#1470 視察に来た王宮魔道師団。でもそこにいるのは
その日、王宮魔道師団の副団長のマクロウスはそわそわしていた。
とてもそわそわしていた。馬車の中で落ち着きなく視線を彷徨わせる。
そんなマクロウスに、団長のレビエラが少し困ったように声を掛けた。
「少しは落ち着いたらどうですかマクロウス。って、これは去年も言いましたね」
「は、は! 申し訳ありません」
「気持ちはお察しします。ですが、落ち着き払っておかなければ緊急時に最善の対応を取れなくなりますよ」
「肝に銘じます……」
マクロウスが落ち着かない理由も分かるレビエラからすれば、あまり強くは言えない。だが、いざというときに役立たずでは王宮魔道師団の副団長の名折れだ。
故に柔らかく諭すに止める。
続いて視線を向かいの席に座るとある御方に向けた。
「騒がしくしてしまい申し訳ありません」
「いや、僕のことは気にしないでくれ。本来なら君たちだけで向かうところに付いてこさせてもらったのは僕の方だからね」
9月も下旬とはいえなかなかの暑さを誇る日ではあるが、そう言う男は深いフードを被っていた。
「しかしユーリ殿下」
「おっと、今日の僕はユリウスだよ。そう呼んでおくれ」
「は。ユリウス殿」
そう、フードの男の正体とはこの国、シーヤトナ王国の王太子。ユーリ殿下であった。
もちろんフードで顔を隠していることから察せられるかもしれないが、お忍びである。
同じ馬車の室内に王太子が乗っているとあって、先程からマクロウスは落ち着きをなくしていたのだ。まあ、それだけが原因じゃない。
「聞きたいことは分かるけど、内緒にしてくれると嬉しいな。あまり大々的にして学生たちが緊張や萎縮をしてはいけないからね」
「単に隠れてラナ殿下のお姿を見たいだけでは?」
「うん。レビエラはハッキリ言うなぁ。まあ、そうなんだけどね。でもそれは目的の5割くらいだよ」
「半分もあるじゃないですか」
思わずツッコミを入れてしまうレビエラに、「ちょ、団長、王太子殿下に何を!?」と言わんばかりに目を見開くマクロウスだが、結局口をパクパクさせるだけで何も言えず。ユーリとレビエラの会話は続く。
「今の学園はかなり成長著しい、というよりも急激に成長しすぎて僕がいなくなってから僅か半年でとんでもないほどの実力を身につけているって話だからね。1度視察しに行かないといけないだろうと、ずっと思っていたんだよ」
「今回はお忍びじゃないですか」
またもツッコミ。
マクロウスが再び落ち着きをなくし始めるが、2人はそんなこと気にしない。
「しかし、確かに学園の力を見ておく必要はありますね」
「うん。僕がラナの活躍を見たかったのは、あくまでついでだよ」
「目的の半分を占めているのであれば、それはもはやついでではないと思いますけどね」
「仕方ないじゃないか。ラナが夏休みに帰って来なかったんだ」
「ユリウス殿も同じことを学生時代にしてませんでした?」
レビエラの容赦のない指摘にユーリ、いやユリウスは笑い、マクロウスはただただ冷や汗をかくばかりだ。
今日のレビエラはユリウスに対して言葉がなかなかに鋭い。
それもそのはずで、実はレビエラも今日行なわれる〈迷宮学園・本校〉のクラス対抗戦、〈戦闘課2年生〉の部、決勝戦を観戦するのが楽しみだったのだ。
そこにユリウスが「僕も連れて行ってくれるかい」となって、急遽気の抜けない護衛という仕事になってしまったのである。いくら本人がこの国でも上位の強さを持ち、護衛よりも強かったとしても、王太子が護衛無しでお出かけというわけにはいかないのだ。
これくらいの言葉は許されるであろう。
ユリウスからすれば、クラス対抗戦に行く機会をずっと窺っていたのだが、卒業前とは違い今は自分も確固たる地位を築いている。今公爵領である〈迷宮学園・本校〉に公的に行くのなら、色々手続きを行なわなくてはならず、大々的に歓迎されて色々面倒なことになるのは明らかだった。
「それに、学園長の負担にもなるしね」
ただでさえ忙しい学園長には自分が来ることを告げてはさらに負担を掛けることになる。故にお忍びで訪れ、気付かれないように帰るのがベストだったのだ。
ユリウスは、学園長の胃をとても労っているのである。ちょっと前まで苦労を分け合っていたので学園長の苦労がとてもよく分かっていた。
「レビエラ様、到着いたしました」
「ご苦労。では行きましょう」
ついに第二アリーナへ到着。
去年とは違い、ちゃんと試合開始前に間に合っている。
そのまま、今度はちゃんとした指定席を購入して座る3人。
試合が始まってからは、まさに息も吐かせぬ攻撃的なクラス対抗戦に圧倒されることになった。
「なんとも、凄まじいですね。まさか報告にあった〈乗り物〉に加え、〈竜〉に〈聖獣〉が一気に拠点に襲い来るなんて」
「はっ! 試合開始直後はどこも防衛力が甘いですからね。思い切りが良すぎます。これを大した被害も無しに実現しているのですからとんでもないですよ」
「はは。やっぱりゼフィルス君たちはすごいなぁ。ラナもだけど。相手のクラスは、あんな遠くから攻撃されていては拠点も苦しいだろうね」
試合開始直後に放たれた〈1組〉メンバーズ。
周囲は即死環境とも言われた〈池〉がゴロゴロあるのに、〈1組〉はまるで意に介していない。
ほとんど平地と変わらない動きで拠点へと攻め込んでいる。
「なんで〈池〉を平然と飛び越えているんだろうね〈1組〉は」
「あの〈乗り物〉、〈イブキ〉と言いましたでしょうか? 凄まじい性能ですね。ラナ殿下の宝剣は、むしろ障害物がほとんど無い池の環境だと、脅威です」
「はっ! 自分も同意見です。あの射程であの威力。ただでさえ防ぐのにも苦労するでしょう。それなのにあの集団に襲われているところに撃たれてはたまったものではありません」
それぞれがそれぞれの感想を言い合いながらも、のめり込むように試合会場を見る。
「ラナの勇姿が思ったよりも凄かったよ。――ああ、〈留学生3組〉がもう落ちちゃった!」
「まだ試合開始から6分経っていません。正直同じことをやれと言われたら、厳しいですね」
「はっ。色々足りていないものが多いかと。勉強になることばかりであります!」
本職の王宮魔道師団でも同じことをやれと言われても難しい。
それを〈1組〉は被害無しで迅速に、そしてミス少なくやってのける。
普通ならば最初からこんな総力戦みたいなことはしない。何しろ基本的に防衛側の方が有利だからだ。
しかし、〈1組〉は試合開始直後という浮き足立ったところに奇襲を入れて攪乱し、一気に重要人物を指揮できないようにしてぶっ倒していく。
これは〈1組〉拠点に居るリーナの指揮もある。
だが、ついに退場者が出る。
「ゼフィルス君たちが今度は〈留学生1組〉に挑んだ!」
「〈留学生1組〉は完全に隙を突かれています。本来陸のない西側からの攻撃に加え、おそらく強力なインビジブル、ハイド、索敵妨害などを発動して奇襲を加えたのでしょう。なんて強力な」
「はっ! 自分も同意見であります! あれが、〈五ツリ〉なのですね! 我々でもまだほとんど到達した者のいないツリー。それを〈1組〉は平然と使っております。〈五ツリ〉には〈四ツリ〉では基本歯が立ちません。質があまりにも違う」
「これが本校と分校の今の差、いや、〈1組〉が特別なのかなきっと」
「ですね。〈留学生〉は3クラスが決勝に残っております。つまり、本校と分校の差はあまり大きくはないはずです」
つまり、〈1組〉が突出して強すぎるだけという話だ。
「留学生たちがどうなっているのか、とても気になっていた。何しろ分校は〈上級転職チケット〉どころか上級ダンジョンにすらほとんど潜れていないような状態だからね。でも、本校でも実績が出せるくらいに留学生が成長して帰ることが出来れば、上級ダンジョンの攻略も進む」
「結果、国力も上がるというわけですね」
「ああ、今の〈留学生1組〉を見て確信した。この制度は正解だったとね」
「はっ! 自分もそう思います。見てください。〈留学生1組〉が〈1組〉のメンバーを1人倒しましたぞ!」
「マクロウス、落ち着きなさい」
「は、は! 失礼いたしました!」
「はは。マクロウスはだんだん地が出てきたね。でもその調子で話していて大丈夫だよ」
「は、はっ!」
どうやらお忍びのユリウス殿下の目的はだいぶ果たせた様子だ。
「さて、なら次のステップが必要か」
また、ユリウス殿下のこの呟きの後、学園長に寒気が走ったらしいが、それはまた別の話。




