#1829 新1年生の育成タイム!リアル独特の大特訓!
「う、動きがカクカクします」
「なんかバフを掛けっぱなしにしている感覚です! すっごく強くなった気がムクムクと湧いてくるですよ!」
LV75、つまり下級職のレベル限界までたったの2週間ほどで育成してしまったら、フェンラたちの動きが怪しくなった。いや、クラだけは普通だな。漲ってるって感じで動き回ってる。
「ステータスを急激に上げた影響ね。慣れないと動きが突然に速くなったり、力が強すぎたりして、思った以上の力が出てビックリするのよ。だから無意識に力をセーブしようとして、ああなるのね」
「特にステータスを得たばかりの1年生だと、まだステータス自体にも慣れていませんので、〈転職〉した人たちよりもずっと身体の感覚がおかしくなるそうですわ」
「そのわりにはクラは元気だな?」
「はい! ユニークスキルの自己バフしている時もこんな感覚なのです!」
フェンラたちの動きが怪しくカクカクしている一方、クラは元気いっぱいで動き回っていた。
かなり使いこなせているな。なるほど、【森の主】のユニークスキル『森の王者』は自己バフ、それもスキルが使えない代わりにステータスを鬼上げするタイプだ。
それで感覚が磨かれたのかもしれない。
「でも、クラは天才肌なのかもしれないわね。たった2週間程度でステータスにああも馴染むだなんて。普通はフェンラたちのように身体が付いていかないものよ」
「えへへ~。そんな照れちゃいますよ~」
「中級中位ダンジョンを攻略出来たのも、クラさんの力が大きかったですものね」
今のところ、1年生のリーダーはフェンラ。しかしエースはクラだな。
とはいえステータスに身体が馴染めばエースが誰かはまだ分からない。
「でもゼフィルス、こんな調子で明日のCランク戦に勝てるのかしら?」
「そこはやってみないと、だな」
「Cランク戦ってなんですか?」
「クラ、以前聞いた話を忘れたのですか? 4月20日月曜日の放課後は、Cランク戦をすることになっているのですよ」
「そうだったです!? 思い出しました!」
そう、フェンラが言ったとおり。明日の放課後には〈エースシャングリラ〉のCランク戦が組まれている。もちろん日時の変更は不可だ。
基本的にランク戦というのは挑んだら即日できるのではなく、1週間以上間を開けてから行なわれるもの。
つまり、申請してから実はそれなりの日が経っていたりするのだ。
そして対戦相手は、〈無敵の剣士〉というCランクギルド。
〈アークアルカディア〉がDランク昇格試験を受けた時に相手を務めた〈ファイトオブソードマン〉の後継らしい。
なかなか、縁がある組み合わせだ。
学園が始まり、今年度のギルドバトルが再開されてからギルドバトルは激化している。なにせ、〈学園春風大戦〉が今週末に迫っているんだから。
そんな中、こうしてCランクギルドとマッチングできたのはありがたいしかない。
なんでもこの〈無敵の剣士〉はCランクギルドの中でもかなり上位にいるらしく、上級職を複数人抱え上級下位の〈岩ダン〉にまで入ダンしているようだ。アイアムソードマンさんが卒業したあとでもそのネームバリューの影響力が強く、Dランクギルドが挑むには少し壁が高かったらしい。
おかげで挑めるギルドとして余っており、〈エースシャングリラ〉がランク戦のマッチングができたというわけだ。
〈エースシャングリラ〉のメインは上級職の2年生だが、Cランク戦は〈15人戦〉がデフォなので、5人は1年生が出なくてはいけない。
そういう背景もあり、こうして2週間ほどでLV75まで育ててしまった経緯がある。
もっとも俺たちの予想を超えて動きがアカンことになっているのだが。
「どうするのゼフィルス? これじゃあギルドバトルに出場するのはともかく、Cランクギルドには勝てるかわからないわよ?」
「大丈夫だ。すでに相談して解決策は見つけてあるさ」
「ゼフィルスさんが相談ですの? どなたに?」
俺の返答にリーナが小首を傾げる。
なんだか職業のことについて俺以上の専門家はいないと考えていそうだ。それは間違っちゃいないんだが、俺はリアル特有の現象はあまり分からないんだ。こうしてステータスを上げた結果、身体がカクカクするなんて現象も深くは知らない。
そこで、その道のスペシャリストに聞くことにした。
その人こそ、今では職業発現の第一人者と呼ばれる、ミストン所長だ。
ついさっきメッセージが届いた。ここに回答が載っている。
「というわけで、ミストン所長から解決策を伝授してもらったんだ」
「なるほどですわ! 確かに、こういうことは研究員に聞けば一発ですわね!」
「そんな気軽にミストン所長とやり取りできるって、ゼフィルス先輩凄いです!」
「はい。今やミストン所長へ会いたいという人は枚挙に暇がないと聞きます。なのにそんな簡単に……」
「これがうちのリーダーよ。言っておくけど、ゼフィルスの顔の広さは想像を遥かに超えると思ってもらっていいわ」
ミストン所長とやり取りしただけでクラやフェンラたちからなんか尊敬の目で見つめられた。ミストン所長の人気度が留まるところを知らない。
さらにシエラのフォローの結果、凄まじいキラキラの目で見つめられることになってしまった。いやぁ参っちゃうぜ。(全然参ってない)
「それでゼフィルスさん、ミストン所長はなんと?」
「ああ、クラもそうだったが、強いバフを与えれば良いそうだ。さらに身体に負荷を掛けることで、それを解除したときに〈あれ? こんなものだっけ?〉と錯覚させるのが狙いらしい」
「なるほどね。要は50キロの速度で震えていたのに、その後に100キロの速度を経験させることで50キロをゆっくりした速度だと誤認させるということね」
シエラの解釈が的確すぎるんだぜ。俺はシエラの言葉に頷く。
「さすがはミストン所長ですわ。では?」
「ああ、早速うちのバフ担当を呼んでやってみよう」
少し荒療治ではあるが、ミストン所長曰く、短期間で身体を慣れさせるにはこれが一番手っ取り早いらしい。
早速〈エデン〉のバフ担当をお呼びする。
「ハロ~ゼフィルス君! 呼んでくれてありがとね! なんだか教室以外で会うの、久しぶりって感じがするよ!」
「あの、私も付いてきちゃいましたが、良かったでしょうか?」
もちろんノエルである。ちなみにラクリッテと一緒に来たらしい。
なるほど、それならラクリッテにも少し手伝ってもらおう。
「大歓迎だ! 2人とも、よく来てくれたな。ノエルはさっきメッセージで送ったとおり、1年生ズにバフを使ってくれ。それもユニークスキルで超強化した特大の六段階目ツリーバフをだ!」
「オッケー! ――みんなのアイドル、ノエルだよ! 1年生の後輩ちゃんたち、よろしくね!」
「「「「よろしくお願いいたします!」」」」
「それじゃあ早速歌っちゃうよ~! 『プリンセスアイドルライブ』♪♪♪」
「これが、ノエルさんの歌」
「なんだか元気が出てくるね」
「パワーも出てきてます!」
ノエルに早速歌ってもらうと1年生たちにバフが付く。
かなり強力なバフだ。ユニークスキルで強化した六段階目ツリーのバフだぜ。
その効力をみんな身をもって知ることになる。
「あ、わわわ。すごい!?」
「こんなにダメージが出るの!?」
「わ、身体が振り回される!?」
的は練習場にあるダンジョンオブジェクトだ。
的はダメージを計算して表示してくれる機能もあるので、身体を慣らしたりコントロールを練習したりするのに便利なんだ。
うむうむ。みんなバフで身体が振り回されて動きが大変なことになってるな。
「み、みなさん。盾を相手にする時はこうするといいんですよ。まずは力を抜いて、インパクトの時だけ力を入れる感じで、タンクの人の認識を誤魔化したりするんです」
ラクリッテは幻術系のスペシャリスト。
フェイントや盾持ちが無意識に嫌がる行動などを熟知していて、それをアタッカー陣に伝授していた。タンクだからこそ分かる、やってほしくないことなんかを伝授しているな。
逆に盾持ちはシエラが担当。タンクのなんたるかを教えている。
俺とリーナは全体を見ながらアドバイスだな。
ハチャメチャなバフ効果はノエルが歌っている限り切れることはない。
ノエルもMPが続く限り歌い続けてくれた。それを何度か繰り返し、2時間ほどバフを使いながらスキルの練習や、ギルドバトルのツーマンセルの練習などについやしていると、変化は劇的に起こった。
「あれ? なんだか普通に動きますね」
「おお! フェンラの動きが戻って来ました!」
バフを解いて動いてもらうと、さっきまでのカクカクとした硬さと無意識のブレーキが無くなり、動きがスムーズになっていたのだ。
クラを除き、4人がカクカク運動の克服に成功していた。さすがはミストン所長、言ったとおりになったぞ! また俺の〈ダン活〉知識の一ページに素晴らしい情報が記録されたぜ!
残り5人はまだ無意識にブレーキを掛けているのでバフ続行だ!
「動けます! すごいですね、さっきと全然違います」
「おお~、良いじゃないかフェンラ! よし、じゃあ次はクラとツーマンセルだ」
「はい!」
「なんとか明日のギルドバトルには間に合いそうですわ」
ギリギリになってしまったが、なんとか最終的な調整は完了。
夕方には集まってもらって、ギルドバトルへの出場者を発表していった。
結果フェンラ、クラを含む〈エデン店〉組4人と「侯爵」女子のユナが選ばれた。
これは職業への慣れもそうだが、ギルドバトルの動きが良かったメンバーを選んだ形だ。
〈エデン店〉組はギルドバトルの練習もたまにしてたからな。新入生たちの中では飛び抜けて動きが良かったんだ。
「ゼフィルスさんが時々英才教育を施していた成果ですわね」
「そこまで英才教育した覚えはないんだけどな。せいぜい動きの反省点や、俺たちのギルドバトルの招待チケットを送ったくらいで」
「ゼフィルスさんの指導は的確過ぎるんですわ、おかげでこんなに育ってしまったではないですか」
「それは良いことだな~」
俺のおかげとリーナが主張するので、受け入れた。
ちょっと気分が良くなった。
「さあ、それじゃあこれから2年生と打ち合わせをするから付いてきてくれ」
「……ソアたち、1年生がもう自分のすぐ後ろまで付いてきていると知って凹まなければいいけれど」
シエラの呟きが、なぜかよく聞こえた気がした。
大丈夫! 2年生ならこれくらい乗り越えてくれると信じてる!




