#1604 〈湖温の秘湯〉でハンナとシエラに挟まれて。
「ふい~。大満足」
「んもう、ゼフィルス君ったら~」
視覚的にも湯加減的にも満足度の高い秘境の湯。
もちろん視界に映るのは雪景色とどこまでも続くかのような温泉の湖と、そこでキャッキャする女子、もとい我がギルドメンバーである。
さらには聴覚的にもハンナの和み声が聞こえてくるともなれば。
「ふう~、もうこれは大満足を超えるあれだな。最大満足だ!」
「んふふ~」
ピトッとくっつくハンナ。
はわ! 感触的にも大満足!? これ以上なんて言えばいいんだ!
「み、見てくださいミーア先輩、あれがハンナ様です!」
「うちのハンナちゃんがすっごい……! まるで長年連れ添った夫婦のような雰囲気出ちゃってるんだよ! しかも相手は今一番ホットで勇者でフィーバー中の、ゼフィルス君! なのに違和感無し!?」
「2年生で〈生徒会〉の生産隊長を務めるに至ったハンナさんなら、あの位置も納得ですわ。私はハンナさんを応援したいですもの。ゼフィルスさんの隣は、是非ハンナさんに――」
ああ~、和み、和みの極地なんだよこれ~。
触覚、視覚、聴覚で蕩けた俺は、もうハンナ以外の声が聞こえない。は~これぞ究極の和み~。
そう思っていると、来訪者発生!
「ハンナ、ゼフィルス?」
「ひゃあ!? シ、シエラさん!?」
「んお!? どうしたんだハンナ? ――あれ? シエラ?」
「…………意識が飛ぶくらい満喫していたのね」
ん? あれ? なんかいつの間にかシエラが近くに居て仁王立ち的な感じで見下ろしてくるのですが、いったい何事!? ジト目は!?
だが、『直感』さんが「何か言わなくちゃ、マズいよ!」と言っている気がしたので早急に答えた。
「えっと、こほん。そうだな。ちょっと疲れていたのかもな。うむ」
先程、女子の水着を褒めよう大会バージョン4を終えたばかりだ。
視覚的に大変ありがたいものでした! しかし、ボキャブラリーが半端なくギリギリまで削られてしまい、最大満足も手伝ってちょっと意識が飛んでいたらしい。
ということでセーフ?
「となり、失礼するわ」
「……あれ?」
「あ!」
大事件発生!? シエラが俺の横に座り込む!?
この湖っぽい超巨大温泉でわざわざ俺の隣に来る理由とは!?
ハンナとシエラに挟まれて、俺はドッキドキだよ!?
でもなぜか冷や汗みたいなものが出てくるのはなぜだろう?
あ、『直感』さんが反応し始めた! 『直感』さんが繁忙期に突入した予感!
「えっと、シエラさん? なぜ1人でここに?」
ハンナが俺を挟んでシエラに向かって話す。
「ハンナが独り占めしていたからに決まっているでしょ?」
「あ、あはは」
なぜか背筋が伸びる俺。
しかし、ハンナがあはは笑いだ。あれは何かを誤魔化すときの笑いだと、俺は知っている。がんばれハンナ、誤魔化すんだ!
「相変わらず、いい湯ね」
「そうですね」
あれ? シエラとハンナが普通に会話し始めた?
「普段のギルドハウスの温泉もいいけれど、こうして秘湯まで足を伸ばすのもいいものだわ」
「分かります。大きな温泉ってとても気持ちいいですよね」
おや、俺の右手にスッとなにかが触れる感触。こ、これはまさか、シエラの手では? 触れた手は徐々に掌まで侵攻してきて絡みつくように手が握られた。
なにこれ、むっちゃドキドキするんですけど?
と思ったら今度は左手にプニッと柔らかい感触。これはハンナの手? 乳白色の温泉の中でハンナの手がギュッと俺の手を握りしめてくる。
このドキドキ、なんだろうすごく緊張してきた。いったいなぜ!?
「ええ。ギルドハウスの温泉も十分な大きさだと思っていたけれど、もう少し大きくしてもいいかも、とちょっと思ってしまうわ」
「改装ですか! 確かに、部屋も余っていますし、ギルドハウスの使っていないスペースを使えば――」
俺を挟んで盛り上がるシエラとハンナ。
しかし温泉の中ではシエラとハンナの手がそれぞれニギニギぎゅっとしてくる。
俺は背中をピンと伸ばすことしかできない。
「み、見てくださいミーア先輩。あれがハンナ様、でしゅ!」
「う、うちのハンナちゃんがライバルに堂々と渡り合ってる……?」
「さすがは〈生徒会〉の生産隊長ですわ。あのシエラさんと互角に話せるとは。ごくり――この先どうなってしまいますの?」
あの、シレイアさん、ミリアス先輩、アルストリアさん、なんでもいいからちょっと助けて? 今はどちらと話しても危険だって『直感』さんが訴えてくるんだ!
「ねぇ、ゼフィルスはどう思う?」
「ゼフィルス君、どうかな?」
「え? えっと、温泉を広げるって話だっけ?」
急に振られて焦る俺。完全に意識が手に持ってかれてた。
なんだか両側から迫る2人に、強い別の意思を感じるんだ。
いや、まだだ、まだ焦る時間じゃない。『直感』さんもセーフ判定だ!
「ええ。ギルドメンバーの数も増えてきたし、ギルドハウスの温泉をもっと広げるのは悪くないんじゃないか、という話よ」
「もうゼフィルス君ったら、ちゃんと聞いてた?」
そう言って温泉の中の手がギュッと握られる。俺の意識は右の手、左の手、右の耳、左の耳を行ったりきたりだ。
全然集中できない。
しかし、話に入ってという気配。ここから挽回しなくては!
「そ、そうだな。女子はもう50人以上になるし、少し改装して広くしてもいいかもしれないな」
「やったー、それじゃあ洗い場も増やしましょうシエラさん」
「ええ。大きな湯船というのもいいけれど、個別にも作りたいわね」
「……あれ? いつの間にか2人の話になってない?」
いつの間にか冷や汗は引いていた。『直感』さんも静まっている。
手は握られているけど、さっきのような強い意思みたいなものは感じなくなっていた。
いや、気のせいではない。俺が温泉拡張許可を出したおかげだろうか? そんなに温泉に入りたかったの?
「……あれ?」
「なんか普通のおしゃべりになってない? いつの間にか2人の牽制とかが無くなってるんだけど?」
「……なるほどですわ。話している最中にそっちに夢中になってしまったようですわね。争いを好まないハンナさんだからこその流れですわ」
それから俺は気を張って女湯拡張計画をハンナとシエラと話し合った。
おかげでさっきの雰囲気はどこかに行ってしまったよ。
また、計画の叩き台も出来たのは良かったな。確かに女子も増えに増えて、今では50人を超えた。少し洗い場とかも足りなくなっていたという話だったし、いい話が出来たな。
――よし、今だ。
「よし、そろそろ移動するか」
「「あ!」」
「ん? ど、どうした2人とも?」
話も一段落して立ち上がる、気が付けばそろそろ出発の時間になっていたのだ。
それに、ちょっとこのままだとまたさっきの感じになる気もする。一旦雰囲気をリセットしておきたい。
ここ、〈湖温の秘湯〉はいわゆる繋ぎ、もしくは刻みで寄っただけ。目的地は20層よりも奥地だ。
『湯着』スキルが2時間しか持たないので、ここには一度『湯着』を付与し直すために来ただけだ。ついでに秘湯も堪能したので、そろそろ出発してもいいだろう。ここでのんびりしていては、新しい秘湯を楽しむ時間が減ってしまうからな!
そう思ったのだが、シエラとハンナから珍しくうっかりみたいな「あ」が出た。
うん? と振り返るが、ハンナは「な、なんでもないよぉ」と言うので、そのまま〈イブキ〉に向かう。
「……やるわねハンナ。まんまと乗せられてしまったわ」
「買いかぶりですよ!? ふう、でも大きくなった温泉、楽しみですね」
「……ええ。でも男子にも悪いから、日によっては男子が入れるようにしたいわね。でもそうすると女子が入れないし、こうやって水着による混浴でも良いかもしれないわ」
「シエラさんって温泉大好きですよね」
「嫌いな子は〈エデン〉にいないわよ」
後ろからはシエラとハンナの呟きが聞こえた気がしたが、よく聞こえなかったんだ。でも、『直感』さんが大人しいので悪いことではないだろう。
「リーナは、いないか。あ、アルテ?」
「はーい、なんですゼフィルス先輩?」
「そろそろ出発したいからみんなを集めようと思うんだ。〈イブキ〉で温泉を一回りしてもらえないか?」
「えー、もう行くんですか!?」
「ふっふっふ、この先にもっと良い温泉があるんだよ」
「もっと良い温泉、ですか!?」
近くにはアルテを含む1年生ズがいたので〈イブキ〉の運転を頼む。
こうして温泉を回ったところ、ここの温泉の源泉にして聖杯型の器の中に20人のメンバーを発見。やっぱりここ人気だよね。
リーナは居なかったが、エステルとロゼッタが居たので手分けしてメンバーを回収した。
最後には温泉が消えていく洞窟を探して終了だ。
「ん? ゼフィルスも来たのか」
「お、メルト。それにサトルにラウ、レグラムにヴァンも。男だらけで宝探しか?」
「ふ、当たりだ。ミサトは追い返した」
ああ~なるほど。去年メルトはここで『湯着』スキルを消してしまうアイテム、〈湯着消し器〉をミサトに使われたんだったな。
「ゼフィルスさんもやはり宝箱が気になったか」
「いや、俺が来たのは別件だ。そろそろ次へ行こうと思ってな。もうメンバーはほとんど回収し終わって、後はここにいるメンバーだけだ」
「え!? ちょ、まだみんなの水着を堪能しきってないのに!?」
「サトルはむしろ肩身が狭くてここに逃げてきたんじゃないか」
ラウにそう言われてガクンとするサトル。
妙なところで小心者である。
「ヴァンは」
「自分は女子のみなさまからこちらに合流するよう言い渡されたであります」
「ヴァンは気絶したり、プンプンした後輩たちに立派な紅葉を食らっていたりしたからな。こちらで回収した」
「ああ~」
ラウの言葉に妙に納得。ヴァンはさっきもノーアが服を脱いだだけでぶっ倒れてたからな。
あれから何度かぶっ倒れたのか、頬と背中に紅葉が咲いてた。
温泉で気絶なんてすれば水着のまま〈敗者のお部屋〉へ連れて行かれてしまう。
サーシャとカグヤの奮闘には感謝だな。
「では、戻るとしよう」
レグラムの言葉にみんなも頷いて洞窟を出る。
「宝箱は?」
「もう開けた。だが、3つ全て〈木箱〉。うち2つが例の団扇だった」
「ありゃ」
メルトに聞けばそんな言葉が返ってきた。
残念ながら今日はハズレだったみたいだ。
まあ、そういう日もあるよな! ここにミサトたちがいたらメルトは去年の二の舞になっていただろう。メルトの決断は英断だった。
こうして〈湖温の秘湯〉は終了。
なんか、水着姿を鑑賞したくらいしか覚えていないが、堪能しきったということでどうか1つ。
そしてそれから40分後、俺たちは去年の最高記録、20層のボスを再び打ち倒し、21層へと足を踏み入れていた。




