#1842 北東の戦い。〈ユートピアサークル〉現る!
ここ2週間、2年生にはレベル上げよりも、〈学園春風大戦〉の勝ち方、攻略法、ギルドバトルのなんたるかというものを仕込んできた。1年生にも、基本は2年生に付いて行くよう教えてある。
そのおかげか、かなりスムーズに行動が出来ている様子だ。
「本当、1年生たちもよくついてきてるわ、入学して2週間とは、とても思えないわね」
「元従業員組は俺たちから英才教育という名の薫陶を受けていたからな。他の4人もユナを初め、結構な実力者になりつつあるぞ?」
「みたいね。さらに経験豊富な指揮官であるモニカが加わって、とても良い動きになっているわ」
シエラの言う通り。入学して間もない1年生や、ギルドに入ったばかりのメンバーがこれほど纏まって動けているのは、〈エデン〉の薫陶ももちろんあるだろうが、なにより現場の指揮官が優れているからに他ならない。
モニカは入学してから、ほぼ毎月ギルドバトルをしてきたからな。
しかも負けた経験も多く、どういう運用をすればギルドバトルで勝てるのか、本気で考えてきた。さらに入学する前には母からの英才教育を得ていて知識も豊富、指揮官としての教育もされていて、1年生でギルドマスターとして開花した。
そんなモニカが先頭に立って「ついてくるでやがります!」とメンバーを引っ張るのだ。
経験が足りないメンバーであってもかなり動けるというもの。
さらにBランク戦で全員が1度はギルドバトルをした経験も大きい。ギルドバトル独特の雰囲気を経験したことのある1年生は、動きがそこまで硬くなっていないように見受けられる。
モニカに任せて正解だったな。
「問題は、モニカのところに全員がくっついているところだな」
「そこは仕方ないですわ。別働隊を組織して連携するなんて、それなりに高度な技術ですもの」
リーナの言うとおり。モニカが動けば、そこに19人が続く。
言うなれば突撃一辺倒。
部隊を分けたりすることも、その部隊の指揮を任せることも、他の部隊と連携することも、今はまだ難しい。
だが、これでいいのだ。
〈拠点落とし〉は機を見るに敏であれ。
今回は初動で迅速に動けるかが焦点。五段階目ツリーの開放者という格上も多い相手に速攻をかまして落とすのが正解。
その点、モニカは100点満点だ。
自分たちの拠点が攻め込まれる前に多くのギルドを落としポイントを確保する。
その後は膠着状態に突入するだろう、そうすれば初動でどれだけポイントが稼げたかで勝負が決まる。
試合開始15分。
〈エースシャングリラ〉の次のターゲットも決まり、真北に進行。
フィールドの北東側エリアに侵入した。
このエリアは2つのギルド、〈サンダーボルケーション〉と〈炎主張主義〉が手を組み、〈ユートピアサークル〉を制圧中だった。
つまり2対1。
〈ユートピアサークル〉と言えば、ラウとルキアの古巣だ。
当時Cランクギルドだった〈エデン〉に仕掛けてきたのが、当時〈ユートピアサークル〉の前身だったDランクギルド〈ディストピアサークル〉だった。
あの時ちょっとイキッていた〈ディストピアサークル〉だったが、〈エデン〉に負けたことで改心し、ギルドの名も〈ユートピアサークル〉に改めた経緯がある。
そんな〈ユートピアサークル〉もいつの間にかBランクギルドに上がり、それもそこそこ強くなっていた。
何せBランクギルド常連の〈サンダーボルケーション〉と〈炎主張主義〉に左右から拠点を挟撃されているのに、かれこれ5分以上耐えている。
〈サンダーボルケーション〉と〈炎主張主義〉としては、さっさと倒したいだろう。
じゃないと、他のエリアからどこかのギルドが攻めてくる可能性がある。
どうやらBランクギルド常連であるからこそ横の繋がりも深かったらしく、〈サンダーボルケーション〉と〈炎主張主義〉は仲がいいっぽい。
〈ユートピアサークル〉はBランクになって日が浅いためか狙われてしまったようだな。だが、〈ユートピアサークル〉はなかなか崩れない。
「あいつら、ずいぶん逞しくなったじゃないか」
「だね。知っている人たちが結構卒業しちゃってるけど、ソークルは相変わらず元気みたい」
ラウとルキアの会話が聞こえてくる。
ソークルというのはラウとルキアの元ギルドメンバーだ。今は〈ユートピアサークル〉のギルドマスターを務めている。そして、その職業は【用心棒】の上級職、【スペシャルガード】だな。「獣人」系の上級職、高の中だ。何かを守る時に非常に高い能力を発揮する。そりゃなかなか崩れないわ。
「大チャンスだな!」
「ええ。〈サンダーボルケーション〉の後ろがガラ空きよ!」
立地的に、〈エースシャングリラ〉の居るエリアはフィールドの東側だ。
そして現在〈零の支配〉を倒した直後、実はそこから北上すれば僅か10マスで〈サンダーボルケーション〉の拠点へ接触できるのだ。
シオンとユナの防衛コンビによってそのことを知らされたモニカは〈サンダーボルケーション〉へ向かうことに決定した様子だな。
「さあ! あたしについて来やがれですーー!」
「「「おおー!」」」
いいね! すごく良い!
ハンナ特製ポーションで補給を済ませたら、モニカがすぐに19人を連れて〈サンダーボルケーション〉へと出発する。
おそらく見張りだろう、北東エリアと東エリアを結ぶ通路には〈サンダーボルケーション〉のメンバーから2人ほど人が配置されていたが、20人の〈エースシャングリラ〉メンバーによって瞬く間に飲み込まれて退場。
全くお役目を果たせないまま退場した2人はさぞ無念だっただろう。
これで〈サンダーボルケーション〉本隊に知らせる斥候は消えたので、そのまま〈エースシャングリラ〉は〈サンダーボルケーション〉のほぼガラ空きの拠点を強襲した。
「いっけー! そのまま抉るのよ!」
「防衛モンスターは全てポイントです!」
親ギルド〈エデン〉のメンバーも観客席で盛り上がる。
でもラナやエステルたちの言ってることがやや物騒なのは、きっと俺の聞き間違えだろう。
「セレスタン先輩、クラが『突貫』のあれを取り出したんだけど!?」
「はい。ゼフィルス様の策で、お貸ししました」
「〈エデン〉のバックアップが手厚いですの……!」
どうなるかと見守ってたら、クラが〈空間収納鞄〉から取り出したのは、どこかで見たことがあるような攻城兵器。うん、どこからどう見てもセレスタンの〈城掘突貫ドリル〉だな!
手薄のところを強襲し、モンスターを一掃したのち速攻でクラがチュドンする。すると。
「「「「あ」」」」
「〈サンダーボルケーション〉陥落しました!」
「やったわね!」
〈サンダーボルケーション〉、まさかのここで敗退!
〈エースシャングリラ〉から歓声が上がっていてとても良き。
反対に〈炎主張主義〉と〈ユートピアサークル〉は突然転移陣によって退場していった〈サンダーボルケーション〉にポカンと時が止まっているな。
「今だ! 〈炎主張主義〉を続けて強襲だ!」
「〈炎主張主義〉の主力が帰って来ていない今がチャンスよ!」
ユナもそう判断したのだろう。シオンの手を借りて声をモニカに届けたっぽい。
〈エースシャングリラ〉がまたも動き出す。
しかし〈炎主張主義〉はそれに即座に反応した。
なにせギルドマスターが〈あのアケミ〉だからな。二つ名が〈あのアケミ〉である。マジとんでもない二つ名だよ。前は〈生還のアケミ〉だった気がするが、あの二つ名はどこいっちゃったんだろう?
それはともかく〈炎主張主義〉はすぐに踵を返し撤退を始め、〈ユートピアサークル〉の追撃すらも追いつけない見事な撤退劇を見せたのだ。
「逃げ足早っ!」
「さすがは〈あのアケミ〉の居る〈炎主張主義〉ね」
「待ってくださいまし、あのルートだと〈エースシャングリラ〉とぶつかりますわ!」
「〈エースシャングリラ〉は攻めるじゃないか!」
〈サンダーボルケーション〉を撃破した直後から移動を開始し、〈炎主張主義〉の拠点に向かう〈エースシャングリラ〉だったが、なんとその途中で戻ってくる〈炎主張主義〉とぶつかった。あれは熱かった。
〈エースシャングリラ〉としては漁夫の利を掠めたかったが、そうはさせないとする〈炎主張主義〉の猛攻を浴びて、ついに1人が退場してしまう。
「〈ユートピアサークル〉が来たわよ!」
「ソークル、やってやれ!」
だがここで援軍、後方から〈ユートピアサークル〉が追いついてきたのだ。
そこは一本道。左右は進入不可エリアであり、前には〈エースシャングリラ〉、後ろには〈ユートピアサークル〉が居て挟まれた形。
「ソークルは〈エースシャングリラ〉と臨時の共同戦線を結んだみたいだよ!」
「あいつも成長しているな。それでいいんだソークル」
すっかり〈エデン〉へ挑んだときのようなギラギラした顔つきから変わってしまったソークルが、モニカに共同戦線を提案した模様だ。
挟まれてしまった〈炎主張主義〉を逃がさないように囲い込み、挟撃を開始。
さっき〈ユートピアサークル〉にしていたこととは逆の展開となり、なんと〈あのアケミ〉以外のメンバーが討ち取られてしまったのだ。
え? 〈あのアケミ〉はって? いつの間にか〈炎主張主義〉の拠点方向に逃げおおせていたよ。いや、どうやってあの中を逃げ延びたんだろう? 凄い生命力だ。
「どうやら防衛モンスターのポイントは〈ユートピアサークル〉が、〈炎主張主義〉の拠点ポイントは〈エースシャングリラ〉がもらうことになったみたいですね」
「もっと吹っかけても良かったと思いますけど。あのままでは〈ユートピアサークル〉も遠からず陥落していたでしょうし」
「いや、〈ユートピアサークル〉の戦力は健在だ。2つのギルドから挟まれていたにしてはかなりピンピンしている。今正面からぶつかるとさらに被害が出るだろうからな。防衛モンスターのポイントを譲ったのはモニカの英断だろう」
〈拠点落とし〉はまだ続くのだ。
ここで交渉が決裂すればお互い大きな被害を被るだろう。
〈ユートピアサークル〉がもっとボロボロだったら大きく出ても良かっただろうが、思った以上に〈ユートピアサークル〉はピンピンしていたのだ。モニカの判断が正解だろう。
こうして〈炎主張主義〉の拠点には2つのギルドで合同攻略を開始。
防衛モンスターのポイントは〈ユートピアサークル〉が確保し、その後〈エースシャングリラ〉が〈炎主張主義〉の拠点を落として終了。
「このあとどうするのかな? 〈ユートピアサークル〉に宣戦布告?」
「…………ソークルの出方次第だな。モニカがどう受け止めるか」
ワクワク顔のルキアとは裏腹にラウは心配そうだ。
ラウは本当にギルド思いの良いやつだよ。
「あ、〈エースシャングリラ〉、一旦帰還することを選んだわ」
「妥当だな! 現在進行形で〈エースシャングリラ〉の拠点が攻められていないとも限らない。余力はあるが、一度撤退するのが吉だろうぜ」
「ほ……」
〈ユートピアサークル〉とは戦闘ならず。
それを見て、ラウがホッと息を吐いていたよ。




