#1611 ハンナと冬休み明けの朝の日常――あと4人組。
「ねえゼフィルス君、最近こんな噂が立ってるんだけど知ってる?」
「知らないな~」
「まだ言ってないよ!? もう~」
朝。
恒例のハンナと2人きりでの朝です!
なんて清々しい朝なのだろう。
昨日まで冬休み、しかも最後の3日間は2泊3日の旅行だったものだから、なんだかすごく久しぶりに感じてしまう。
おかげで俺はハンナの朝ご飯にデレデレだ。とてもデレデレな自覚がある。
ハンナの言葉もデレ~っと答えてしまうくらいにデレデレだ。
話を振ってきたハンナも仕方ないな~と言わんばかりに笑って許してくれたよ。
ああ、ハンナがいる日常が最高です!
「それでねゼフィルス君、噂だよ噂」
「噂がどうしたんだ~?」
「もう、ちゃんと話を聞いてよね~。なんでも1年生がギルドマスターを務めるギルドが台頭してきて、今度Aランクギルドにランク戦を仕掛けるんだって!」
「……なにぃ~?」
デレデレ~っとした俺の脳内にハンナの声が染み渡る。
1年生ギルドが台頭してきてAランク戦を仕掛ける?
冬休みが終わったばかりのこの時期に?
いやいやそんなバカな。
いくらなんでも早すぎる。
俺たちだって去年臨時で行なわれた大イベント、〈学園出世大戦〉がなければこの時期にAランクギルドになんてなれなかったのだ。
普通のギルドが〈エデン〉の最速記録を塗り替えるだなんて、いや塗り替えてはないか。去年の今頃は〈エデン〉はすでにAランクギルドだったし。
いかんいかん。あまりにハンナに和みすぎて頭がよく働かない。
えっと、あれ? なんの話だったっけ?(平和ボケ)
「ゼフィルス君~、聞いてる~」
「聞いてる聞いてる。それで、Aランク戦を挑むってどんな1年生ギルドなんだ?」
懐かしきAランク戦。
それはBランクギルドがAランクギルドに〈城取り〉を挑むランキング戦。
しかし、それには結構大変な条件がある。特に大変なのが〈防衛実績〉だ。
Cランクギルドにランク戦を仕掛けられて、3回勝利しなければならない。
このスパンが結構長く、1年生ギルドなら最速でも1月くらいにならなければAランク戦なんて仕掛けられない。
これ、ゲームの時の話な。
ゲームで最速で1月だ。
リアルの1年生ギルドでは不可能だろう。
まさかそんな、可能にする人物が現れたのだとしたら、それは最速の攻略法を知っているという話になる。いや、今年の夏休みは例年ならお休みのはずのギルドバトルが解放されていたから出来なくはないのか?
徐々に俺の脳内が活発に活動してきたのを感じる。
まさか、まさかな。俺の知らない天才ギルドでも現れたのでは?
そんなことが頭を過ぎった瞬間、ハンナからとんでもない言葉が出た。
「そのギルド、えっとなんて言ったかな。あ、思い出したよ! 確かね〈天下一パイレーツ〉って名前だったはずだよ!」
瞬間、俺はガラガラガッシャーンっとずっ転けた。
椅子ごとひっくり返ったぞ!?
超聞き覚えのある名前! というかそこ、1年生ギルドじゃないじゃん!
いや、ハンナは確かに1年生がギルドマスターを務めているギルドって言っただけで1年生ギルドとは言ってなかった。いや、それはともかくだ!
「ゼフィルス君!? 大丈夫!?」
「全然大丈夫じゃなーい!」
「ふえ??」
ハテナマークを量産するハンナに詳しい話を聞いてみる。
「〈天下一パイレーツ〉だと!? Dランクの? いや、Dランクだったのは確か去年の卒業式のときだったが、え? Bランク? Aランク戦を仕掛けるのか? というか待て、1年生!? 新学年じゃなくて!?」
「え? え? ええ?? えっと、1年生がギルドマスターなのにすごいよねぇ?」
「ああ、すごいなぁ。じゃなーーい!」
「あ、あははは~」
笑って誤魔化すハンナ。
どうやら1年生がギルドマスターをやっているギルドがなんとAランク戦を仕掛けようとしているらしい。凄い。程度の噂しか知らないらしい。
朝食の会話の1つの話の種だ。まあ、詳しいことは分からなくても仕方がない。
しかし、俺、超気になります。
ふと目をつぶれば、あの特徴的な顔と「「「「はっはっはっは」」」」という4つの笑い声が瞬時に思い出される。
クラスが変わって結構経つのに、未だに鮮明に思い出せるってどういうこと?
これは調べなければならない。
「それよりゼフィルス君。そろそろ学園行く準備してね~」
「は~い」
ま、あとででもいっか。
今はハンナと一緒の貴重な時間だ!
ハンナの和み力全開な声に言われれば、俺は従う以外に選択肢は無い。
仕度をして出発、ハンナと和気藹々と談笑しながら2週間ぶりにいつもの分かれ道へと向かったんだ。
「そういえばゼフィルス君。ゼフィルス君たち上級上位ダンジョンを攻略したんだよね?」
「そうだぞ~。中々手強かったんだぜ」
「全然手強かったって顔してないよ?」
「ははははは!」
はい。楽しかったしかありませんでした!
「昨日とかいっぱいお祝いしたけど、改めておめでとうゼフィルス君!」
「ありがとなハンナ!」
ハンナは細かいことを気にしないのでとてもありがたい!
細かいことを思っていても「ゼフィルス君だから」で済ませてしまっている気がするが、きっと気のせいだろう。
「冬休みも終わっちゃったけど、ゼフィルス君はまた上級上位ダンジョンに入ダンするつもりなんだよね?」
「入ダンだけじゃないぞ? 攻略も視野に入れている。ふふふ」
「わぁ。ゼフィルス君が悪い顔をしてるよ~」
「ゲフンゲフン。いやいや、すっごくにっこりしてなかったか?」
「そうかな~。でも、やっぱり攻略しちゃう気なんだね。私の後輩――えっと〈生徒会〉の後輩なんだけど、色んな上級素材が持ち込まれてヒィヒィ言ってるんだよ?」
「なに? 目を輝かせてるんじゃないのか?」
「最初は初めて見る素材とかに目を輝かせてたんだけどね。運び込まれてくる素材がどんどん大物になっていくごとに、なんかすっごく震えちゃって。新しい素材って今は値段がとんでもないくらいお高いし」
「ああ~。なるほど」
あれだ。俺もマリー先輩で見慣れているやつ。あの現象に間違い無い。
がんばれ〈生徒会〉の1年生!
そんなことでは偉大なハンナの後を継ぐことなんて夢の又夢だぞ!
なんとなく未だ見たことも無い〈生徒会〉所属の1年生が「無理です~!」と涙目になっている光景を幻視した気がしたが、きっと気のせいだろう。
なお、我らが生産隊長のハンナは全然ヒィヒィ言っていないため、多くの人たちから頼られているとここに記載しておく。
ちなみに〈生徒会〉にはハンナを通して結構素材を卸していたりもする。ダブったりするしな。
ハンナたちだってサンプルがあれば喜ぶし、というか〈生徒会〉がノータッチだとハンナに恥をかかせてしまうかもしれない。余っている素材やドロップ品の有効活用だ。
おかげで〈生徒会〉の上級ダンジョン素材やドロップに対する知識は今や膨大。
〈救護委員会〉や〈攻略先生委員会〉、〈ハンター委員会〉からも素材のことで相談されたりすることがあるらしい。
ハンナ、頼られてるなぁ。
「それでね、今度世代交代もあるし、〈生徒会〉メンバーをもっと、せめて今の3倍くらいに増やそうって話があってね」
「ふむふむ。そんなに一度に増やして大丈夫なのか?」
手が足りないらしい。〈生徒会〉は一昨年まで、役員5人で基本回していたのだが、上級ダンジョンの攻略と、今年から学園の人数増大化に伴いその均衡は破られ、今では役員の下に平会員が10名ほどいて、ハンナたち役員のサポートをしているらしい。合計15人メンバーだ。それを増やそうという話のようだ。
3倍っていうと30人も増えることになるんだけど、そんなに一度に増やして大丈夫?
「うん。基本的にアイス先生がスカウトしてきてくれるらしいし、落ち着くまでアイス先生も参加して見てくれるんだって、だからなんとかなるよ」
「そうか~」
ハンナも頑張ってる。
両手を胸の前でギュッと握りしめ、フンスとするハンナは見ていて大変和んだ。
和みすぎて俺は、さっきの衝撃的な噂を、スポーンと忘れてしまうのだった。
「ゼフィルス君、また後でね~」
「お~う、また後でなハンナ~」
分かれ道で手を振ってハンナと別れる。
ああ、この喪失感、大変残念である。いつものことだけど。
「さて」
そうして振り返った俺。
だがその目の前に、4つのとある影が現れた。
「久しぶりだな、ゼフィルスよ」
こ、こいつらは……!




