なら学生はお休みするべき期間から特別授業を行ない〈第Ⅱ分校〉の教員へ色々と教え、本校で学んだことを披露し、〈エデン〉では普通のことを語っていったらしいのだが、教員にまで頭を抱えられてしまったようだ。
つまり、難しくて分からない、と。
そんなことが3月から4月の終わりまで行なわれ、なんとか教員も、そしてクイナダの話を受けた学生たちも理解しようと努めたらしいが、最終的に「今は他の留学生たちの話で十分! クイナダほどの実力者はもっと先に行くべきだ!」との結論に至ったらしい。
ずいぶん思い切ったなぁと思う。
その気になれば、クイナダに上級下位のキャリー役を任せて学生たちをパワーレベリング&パワーキャリーできただろうに。
しかし、それでは国でトップクラスの実力者であるクイナダは完全に飼い殺し。
「クイナダ君は学生だ。学生ならば、学ぶべきだ!」そう主張する教員たちが多く。「クイナダさんほどの実力者は本校に預け、さらに伸び伸びと実力を伸ばしてもらうべきでしょう」という意見が通ったとのことだ。
〈第Ⅱ分校〉が想像以上にホワイトで優しい! 教育者の鑑だよ!
そんなこんなで学園長に話が行き、転入、という形で正式に本校へ戻ってくることが決まったのだという。
「それじゃあ、クイナダさんは本当に本校に戻ってくるんだ! 卒業まで?」
「もちろん卒業までだ! それと、受け入れるギルドは〈エデン〉以外にない。クイナダもそれを希望しているらしいからな!」
「やったー!」
話を聞き終わったハンナがバンザイした。
うんうん。俺もとっても嬉しいぞ!
モニカが入り、49人になったギルド〈エデン〉。残り1枠の人材をどうしようかと思っていたら、思わぬところからビッグニュースが飛び込んできた。
いやぁ、いっぱいになるまでメンバーを増やさなくて良かったぁ。
「ちなみにこの話は昨日ギルドメンバーに告げられなかったからな。まだ知っているのはハンナだけだ。放課後ギルドハウスに集まってもう一度周知するからそれまで秘密でよろしく」
「知ってるの私だけ? 私だけ特別……うん! もちろんだよ!」
さっきも言ったとおり、クイナダとハンナは仲が良かった。クイナダが去るとき、一番悲しんでいたのもハンナだったからな。
ハンナには一番に教えておこうと思ったんだよ。
「あ! もうこんな時間! 朝ご飯用意するね!」
「頼む!」
一通り話も終わっていつもの朝の日常を過ごし登校。
そういえばクイナダってどこのクラスになるんだ?
クラス替えはもう終わっちゃってるし、そういえば昔セルマさんが31人目のクラスメイトになったことがあったはずだ。クイナダも同じ感じかな?
〈1組〉に所属してくれると嬉しいんだが。
そんなことを考えつつ1日を過ごし、放課後。
ギルドハウスの大部屋にギルドメンバー全員を集めて、今朝ハンナにもしたクイナダの話を伝えた。
「ちょっとゼフィルス! その話本当なの!」
「クイナダさん、帰ってくるんですか!」
「〈猫界ダン〉、まだ入ってなかったし、タイミングは良かったのかもね」
「クイナダ先輩が入れば、ちょうど〈エデン〉も50人ですね!」
「そうなんだよ!」
クイナダの話に「わぁ!」っと盛り上がる〈エデン〉のギルドメンバーたち。
2ヶ月前、思い出いっぱい詰めて送り出してもやっぱり寂しかった〈エデン〉だ。
転入してくると聞いてみんな本当に嬉しそうだった。
クイナダ本人からすれば、あんなにみんなから見送られて〈第Ⅱ分校〉へ帰ったのに、戻ってくることになってしまい、きっと恥ずかしそうにするだろうけどな。
そんなの吹き飛ぶくらいの歓迎会を起こしてあげよう!
「私ね、クイナダに〈猫界ダン〉を見せてあげるって約束したのよ!」
「覚えているわ。でも、時間も無かったし、あの時はほんのちょっと覗くだけだったものね」
「今度は〈猫界ダン〉を隅々まで一緒に攻略できますね」
ラナの約束は俺も覚えている。あれは〈樹界ダン〉に調査に向かった卒業式の日の話だ。
ランク2である〈猫界ダン〉への入ダンは〈樹界ダン〉を攻略してからになる。
〈樹界ダン〉を攻略したとき、もう時間ギリギリで〈猫界ダン〉を見る時間がほとんど無かったのだ。本当にチラ見程度の入ダン。
ラナにとっては、あれじゃあ約束を果たしたとは言えなかったのだろう。
今度こそ約束を果たすと息まいていた。良い話だ。
クイナダはすでにこっちへ向かっているらしいが、到着は約1週間後の予定だ。
みんなとの話し合いで〈猫界ダン〉への入ダンはクイナダが戻って来てからにしようということに決まり、今は〈樹界ダン〉のボス周回と、〈エースシャングリラ〉の育成に力を注いで1週間待つことに決まった。
そうして1週間は瞬く間に過ぎていき、ついにクイナダが到着する日がやってきた。




