#1732 ハンナの衝撃的な話とクイナダ別れの時近づく
「ハンナ隊長、今日はありがとうございました」
「うん、来期から一緒に頑張ろうねタネテちゃん」
「はい! よろしくお願いします!」
お祝いの宴が終わると、今日はこれにて解散です。
タネテちゃんはまだ〈彫金ノ技工士〉での仕事がいっぱいあるみたいで先に帰って行きました。
「タネテさんも大変ですわね」
「仕方ないです。もうすぐSSランク戦、ですから」
アルストリアさんとシレイアさんの言うとおり、タネテちゃんの〈彫金ノ技工士〉は今大忙し。理由は明日から始まるSSランク戦のため、多くのギルドが〈彫金ノ技工士〉に依頼をしているためらしいです。
タネテちゃん自身は〈エデン〉の専属に近いですが、他のギルドメンバーの面倒を見るのもギルドマスターの務め、とのことです。タネテちゃんは本当に立派ですよ。
「ミーア先輩も、ほら、がんばってください」
「う、うわーん! 卒業したくないよー!」
タネテちゃんがいなくなると、ミーア先輩の涙が決壊しました。
そう言われると私たちも釣られて涙が出そうになります。
「ミーア先輩。これからクラスの打ち上げなのでしょう? 頑張りませんと」
「はい。これ〈スッキリン〉、です! 使ってください」
「あ、ありがとうシレイアちゃん~」
ミーア先輩ともここでお別れです。
クラスで最後の打ち上げをやるのだそうです。卒業式の日はバタバタしていて出来ないようなので、今日の夕方から打ち上げをするみたいです。
「うう、また明日ね~、ハンナちゃ~ん、アーちゃ~ん、シレイアちゃ~ん!」
とてもとても名残惜しそうに、何度も振り返りながら去って行くミーア先輩を私たちも見送ります。
「SSランク戦も一緒に見るのですから明日また会えますのに」
「ふふ、良いじゃないですか。一緒に何かするのも最後なんですし」
「はい。そう聞くと、とても寂しい、です」
少ししんみり。
ですが、しんみりばかりもしていられません。私は気合いを入れなおすように2人に提案します。
「それじゃあ、私たちも〈エデン〉のギルドハウスに戻ろう? SSランク戦に持ち込むポーション作らないと」
「! あれ以上作るのです!?」
「すでに山ほど在りますわよハンナさん?」
あれ? そうだったかな?
ならスラリポマラソンでもいいです。
〈魔石〉を補充しておきましょう!
「それなら〈魔石〉を補充しておきましょう! スラリポマラソンです!」
そう提案すると、アルストリアさんがクスりと笑う。
「ハンナさんは本当に意欲がありすぎますわ。でも〈エデン〉の資金的に、〈魔石〉はそろそろ委託でも良い気がしますわよ?」
「は、はい! 〈魔石〉、だいぶ流通してきましたし」
「んん?」
私の言葉にアルストリアさんとシレイアさんがとあるお店を見ます。その店頭には「〈魔石〉たくさんあります」の文字が。
〈魔石〉を、買う? 私の頭が少しショートしたのを感じた気がしました。
「あんな感じで〈魔石〉が普通に売られているのを見ますと、時代が変わったと実感しますわね」
一昔前までは、〈魔石〉の流通は非常に繊細で重要なことでした。
〈魔石〉をドロップしやすいスケルトンやスライムを狩る専用の仕事があったくらいです。でもドロップ率はさほど高くありませんでした。
特に〈中魔石〉以上となるとそう大量に手に入らず、〈ハイポーション〉なんかはとても貴重だったんですよね。なんだか昔のことのようです。
ですが、それもスラリポマラソンが広まって(ゼフィルス君が広めて)から〈魔石〉は誰でもどこでも手に入れることができるものに変わったんです。
ああやって〈魔石〉を大量に売ることのできる店が出てきたように。
だから、私がスラリポマラソンしなくてももう手に入る?
「あれ? ハンナ様、どうしましたか?」
「う、うう~ん? あれ? 〈魔石〉が買えるってことは、私がスラリポマラソンする必要ってもしかしてあんまりないのかなって事実に気が付いちゃって」
「ええ。ハンナさんは学園の至宝なのですから、本来ならスラリポマラソンをしなくても、むしろ〈魔石〉は買うことにして生産に集中してもらった方がありがたいことではありますわね」
「…………」
なんだか、衝撃の事実に気が付いてしまったかもしれません……!
まさかそんな……。
「あ、あの、ハンナ様はなぜスラリポマラソンをあんなにたくさんしていたんです?」
な、なぜ? な、ぜ??
「え? えっと、確か最初は資金調達だったかな? 入学したての頃、あんまりお金を持ってませんでしたし、スラリポマラソンでスライムゼリーを売って資金調達していました」
「資金……ハンナ様は今たくさん持ってますね」
「そ、そうなんですよね」
怖くてあまり見ないようにしているのですが、私個人のお金って今凄い桁になっていたりします。前見たときはクラッときてその時の記憶は曖昧です。
だから、今更資金調達の必要は無いし……私がスラリポマラソンしなくても〈魔石〉を買えばその分時短になる?
その日の夜、私はギルドハウスで考えを巡らせていました。
「スラリポマラソンか~」
アルストリアさんとシレイアさんの話が衝撃的すぎて、まだちょっと飲み込めていません。
スラリポマラソン。それは私が学園に来てから日課にしている〈魔石〉集めと運動と趣味を兼ね備えた、なんとなく特別なものです。
日課だっただけに全く意識してこなかったのですが、もう私がスラリポマラソンする必要ってないんですよね。
「う~ん」
「あれ? ハンナちゃん?」
「? あ、クイナダさん」
悩んでいると声を掛けられました。
振り向くと、そこに居たのは狼人のクイナダさんです。
そういえば、さっきダンジョンからゼフィルス君たちが戻って来てました。
でもクイナダさんは、私以上になんだか元気が無いように見えたんです。
「クイナダさん、良かったらお話しませんか?」
「いいの?」
「もちろんです」
私も誰かと話したい気分だったのでクイナダさんを誘ってみました。
クイナダさんもなんだか誰かと話したかったみたいで、久しぶりに2人でお話することにしました。
大部屋で、お茶を出します。
「ありがとう~ハンナちゃん」
「いえいえ~。でもクイナダさん、元気ないですよね。聞いても大丈夫ですか?」
「……うん。ほら、私たち留学生組も帰還が迫っているでしょ? 終業式が終われば1週間くらいで帰らなくちゃいけないから、寂しいなって」
「そっか……」
クイナダさんは〈エデン〉所属では唯一の留学生。
留学生は1年で元の学園に戻らなくてはなりません。
そして、その日時がもうそこまで迫っているんです。
具体的には、3年生の卒業と少し時期はずらしますが、卒業式の1週間後に学園を去ることになっています。
「ほら、メリーナ先輩は学園の公式ギルドに残るみたいだから、今まで通りとは言えないけどいつでも会えるでしょ? 私はそう簡単に会えないから」
「そうですよね。寂しくなります。さっき私も〈生徒会〉で卒業する3年生の門出を祝ってきたばかりなんです」
「うん。卒業が目の前に迫っているって感じだよね。私ね、一度相談してみたんだ、もうちょっと本校に通わせてもらえないかって。できればあと1年。でもやっぱり難しいみたい」
「そうだったんですか!?」
「うん。私ね、元いた〈第Ⅱ分校〉では結構優秀で、本校への狭い切符を勝ち取ってきたんだ。私以外にもここに来たい人はいっぱいいたんだよ。そんな同級生たちに帰還したら本校で学んだことを教えるって約束もしてきたんだ。元々そう言う話だったしね」
「クイナダさんは、〈エデン〉を気に入ってくださったんですね」
「それはもう! こんな居心地の良い所は初めてだったよ。この1年間、すごく楽しかった。ハチャメチャで、ギルドマスターはどんどん先行っちゃうし、でもついていけるくらいの力が身につくし、ギルドバトルも見たことも無い戦法の数々でチームを勝利に導いてくれるし。ほんと、飽きなかったっていうか、気が付いたらあっという間に1年が経ってたっていうかね」
そう熱く語ってくれたクイナダさんは、とても楽しそうでした。
同時に嬉しそうで、〈エデン〉に入って本当に良かったと思っているのが伝わって来たんです。
「だからね、もっと長くいたかったなぁって。でも、約束は約束だし。私も、頑張らないとだよね」
そう言ってお茶を一気に飲むクイナダさん。や、火傷しちゃいますよ?
「うん! 美味しい! なんだかさっきまで寂しかったけど、ハンナちゃんに話して元気出てきたかも!」
「それなら良かったですよ」
「それに、ハンナちゃんには一度お礼が言いたかったんだ!」
「お礼ですか?」
「うん! 私が〈エデン〉に入れた切っ掛けってハンナちゃんだったから、あの時の出会いに感謝を、学園に来て初めて会ったのがハンナちゃんで本当に良かったよ」
「私も。クイナダさんに会えて良かったです。向こうに戻ってしまっても、がんばってくださいね。手紙送ります!」
「私も送るね! うう~ん! うん、色々話せて元気出た! 今日の夜は一緒に食べない?」
「いいですね! それじゃあ行きましょう!」
「うん!」
クイナダさんは溌剌としていて、とても力強くて、なんとなく強い女の子なんだなぁと思っていましたけど、心は普通の女の子でした。
クイナダさんの悩みを聞いていると、スラリポマラソンのこととか、あんまり気にならなくなりましたしね。私はスラリポマラソンをしたいときにします!
でもクイナダさんとはもうすぐお別れ。悔いのないように、今は思い出を作ります!




