#1699 ゼフィルスがパワーキャリーするのは―筋肉!
「ドキドキドキドキ」
「おいオルク、何緊張してるんだ? 口からドキドキが出てるぞ?」
「いやいや逆になんでアランたちはそんな自然体なんだ!? もうすぐ〈エデン〉がくるんだぞ!?」
ここは〈上中ダン〉。
そこは今ざわめきが支配し、あと筋肉にも支配されていた。
筋肉もりもりのムキムキ無敵集団が身体全身からワクワクホカホカを立ち上らせているからだ。
彼らは〈筋肉は最強だ〉のメンバーズ。
実はここでとあるギルドと待ち合わせしていた。
そんな中、某掲示板では冒険者という名で知られた〈新学年1年生〉のオルクと、〈筋肉は最強だ〉のギルドマスターアランが会話していた。
「ふ、緊張しない理由。それはな。筋肉のおかげだ」
「いや、確かにそうかもしれないけどさ!?」
筋肉を膨らませて緊張しない理由を述べるアラン。
確かにそれだけ立派な筋肉を持っていれば何者にも立ち向かえそうだけどさ!?
と内心なにかが違うとツッコミを入れるオルク。
〈筋肉は最強だ〉の中で若手(?)、新参者なオルクだが、なぜかアランに気に入られ、よくこうして楽しそうに会話している光景が見られる。
「オルクももっと筋肉を付けろ。筋肉は全てを解決する」
「そうだ。オルクは筋肉が足りてねぇ」
「グッと力を入れたとき、思わず力こぶが『もりっ』とでるくらいは欲しいな」
いや、新参者にはみんな優しいだけかもしれない。
筋肉たちが集まって来た。
7割くらい言ってることが怪しいし、時々何を言っているのか分からないので、オルクは大変だ。
オルクの身体もギルドの特別メニューと〈マッチョ改造ダンベル〉のおかげで、だいぶ筋肉がつき始めているが、まだまだ細マッチョ。
ボディビルダーかよというくらい太く鍛えられたアランたちから見ればまだまだヒヨコだ。
「筋肉だけじゃ解決できない難題にぶち当たったら?」
オルクがそんなことを聞いてみる。すると、
「筋肉に解決できないものは――ない」
「断言された!?」
「故に、筋肉は育てるに限る」
「「「「うむ」」」」
いつの間にかやって来た筋肉たちがアランの格言に揃って腕を組んで頷いた。
オルクには未だに筋肉の真髄は分からない。
いつもついてきてくれていた紅盾ことベニテも最近は自分のギルドに集中していて居ないし、オルクはベニテが恋しくなった。
「ふむ、まだ緊張は解けないようだな」
「そうだアラン、ならいっちょ、あれをやるのはどうだ?」
「ほう、あれか」
「ど、どのあれだ?」
名案とばかりに1人の筋肉がアランに提案すると。好感触だったようで微笑んだ。
こういう時、アランがとんでもないことをしでかすと知っているオルクは――恐る恐る聞いてみる。
するとアランの答えは、とても単純明快なものだった。
「緊張するのは筋肉が育っていないからだ。故に、筋肉を育てれば解決だ。オルクよ、筋トレをしよう!」
「今ココで!?」
◇
ゼフィルスたちが待ち合わせの場所に到着したとき、そこには異様な光景が待っていた。
「へい、君の筋肉はまだまだ締まる、まだまだ割れる、まだまだ鍛えられる!」
「我らマッスルトレーナーが最高の筋肉に育ててやる!」
「ふんぬ~~~~」
一斉に揃って腹筋に勤しんでいる筋肉たちが居たんだ。
「はい、ワン、ツー、ワン、ツー」
「ふん! ふん!」
「ふんぬ~~~~~!!」
「どうした! そんなんではキレイなシックスパックになれないぞ!」
「キレイ、なシックスパックって、なんだし!?」
腹筋をしながらツッコミを入れるオルク。
すると一部の筋肉が、オルクの前でポーズを取る。
「見せてやるよ! 俺たちの筋肉!」
「最高の~~~~マッスルポーーーーズ!」
「「「「フン!!」」」」
ババン!
ま、まぶしい!?
ゼフィルスたちは目が眩んだ。
ベコンと引き締まった筋肉の割れ目が凄まじい。
完璧なシックスパックだった。
ってそうじゃない、ゼフィルスは勇気を振り絞って聞いてみた。
「な、何してんだ?」
「へい、ゼフィルス、今日も良い筋肉だな」
この状況でアランが普通に挨拶してきた!
「よ、ようアラン、一体全体、これはどうしたんだ?」
「なぁに、ちょっと後輩に指導していたところさ」
「なるほど」
なるほど分からん。
でも、分からない方が良いのかもしれない、とゼフィルスが考え直す。
真っ直ぐアランのところに近づくと、迷わず確かなハンドシェイクを交わす。
1年間同じクラスだったこともあり、貴重な男子枠だったこともあってアランとゼフィルスの仲は良好だった。アランのことをよく分かっている。
だが、オルクはすぐにビシッと固まった。
なにせ、あの〈エデン〉一行である。そのギルドマスター、ゼフィルスが来るとなれば緊張しない方がおかしい。
そう、今日の〈筋肉は最強だ〉は、ゼフィルスが担当者だったのだ。
「まずはこっちのメンバーを紹介させてくれ。俺、セレスタン、メルト、ラウ、ヴァンだ」
「よく知っている。今日は我々〈筋肉は最強だ〉のために貴重な時間を割いてくれて感謝する」
「!!」
とってもまともな発言にオルクが内心びっくりしていたのは内緒だ。
アランは、こう見えてかなりの頭脳派で、こういう挨拶もこなせるのだ。
「こっちも紹介しておこう。厳選された15名の筋肉たちだ」
でも一部まともじゃない発言が混ざることもある。
オルクはなぜかちょっと安心した。
そう、今回共に行動するのは〈エデン〉メンバー5人と〈筋肉は最強だ〉15名の計20名の団体だ。
ちなみに〈エデン〉メンバーが全員男子なのは、女子を連れてくるのに抵抗があったためである。〈筋肉は最強だ〉に女子は派遣できない。
それと、〈筋肉は最強だ〉は、Aランクギルドの中では〈天下一パイレーツ〉の次に攻略階層が遅れているギルドでもあった。
ギルドマスターアランが思い切りの良い性格で、〈下級転職〉を経験して【悪魔】職に〈転職〉したため最近は少し伸びてきているが、それでもまだまだ他のAランクギルドには引き離されていた。
「お、装備はしっかりうちから購入してくれたようだな?」
「ああ。その節は助かったぞゼフィルス。おかげで筋肉が損なわれない良い装備を確保出来た」
ここにいる15人の内、15人全員が【悪魔】職だ。これから六段階目ツリーを覚えに行くのだから【鋼鉄筋戦士】はいらない。あれ六段階目ツリー覚えないし。
故に〈筋肉は最強だ〉で対象となるのが【悪魔】職のメンバーズ15人。
そしてこの15人は、ちゃんとした装備を着ていた。
【筋肉戦士】系は装備をしなければしないほど能力が上がる特性故に、〈筋肉は最強だ〉は当初、装備をほとんど持っていなかった。
そのため【悪魔】職に〈転職〉したことで装備不足が深刻化したのだ。
そこでアランが相談をしたのがゼフィルス。
【アークデーモン】で【サタン】を目指したいのだと知ったゼフィルスが色々〈エデン店〉で見繕った経緯があった。
その時うっかり「【アークデーモン】や【サタン】になるんだったらこの装備は外せないぜ! 〈転職〉の時はこれ、〈上級転職〉の時は必ずこの装備を着るんだぞ」と条件の一部もポロッと教えたために、〈筋肉は最強だ〉は【サタン】の発現条件の解明に成功し、〈肉壁サタン軍団戦法〉なる新技が完成してしまったのだが、それは置いておく。
そしてアランも含む【サタン】たちは、全員5つの装備を身に着けていた。
5つ? 9箇所装備できるうち、なぜ5つなのか?
それは【サタン】もまた、【筋肉戦士】のユニークスキルと同じようなスキルを持っているからだ。
その名も『サタンボディは最強だ』。
どう見ても【筋肉戦士】に似通ったスキルであることは明らかな名称。
その効果も『筋肉こそ最強。他は要らねぇ』に近く、装備を3つ外している状態だとステータスが上昇するというもの。
ユニークスキルではなくスキルなので上昇率は【筋肉戦士】に及ばないが、好きにステ振りができる【サタン】がこれを使うとかなり強いのである。
VITやRESに特化させて伸ばしても良し、STRとVITに特化させてアタッカー&タンクにしても良いだろう。AGIに特化させた避けタンク構成にもできる。
ブースト系スキルとはまた違う、自分で選んでステータスを伸ばせるスキル『サタンボディは最強だ』は、まさに非常に夢が広がるスキルだ。
加えて装備も――少ないながら装着可能なので、状態異常の耐性も得ることができるのがすごく良き。まさに【サタン】は【筋肉戦士】の上位互換と言えるだろう。
アランは現在、両の拳に拳装備をしており、腕、足、アクセ①②を使ってフル装備中だった。かなり決まっている。
なお、一番隠さなくちゃいけないんじゃないかという、頭①と体①②に装備が無いのは……うん、まあ、仕方なし。
「今日はよろしく頼むぞゼフィルス」
「こっちこそだアラン。しかし、本当に例の方法でいいのか?」
例の方法ってなんだろう?
オルク、初耳である。〈エデン〉が案内してくれるのでちょっぱやで上級中位ダンジョンを突破して、ランク4の〈巣多ダン〉に潜る、という話しか聞いていなかった。
そしてその案内方法が極めつけだった。
「ああ。俺たちは走ってついていく。先導は任せたぞ」
「了解だ」
「え?」
オルク、聞き間違いか? と周りを見るが、筋肉たちは「ダンジョンでこれだけ長く走るのは初めてだ」「持久力が鍛えられそうだな」など、聞き間違いであってほしいざわめきに包まれている。
〈エデン〉と言えば〈乗り物〉が有名。
〈ダンジョン馬車〉を利用した〈エデン〉の攻略は、もはや伝説になりつつある。
それに乗せてもらえるのかなと密かに期待していたオルクだったが、残念。走り込みだったようだ。
「よし、早速行くぞ! 遅れずについてこいよ!」
「「「「応!」」」」
あとゼフィルスがやけに筋肉たちの扱いに慣れている様子なのもオルクはびっくりした。




