#1615 〈巣多の樹海ダンジョン〉でトラキ再び!?
「なにここ、暗いわ!」
「『エージェントアサシン』! 『エージェント猫召喚』!」
「「「ニャー!」」」
「みんな、レッツゴー」
「〈竜の箱庭〉出しますわね! 『フルマッピング』ですわ!」
新しいダンジョンに入った感想は、暗いだった。
しかも夜の暗さではなく、樹海特有の薄暗さを何倍にもしたかのような、日が差しているのに気味が悪いくらいの暗さを演出している。
「ゼ、ゼフィルス」
「大丈夫だシエラ。今カルアの猫たちが調べているから」
「……幽霊系モンスターが居たら別のダンジョンにいきましょう」
「そ、そうだな」
うん。こうして1層で調べるのは引き返すことも算段に入れているからだ。
シエラの案は何も不思議ではない。
誰にでも苦手なものはあるのだ!
だがそれはそれとして、若干距離が近い怯えたシエラが大変良きです。もっと見ていたい。
「ん。第一モンスター発見。えっと、上級下位の時の頭が吹っ飛んでた樹に似てる」
「〈トラキ〉な。あの頭が吹っ飛んだ現象で驚く学生多発地帯、今や学園の名物になりつつあるらしいぞ」
「そうなの?」
「……幽霊じゃなさそうね」
あ、シエラが少し離れた!? 幽霊系モンスターじゃなかったからか!?
ばかやろう〈トラキ〉! 幽霊になって出直してこい!
ゲフンゲフン。冗談だ。
そう、実はこのダンジョンの主なモンスターは、樹系。
上級下位ランク3のあの「頭が吹っ飛んだ~!?」でお馴染み、〈トラキ〉などと同系統のモンスターなのだ。
学生たちが上級ダンジョンに次々入ダンしている昨今、今やあれは一種の名物になっているという話なのだから。ちょっと面白い。
「でも待って、この暗闇の森で、樹系モンスターが出てくるの?」
おっとここでシエラが気が付いて、いや、想像してしまったようだ。
樹系は奇形。
生物であって動物系ではない。むしろお化けに近い見た目である。
こんな暗い森の中であんなのと遭遇してみろ、「お、お化けだ~~!?」となるだろう。もし頭が吹っ飛べばお化け確定だ(?)。
シエラをこっそり見てみると、ちょっと顔色が悪く、ふらっと俺に掴まってきたので俺はキリリッとした真摯な表情で支える。
「大丈夫かシエラ?」
「え、ええ。大丈夫よ。あれは幽霊じゃないもの。だから怖くなんてないわ」
そう、立ち直ってキリッと表情を引き締めるシエラが、ちょっと可愛い。
「ぬぐぐ、フィナちゃん、あれはいいの?? ねえいいの!?」
「上手いですね。ちょっと弱い所を見せて気を引いて、あれでは教官が籠絡されてしまいます」
「それだけに留まりません、もしアレに割って入ろうものなら、私たちが邪魔者になりますよ。ゼフィルスさんの好感度が下がるのが目に見えます」
「け、計算ずくなのかそうじゃないのか。見ていることしかできないなんて」
「私も、まだまだ見習うべきところが多いですね」
ん? いつの間にか注目されてしまったようだ。
特にエリサがぐぬぬとこっち見てる? その周りのフィナ、カタリナ、フラーミナ、ロゼッタは警戒しているような雰囲気だ。
ここは未踏破、なんの情報も無いダンジョンだからな。警戒するのが正解。
うむ、みんなしっかりとした心構えが出来ているな。(勘違いです)
「シエラ」
「大丈夫よ。あれは樹系。樹系だもの。引き返すのは、何度か当たってからにしましょう」
「よし。そうするか!」
結局シエラが自分を奮い立たせて突き進む宣言。
幽霊系モンスターが跋扈するダンジョンでもないのに引き返していたら、入れるダンジョンが無くなってしまう。
シエラは奮起して、とりあえず当たってから考えることにしたようだ。
「リーナ、周囲の状況はどうだ?」
知っているけれど、必要な質問だな。しかし、リーナはなぜか動揺していた。
「へあっ!?」
「へあ?」
「い、いいえ。なんでもありませんわ。そうありませんのよ。本当にありませんわ」
3回! それ一周回って「なんかあります」って言っているように聞こえるんだが?
「なるほど、あんな風に伝える手が」
「さすがはリーナさんですね」
そしてエリサやフィナたちがなぜか感心していた。いったいなぜ?
「こ、こほん。えっと周囲の状況でしたわね。それなのですが、モンスターの動きがおかしいんですの。これを見てください、動きませんし、数もおかしいのですわ」
「ほほう」
リーナに促されて〈竜の箱庭〉を見れば、カイリによる『立体地図レーダー完備』によってモンスターが赤い光を放ちながら立体的に浮かび上がっていた。
その様子はこれまで見てきたダンジョンのものと大きく違う。
まず、大きな赤い光を放っている個体。これは大型モンスターを示すものだ。それを中心にして、何十もの小さい通常モンスターがいる模様。
さらに全く動かない。いや一部が大きく動いた。すると、
「ゼフィルス、エージェントアサシン状態の猫がやられた」
「今の反応はエージェントアサシンがちょっかい出した反応だな。まるで軍だ」
「はい。一斉に迎撃していましたわ。この大きな群1つ1つが、まるで1つの生命体とでもいうかのようでしたわね」
「もうちょっと実験が必要だな。シヅキ、頼めるか?」
「〈空島ダン〉の時のように召喚モンスターで偵察だね?」
「おう。今回は〈炎帝鳳凰〉による威力偵察を行なう!」
「ぜ、贅沢~! でもやっちゃうよ! 『上級召喚盤起動』! 来て、〈炎帝鳳凰〉!」
「ギャアアアアア!」
威力偵察を発令。
〈上級の狼ダン〉では敵無しだったエージェントアサシン猫を屠った実力を確かめる。
だが、その結果はかなり予想外だった。
「〈炎帝鳳凰〉、接触します!」
「シヅキ、ぶちかましてやれ!」
「うん! いっけー! 全力攻撃だよ!」
〈炎帝鳳凰〉が群の1つに攻撃を開始、しかしその直後に群が全軍で動き、〈炎帝鳳凰〉に襲い掛かったのだ。
空を飛んでいるはずの〈炎帝鳳凰〉は瞬く間に撃墜されてしまい、十数体ものモンスターと引き換えに消えていってしまう。
「え、えええええ!? 〈炎帝鳳凰〉負けた~~~~!?!?!?」
この結果に一瞬固まったシヅキから絶叫が上がった。
悲報。
〈炎帝鳳凰〉、通常モンスターに挑んで敗北。
この結果にはさすがの〈エデン〉からもざわめきが起こった。
「ちょ、何今の!?」
「あの〈炎帝鳳凰〉が負けたよ!?」
「確かに大軍だったけど、通常モンスターがそんなに強いの!?」
実際クラス対抗戦で〈炎帝鳳凰〉とやりあったことのあるサチ、エミ、ユウカたちの驚きは特に顕著だ。
〈炎帝鳳凰〉ってこの世界だと伝説的な強さって言われているからな。
それが通常モンスターに敗れるとか。
とはいえ召喚した〈炎帝鳳凰〉はボスではない。ボス補正が無く弱体化しているのだからこういうこともある。
特に〈炎帝鳳凰〉は上級下位ランク4のボス。
上級上位のランク4が相手では、たとえ1層の通常モンスターが相手でも、すでにこれだけの差があるのだ。
まあ、1対1で戦ったらさすがに〈炎帝鳳凰〉の圧勝だろうが、あれだけ大勢に攻撃されればいくら小さいダメージでも累積して負けてしまうだろう。だが、それはともかくだ。
「まさか、1層のモンスターがこれほどの強さだなんて」
「ゼフィルスさん、今のはいったい?」
シエラも唸り、リーナが俺に意見を求めてきた。
ギルドメンバー中の視線が俺に集まるのを感じる。
俺はその視線に鷹揚に頷いて答えるのだ。
「見ての通りだ。やっぱりさっきの予想が当たってしまったらしいな。ランク4は、物量型ダンジョンだ。上級下位では鳥の大群が、上級中位では天使の大群が襲ってきた。それと同じように、上級上位では樹系の大群が襲ってくるダンジョンなんだろう。大群から攻撃を受けたときのダメージは、みんなも知っての通りだ」
そこまで言えばみんなも理解の色を示す。
〈炎帝鳳凰〉がまさか1層の通常モンスターを相手に負けるという大事に思考がポーンと吹っ飛んでいたみたいだが、もう大丈夫そうだな。
そう、ここは物量型ダンジョン。
群れがもはや軍となっていて各所に基地のようなものがあり、挑戦者に襲ってくる、別名〈スタンピードダンジョン〉、通称〈巣多ダン〉と呼ばれていたダンジョンだ。




