#1511 『直感』さんをスルーして後悔。修羅場突入!
3日目も午前中はこれまで通り警邏の仕事。
初日とは比べものにならないくらい問題が起こらず、素晴らしい半日だった。
やっぱり〈勇者特定班〉なる存在を一掃したからなんだろうなぁ。
ほとんど休憩も同然の待機指示で午前が終わろうとしていた。
「はぁ。もう警邏の仕事も終わりですのね」
「3日、なんて短いのでしょう」
「リーナもアイギスもそんなに警邏の仕事がしたかったの?」
まあ、問題解決に動きまくっていたのはちょっと充実していて楽しかった。
普通の学園祭では味わえない面白みと言えるだろう。
この対人最強武器〈スタンロッドアウト〉ともこれでお別れだと思うと、俺も悲しい。(本音)
「ゼフィルスさんは全然わかってなさそうですわ」
「警邏も大事ですが、私たちにはもっと大事なことがあったんです……」
「大事なこと?」
「はい。とはいえ、私たちの真面目さが逆に災いして仕事優先にしてしまい、チャンスを逃してしまいました」
「いや、仕事優先なのは良いことじゃないか?」
何やらアイギスに葛藤が見えるな。
やはり学園祭を楽しみ尽くせなかったのが痛かった模様だ。
俺もほんのちょっと察した。リーナもアイギスも真面目なんだもん。
待機指示とは、何か問題があった場合速やかに駆けつけられるように待機しておいてくれ、という意味だ。
だからこそ、他の学生は、この待機指示の間に学園祭を回って楽しんだりしていた。ほとんど休憩みたいなもの、という認識の学生も一定数いたのだ。
しかし、リーナとアイギスはすぐに駆けつけられるよう、拘束時間のありそうな出店には近寄らず、大体は食べ歩きしかしていなかった。
もうちょっと遊びたかったのかもしれないなぁ。
「なーに安心しろってリーナ、アイギス。最後にとっておきのイベントがあるだろ? そう、〈迷宮防衛大戦〉が!」
「……きっとゼフィルスさんの頭の中ではわたくしたちが遊び足りなくて凹んでいると思っているのですわ」
「その認識を正したいです。正したいのですが、勇気が」
「はぁ」
あれ? 2人のテンションが上がらない? いったいなぜ?
そう思って居ると、本部から入電、ならぬメッセージがリーナに届く。
「今、帰還指示が届きましたわ。ゼフィルスさん、アイギスさん、本部に戻りますわよ」
「「了解」」
時刻は12時ジャストだ。
俺たちの警邏の仕事もここまでだな。
「2人とも、警邏の仕事、お疲れ様」
「はい。お疲れ様です」
「お疲れ様ですわ」
そうやって3人で労うと、なんだか終わったーという気がしてくるぜ。
後は本部に戻るだけだ。
「おかえり。各自腕章と〈スタンロッドアウト〉、それと〈明るい『変装』のイヤリング〉を返却したら解散していいよ」
本部に戻るとカンナ先輩からとても簡単にそう告げられた。
「あれ? なんか最後に集まってお疲れ様でしたーとかしないんですか?」
「一番遠いところにいる人を待っているのも時間の浪費だろうさ。今は学園祭期間中だからね。待っていて時間を無駄にさせたくないんだよ。いいから遊んできな」
「なるほど~。お気遣い感謝です!」
「ああ。だがなんも無しというのも寂しいからね。これだけは言っておく。3日間の警邏の仕事、お疲れ様だよ」
「「「お疲れ様でした!」」」
ちなみにだが、みんな集まってのお疲れ様は3日目の後夜祭でそういう場を設けるそうなので、参加してみたい人は来てほしいとブースの場所を教えてもらったよ。
うん、やっぱり最後はお疲れ様ーはしたいよな!
カンナ先輩に労われた後、腕章と〈明るい『変装』のイヤリング〉、そして……〈スタンロッドアウト〉をとても惜しむ気持ちで返却する。すると。
「では、行きましょうゼフィルスさん」
「ですわ。急がないと、殿下たちが来てしまいますわ!」
「え?」
突如ガシッと両腕にロックが!?
いや、腕に来た感触はふわふわだった。
思わずどこへでもついていってしまいそうな魅力を感じる感触。
これは!?
もちろんアイギスとリーナが左右の腕を掴――否、抱きついてきたのだ。
これからが本番。そんな幻聴が聞こえた気がした。しかし。
直後に『直感』さんが警報を鳴らす。今すぐその手を引っこ抜くのだ、みたいな警報だった。無視するかちょっとだけ悩んだのは秘密だ。
だが、俺は『直感』さんの意見に耳を傾けなかったことを少しだけ後悔することになる。
「私が帰ってきたわよー!」
「ラナ殿下!」
「はう、遅かったですわ」
「ってあーーー! 何やってるのよアイギス、リーナ!」
『直感』さーん!
どうやら『直感』さんが危機を知らせたのはラナに対してだったようだ。
「何をしているのかしら? ハレンチだからすぐに離れなさい! そしてゼフィルスを渡すのよ!」
「お、横暴です!」
「そうですわ! いくらラナ殿下だからといって、これだけは譲れませんわ!」
「んな!? ―――ゼフィルス!?」
おっと珍しくラナのこめかみに怒りマークが!
アイギスとリーナの俺の腕にギュッと抱きつく力が強くなった気がした。
あと、ラナが言外に「なにデレッとしてるのよ!」と訴えてきた気がする!
いかん、『直感』さん!?
しかし、状況はさらにとんでもない方向へ進むことになる。
「何を、しているの?」
「シ、シエラ?」
シエラまで帰還! そりゃみんなに帰還指示が出されているもんね。集まってくるよね。
「たははは~、見て見てメルト様! 修羅場! これは修羅場だよ!」
「ゼフィルスめ、踏み抜きやがったか」
「あ、ゼフィルス君!」
「あ、なんかヤバげな雰囲気!」
「あ、これはとんでもないことになるやつだよ」
ミサトは俺たちを見て笑ってやがるし、メルトは青い顔で震えているし、サチ、エミ、ユウカは玄関の向こうからそっと覗き込む体勢になっちゃった。
え、マジでこれどうしよう。誰かお助けプリーズ!
「どうしようフィナちゃん。これは私も突撃するべきかな!?」
「もちろんです姉さま。安心してください。もし当たって砕けてもホネは誰かが拾ってくれますから」
「それ砕ける前提のやつじゃない!? しかもフィナちゃんが拾ってくれるんじゃないの!?」
「ど、どどどどどどどうしようエフィ!? なにこれエフィ!?」
「勇者君の修羅場。なんて迫力。女性陣の背後に何か見える気がする」
「こ、こんなの参加したら命がいくつあっても足りないよぉ!」
「見てしまったんだね女悪魔ちゃん」
「盾天使ちゃん!?」
「〈エデン〉では、これが日常なんだよ」
「〈エデン〉に入って初めて知った新事実!?」
い、いかん。どんどん集まって来やがる。
このままでは俺の威厳が。
俺はこの幸せな空間から腕を引っこ抜かなければならないのか?
これが『直感』さんの警報に一瞬躊躇した後悔!
俺はこの場を納める覚悟を決めた。
極めてキリッとした勇者顔を作ってアイギスとリーナから腕を抜き取る。
「そこまでだ!」
「ゼフィルスは黙ってなさい!」
「……」
ラナに一瞬で黙らされたんだが。
あれ? 俺って当事者じゃなかったっけ? むしろ中心人物だったような。
気のせいかな? ということはここから脱出しても大丈夫ということ?
「どこに行くのゼフィルス? 話はまだ始まってもいないわよ」
今度はシエラに止められた。
ど、どないせいと?
見ろ、外野のノエルやラクリッテがすっごくキラキラした目をしているんだぞ?
ここは脱出しても良い場面では?
「残り、2時間よ」
シエラの呟きでピシリと空間が凍る音が聞こえた気がした。気のせいであってほしい。
残り2時間、今12時15分くらいなので、2時間後は14時15分くらい。
15時から〈迷宮防衛大戦〉が始まるので、その30分前には会場入りしておかなければいけないところを考えると、シエラが言いたいのは「自由に遊べる時間は2時間よ」ということだろう。
その後、色々あった。
ここにいるのは時間の浪費だとリーナが言ったことで、とりあえず学園祭に繰り出したんだ。
俺の周りは、なぜかギルドメンバーが固めていて逃げられなかった。
「だから、ほんの少しでいいの。30分ならゼフィルスと2人きりでも」
「30分はほんの少しとは言わないですわ」
「なら、20分、いえ10分でしょうか?」
「…………ねえ3人とも、後ろのこれを見ても同じことが言えるかしら?」
「「「…………」」」
俺の周りには〈エデン〉のお通りに目を輝かせたり、なんか付いて来ちゃったりする人が量産されていた。
なんか前を歩きながら話し合いをしていたラナ、リーナ、アイギスも、振り返ってこの状況を目にすると、口を噤んでしまったんだ。
「……みんなでゼフィルスをガードしながら一緒に回りましょうか」
「それがいいですわね。ゼフィルスさんの知名度、そして〈エデン〉の知名度を甘く見ていましたわ」
「ゼフィルスさんに『変装』させるのを忘れていました……」
どうやら方針は決定したようだ。
こうして俺たち〈1組〉の大体のメンバーは、一塊になって一緒に学園祭を過ごしたのだった。
そしてあっという間に2時間後。
ついに〈迷宮防衛大戦〉が始まるため、俺たちは第一アリーナへと向かう。




