#1779 これで全員挨拶完了。みんな卒業おめでとう!
カイエン先輩とまたじっくり話をしようぜと約束して別れると、商業課代表がすぐ近くに来ていた。
「メリーナ先輩」
「こんにちはゼフィルスくん」
そう、それは〈エデン〉〈アークアルカディア〉で唯一の卒業生である、メリーナ先輩だったんだ。
「もう、私もすぐ近くに居たのにカイエンさんの方に先に行っちゃうなんてどういうことなの?」
「はは、ごめんなメリーナ先輩。なんというか、メリーナ先輩が卒業って感じが全然しなくって」
「ふふ、まあそれは私も同じだけどね。そうだ。なら卒業証書でも持っていた方がいいかしら」
そう言って制服姿のメリーナ先輩は〈空間収納鞄〉のポーチから卒業証書の入った筒を取り出して両手に持った。
それだけで一瞬で卒業生という雰囲気が出てくるから不思議である。
「どう?」
「なぜだろう、とても似合う、いや、絵になるって言った方が適当かな」
「ふふ。卒業証書が似合うってどういうことか問いただそうかと思ったけど、絵になるって言うのならいいかな」
そう言ってメリーナ先輩がその場でクルリと回る。
なぜだろう、俺はそれを見てメリーナ先輩との出会いを思い出した。
メリーナ先輩。この人とは入学してからすぐ、〈総商会〉で出会った。
本当に、この世界に来てまだ間もない頃に会った人たちの1人だ。なんとマリー先輩よりも出会ったのが早かったくらいである。
あの頃のことはまだ鮮明に覚えている。
初めての素材の買い取りをした時のワクワク感は忘れない。
あれからメリーナ先輩がなぜか俺の専属みたいな形となり、ポーション素材の回収依頼など、様々な依頼を〈総商会〉に頼むときメリーナ先輩が窓口になってくれたんだ。
加えてハンナもお世話になっていたようで、その縁で〈エデン〉がDランクギルドになった頃、〈助っ人〉制度を利用して来てもらって、その後は正式に俺たちの仲間になったんだ。
「ふふ、どうしたの? ゼフィルスくんが黄昏れた顔をしてるわよ?」
「少し、メリーナ先輩と出会った頃のことを思い出してたんだ。なんだか、あれからずいぶん経ったなって。でも同時についこの前の出来事みたいにも思うほど、鮮明に記憶に残ってるんだ」
「寂しい?」
「そりゃあもう」
「ふふ。大丈夫よ。確かに今後はあまり会えなくなっちゃうかもしれないけれど、私は〈ダンジョン商委員会〉所属だから会おうと思えばいつだって会えるわ」
どうやら俺が寂しくなると思っていることが顔に出ていたらしい。
メリーナ先輩が卒業する側なのにこれはいけないな。
それにメリーナ先輩の言う通り、〈ダンジョン商委員会〉に所属するだけだから会おうと思えば会える。だから、俺も精一杯お祝いしないといけないだろう。
「メリーナ先輩。卒業、おめでとうございます」
「ありがとうゼフィルスくん」
短く、しかし、色んな思いを込めた言葉でお祝いした。
それにメリーナ先輩が嬉しそうに笑ったんだ。
「おーい、メリーナせんぱーい」
「あ、マリア」
最後に記念撮影していたところでメリーナ先輩を呼ぶマリアの声が聞こえてきた。
「――ゼフィルスくん」
「ああ。メリーナ先輩も挨拶回りがまだたくさんあるだろう。行ってきてくれ」
「ええ。それじゃあねゼフィルスくん」
「メリーナ先輩、今までありがとう。元気でな」
そう、手を振ってメリーナ先輩と別れた。
◇
メリーナ先輩を見送り、少ししんみりしていると、後ろから近づいてくる気配に気が付いた。この柔らかな足音は、間違えようも無い。
「ゼフィルス君?」
「ハンナ。生産専攻も来たんだな」
そう、ハンナだ。
どうやら〈ダンジョン生産専攻〉もここ、戦闘課の校舎に集まってきたらしい。
振り向くと、もう3人、アルストリアさんとシレイアさん、そして、今回卒業するミリアス先輩がそこに居た。
「ミリアス先輩!」
「やほーゼフィルス君、挨拶に来たよ」
「いやぁ、俺からも挨拶したかったところだったんだよ」
ハンナの恩人であり先輩であり友達、〈エデン〉でもとてもお世話になった方だ。
「ハンナたちが連れてきてくれたのか? 助かったよ」
「うん! ミーア先輩がね、絶対にお礼を言いたいって言ってたから~」
「はい。ですが〈ダンジョン生産専攻〉の卒業式では、〈生徒会〉メンバーという事もあってまあ色々と時間が掛かってしまいましたの」
「でも、会えて良かった、です」
ハンナ、アルストリアさん、シレイアさんがそう言うと、ミリアス先輩が前に出た。
「まず最初に言わせてほしいんだけど!」
「ほう。聞こう」
「この度は大変お世話になりました!!」
そう言ってがばっと頭を下げるミーア先輩に俺は普通に「いえいえ~」と返す。
「あ、これ構図が逆ですわ。普通在校生が卒業生に言う言葉ですの」
「でも、すごく合ってるように見える、です!」
「あはは、まあミーア先輩とゼフィルス君だから」
うむ。俺もそう思ったが、ミリアス先輩はやめる気はないようだ。
「だ、だって私のレベル聞いてよ! LV62だよ!? なんでここまで育っちゃったかなって、自分でもすっごく不思議なレベルなんだよ!? しかもね、レベルだけじゃなくて、〈上級転職チケット〉も、調理に使う素材も、レシピも、果ては私が使っている装備と生産アイテムまで、全部〈エデン〉が関わってるんだよ!? 極めつけはハンナちゃんたち! ここでお礼とか言っておかないと反動がとんでもないことになりそうで怖いの!」
「わ、分かります!」
ミリアス先輩の訴えが爆発した。同時にすごい共感する言葉でシレイアさんが頷いていた。
まあね。ミリアス先輩はハンナの恩人でもあるから、それはそれはもう大盤振る舞いというか、たくさん面倒見てきたつもりだよ。ただ、ミリアス先輩的には幸運過ぎて逆に反動が怖かったらしい。
「まあまあ、お礼は受け取ったから気にしすぎないようにな。今後まだまだ〈エデン〉のお弁当は頼むつもりだし。素材もそっちに卸すつもりだから」
「う、りょ、了解。なんか雁字搦めでどんどん恩が膨らんでいく気がするよぉ」
「ミーア先輩。これも宿命ですわ」
「私はいつからこんな宿命を背負っちゃったの~」
ミリアス先輩が情けない声を出せばアルストリアさんがまるで諦めなさいとでも言うように首を横に振る。
ふっふっふ、その通り。もう俺たちはミリアス先輩を逃がす気は無いぜ。とはいえだ。
「ま、この場であれこれ言うのは無しにして。ミリアス先輩、卒業、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。その、これからも末永く、お願いいたします」
今は卒業式。
なぜか卒業式には言われないようなセリフが乱舞した気がするが、きっと気のせいということにして。俺はミリアス先輩にお祝いの言葉を贈ったのだった。
最後に5人で記念撮影をして別れる。
◇
「あ、発見! ――モニカ、ゼフィルス様居たよ!」
「待ってくれですエル!? まだ心の準備が出来てねぇでやがりますよ!」
「エリエルに、モニカじゃないか。他の面々は?」
「あ、サターン君たちなら撒いてきたので安心してくださいませ」
「素敵な表情と仕草なのに言葉はとってもわんぱくなんだぜエリエル」
さすがは【偽聖女】のエリエル。
両手を合わせて小首を傾げる可愛らしい姿だ。しかし、そのセリフはちょっと偽者っぽい。ロールプレイかな?
「あ~、エルは普段こんな感じなんですよ。いつもは理想の聖女ロールをしてやがるんです」
「あ、モニカ、それは言ってはいけないことです。でももう卒業だからいいのでしょうか?」
「なんてこった」
理想の聖女ロール! それはむしろ良い! 俺のエリエルへの好感度がグイッと上がった気がした。
くっ、マジでもっと早くこの方と出会えていれば。
「まあ、それは置いといて。エリエル、卒業、おめでとうございます」
「ありがとうございますゼフィルス様」
お祝いの言葉を贈る。
とても嬉しそうに花のような笑顔でお礼を言う聖女らしいエリエル。これが聖女ロールとか信じられない。信じたくない! でもすごく良い。
「それと、これからはモニカをよろしくお願いしてもいいでしょうか?」
「もちろんだ! 任せてくれ!」
「ほらほらモニカ、ゼフィルス様の気が変わらないうちに挨拶して」
「このモニカ、まだまだ至らぬ点は多くありやがりますが、どうか〈エデン〉の末席に加えてほしいでやがります。必ず役に立つとお約束するです」
「おお! それは俺も願ってもないぞ! よく決断してくれたな。モニカ、よろしくな」
「! ありがとうございます。このモニカ、〈エデン〉の下で精一杯頑張りやがります!」
よっしゃ! 前々から卒業式まで待ってほしいと言われていたが、ついにモニカが〈エデン〉に加入することを決断してくれたようだ!
これは良い。素晴らしいぞ! あとで〈天下一パイレーツ〉と話し合わないといけないな!!
「おめでとうモニカ。そして、今までありがとう。ギルドを代表してお礼を言います。どうか新天地でもお元気で」
「それはこっちのセリフでもありやがりますよ。エルが居たから〈天下一パイレーツ〉もここまでこれたんでやがります。というか、うちのモチベーションが持たなかったかもしれねぇです」
エリエルはモニカのお姉さんであり、友人として一緒に〈天下一パイレーツ〉を支えてきたらしい。
積もる言葉もあるだろう。
俺はこの辺で退出することにした。
◇
「お、そこに居るのはレンカ先輩?」
「あ! ゼフィルス君じゃん!?」
レンカ先輩発見! でもなぜかレンカ先輩は「やっべ見つかった」みたいな表情だった。逃がさないぜ。
「やぁレンカ先輩! いつもいつも感謝100倍! 回数回復でいつもお世話になってます!」
「本当だよ! 結局うちのギルド、最終的にはアイテムの回数回復屋さんで定着しちゃったんだよ!? 爆弾よりも回数回復の売上の方が10倍近くも高いってどういうこと!?」
「レンカ先輩の人望の賜物だなぁ」
「絶対違うし!」
笑って誤魔化そうとしたが、誤魔化しきれなかったみたいだ。
ぐるんとレンカ先輩の顔がこっちに向き、何かが爆発したっぽい。
「いや、売上が落ち込んでたギルドを持ち直す切っ掛けになったし、感謝はしてるんだけどね! ただ、ちょっと納得がね! 私が丹精込めて作った爆弾の売上が回数回復に負けるとか納得がね!」
レンカ先輩のギルドは今や大手。
「アイテムの回数を回復するならココ!」と真っ先に上がるほどのギルドへと知名度は大きくなった。
なお、初めてやって来た学生たちが「え? ここ爆弾ショップなの?」と驚くことが多く、明らかにアイテムの回数回復屋さんとしてしか広がっていない事実にレンカ先輩の心はぐぬぬ状態だったらしい。
いつか回数回復代よりも爆弾の売上の方が上回ってやると意気込み、結局果たせないどころかさらに差を付けられて卒業することになったのだとか。
「まあまあレンカ先輩その辺で。今日は卒業式じゃないか!」
「く~! いや、分かってるんだけどね! ゼフィルス君、本当にありがとう! これからは〈ダンジョン商委員会〉でやっていくから、何かあったら言ってね!」
「助かるよ。じゃあ改めて、レンカ先輩、卒業おめでとうございます」
「ありがとね!」
◇
「あ、ソフィ先輩!」
「ゼフィルス様、こんにちは」
続いて出会ったのは〈青空と女神〉の面々たち。そのトップを歩くソフィ先輩だった。後ろにはフリーン先輩もいるな。なぜか俺と目が合ってハラハラしている。
ソフィ先輩とも色々あった。〈エデン店〉で売っているものの一部は〈青空と女神〉の商品だしな。
「ソフィ先輩も卒業か、寂しくなるな」
「私もです。〈エデン〉からの依頼はどれもこれも難易度が高くって苦労しましたけど、一番楽しかったです」
「はっはっは。そう言ってもらえると嬉しいな」
〈青空と女神〉は、その人材の宝庫でとりあえず任せておけば何とかするだろうという安心感があった。
素材も結構渡してきたし、投資もじゃんじゃんした。
そのおかげもあって、上がってくるものはいつも見事なものばかり。
学園と提携してもらい、〈転移水晶〉を始め、上級下位の救済アイテムなど、あらゆる学生を支える生産品を量産し続けてくれたんだ。
その代表であるソフィ先輩には俺も頭が上げにくいというものだ。
マジ世話になりました!
「〈青空と女神〉の後輩はちゃんと育てておきましたから、今後も安心してください」
「いや本当にありがたい。でもこれだけは言わせてくれ、ソフィ先輩、ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとうございますゼフィルス様。また何かあったら言ってくださいね。私は、いつもあそこで待ってますから」
◇
「あー! 兄さんこんなとこにいたんかぁ!」
「マリー先輩!」
〈青空と女神〉と別れると、最後にマリー先輩と出会ったんだ。
なんだか大勢を率いた状態で。
おお、メイリー先輩がこんな時でも立ったまま寝てるぞ! なぜその道を究めてしまったのか。
他にも知っている顔がちらほら。みんな大物生産職と呼ばれている学生たちだ。そのリーダーは、マリー先輩なのである。
「マリー先輩。立派になっちまって。背は2年前と全然変わらないのに」
「おーし、その喧嘩、高く買ったるわ! 今度こそ兄さんの好きにはさせへんでぇ!」
初めて出会った頃のマリー先輩はCランクギルドの一メンバーだったのに、今やマリー先輩はAランクギルドのギルドマスター。本当、立派になったもんだ。
だが、身長はなぜか縮んだような気がしなくもない。
いや、俺が伸びたんだろうか? 不思議だなぁ。おっと、口が思わずチュルンと滑ってしまったようだ。マリー先輩の気を静めなければ。
「まあまあマリー先輩、今のはアレだ。俺も身長が伸びたからそう感じただけだよ多分。マリー先輩だってちゃんと成長しているさ」
「本音は?」
「マリー先輩ちょっと縮んだ?」
「よーし今日こそ決着や!」
「しまった、誘導尋問だ!?」
なんて巧みな話術。思わず本音がポロリと出てしまったぞ。
マリー先輩が引き連れていた方々が説得するが、マリー先輩にはもはや届かない。こうなっては仕方ない。俺も奥の手を出そう。
「ふ、いいのかなマリー先輩。そんなこと言って?」
「なんや、またなんか出す気かいな? その手は何度も喰らわへんで!」
マリー先輩との対決はなにもこれが初めてじゃない。
しかし、俺が9割方勝利を収めている。
見ろ、マリー先輩がちょっとおののいているぞ。
「実は最上級ダンジョンが、この後解放されるんだ」
「む、それはもちろん知っているで」
「それで、入ダン条件を満たしているのは、〈エデン〉だけなんだ。俺たち〈エデン〉はこの後、すぐにでも最上級ダンジョンに潜るつもりだ!」
「な、なんやと……!」
「それでマリー先輩は〈ワッペンシールステッカー〉からも卒業しただろ? どこに卸しに行けばいいのかなぁ。できればマリー先輩のところで買い取ってもらいたいなぁ」
「もう兄さんったらいけずなんやから。そんなん話は早いで。うち、〈S等地〉に新しい店建てるわ! 〈エデン〉専門店作ったるわ!」
「お、お待ちを!? どうかお待ちを!?」
「マリー殿、どうかうちの領地に!?」
「全額負担しますから!」
「ええい、うちは兄さんが卒業するまではどこにもいかんでぇ! あんたら最上級ダンジョン素材を用意できへんのやったらおとなしく引き下がりぃ」
「そんな!?」
どうやら効果は抜群だったようだ。
後ろから付いてきている人たち、マリー先輩の引き抜きかよ!
だが、実を言うと今のは演技だったりする。マリー先輩からは自分の領地でお店を建ててほしいと交渉する学生が後を絶たないと、相談されていたんだ。
そこで1つ芝居を打って面倒事を捌こうとしてあのセリフを言ったんだ。
最上級ダンジョン素材を用意するのが最低条件とか、そんなことを言われたら言い返せないわな。
俺は今後もマリー先輩とは末永くふははするのだ。そのためにはこれくらいの演技くらいしようじゃないか! ふはは!
「あ、っと言い忘れてた。マリー先輩、卒業おめでとう」
「ありがとな兄さん! そんじゃ、またあとでなぁ~」
マリー先輩へのお祝いの言葉は、ちょっと軽く終わってしまったのだった。




