#105 『能玉化』発動。ハンナ覚醒の時は近い。
「ちわ~。マリー先輩いますか~?」
「いるで~」
「こんにちは、マリー先輩」
「おおハンナはん、こんにちはや」
〈幽霊の洞窟ダンジョン〉からの帰り道、そのまま〈ワッペンシールステッカー〉にお邪魔する。ちなみに他のメンバーとは解散した。ハンナだけは装備の関係で付いてきている。
いつも通りダンジョンでドロップした素材を卸しつつ、〈能玉〉についてマリー先輩に相談してみることにした。
「マリー先輩、相談なんだけど『能玉化』のスキル持ちの子とかって心当たりある?」
「え! 兄さん『空きスロ』装備当たったん!?」
さすが生産職Cランクギルドメンバーだ。マリー先輩はちゃんと激レアの『空きスロット』にも精通していた。
俺は肯定の意味で深々と頷く。
「マジで!? むっちゃ大当たりやん!」
「むっちゃ大当たりさ!」
ズザザッと音がなる勢いで近寄ってきたマリー先輩と両手でタッチを決めた。
「ちなみにハンナの装備行きになることが決まった」
「ハンナはんおめでとな~」
「あ、ありがとうございます」
続いてハンナとも両手タッチ。
いやぁ、ロリッ子が二人はしゃいでいる様子は和むなぁ。
「なるほど、用件は分かったでぇ。それやったらちょうどええ、うちのメンバーで『能玉化』が使える子が居るでぇ。しかもスキルLV10や!」
「マジか! 〈ワッペンシールステッカー〉すげえ!」
「まぁな!」
スキル『能玉化』。
それはいくつかの生産職が使える「装備を〈能玉〉に転化」させるスキルだ。
主に装備に付与されていた〈スキル〉〈魔法〉を、それぞれ〈技能玉〉〈魔能玉〉に転化させることが出来る。
ちなみに〈技能玉〉が〈スキル〉。
〈魔能玉〉には〈魔法〉が詰められている。
例えば『能玉化』をハンナの〈フレムロッド〉に使えば。〈魔能玉:『ファイヤーボールLV2』〉が出来上がる、という寸法だ。ちなみに〈マナライトの杖〉には〈魔能玉〉しかセットできないぞ。
とはいえ、これは低LVの『能玉化』の場合。
LV10ともなれば別の変化が起こる可能性を秘めている。
そこが『能玉化』の面白いところで、〈能玉〉に転化する際、〈スキル〉〈魔法〉の〈LV上げ〉〈格上げ〉〈変化〉など様々な転化をランダムに起こすのだ。
つまり『ファイヤーボールLV3』の〈能玉〉が出来上がるかもしれないし、その一段上の火属性中級魔法『フレアランス』の〈能玉〉に格上げされるかもしれないし、はたまた氷属性の『アイスボール』の〈能玉〉に変化するかもしれない。
『能玉化LV10』ともなれば、まず良い方向へ向かうことは間違いないのでこれは楽しみだ。
〈能玉〉は非常に強力だが、『空きスロ』が激レアドロップだし『能玉化』した装備も消滅してしまうためあまり多用しない、出番の少ないスキルだ。
貴重なSPを使ってLV10まで育てるには少し物足りないスキルなのだ。俺はゲーム時代最高でもLV5で止めていた。
LV10の転化で何に変化するのか非常に楽しみだ。
チャンスは一度きり、一度〈能玉〉に転化した装備は二度と戻せない。一発限りのガチャ。
〈幸猫様〉! 我に幸運をください!(すでにあたえてます)
「ほな、今日は居るはずやから呼んでくるわ。装備だけ準備して待っとってな」
「了解。ゆっくりでいいぜ」
マリー先輩が奥に消えていくのを見送りハンナに向き直った。
俺の視線はハンナが持つステッキに向けられている。
「その〈フレムロッド〉だが…」
「いいよ別に。これを能玉にしたいんだよね?」
「悪いな。魔法が付与された装備ってそれしか無いから。嫌なら他の武器を購入して〈能玉〉にしてもいいが」
「ふふ、大丈夫だよ。確かに愛着も湧いてきたところだし少し寂しいけどね。私も生産職がダンジョンにいつまでも潜るのは苦しいって分かってるの。無理言ってパーティに参加させてもらっているんだって。〈フレムロッド〉じゃ下層のモンスターはもう倒せないし、限界だって分かってる。だから使っちゃって」
ハンナの覚悟が伝わってくる。
なら、これ以上は野暮だな。ありがたく使わせてもらおう。
「助かる。少し手持ちが厳しかったんだ」
「ふふ、何それ。私の武器のことじゃない」
少し冗談めかしてそう言うとクスクスとハンナも笑う。
そこへマリー先輩が戻ってきた。
「なんや、話し中なとこ悪いなぁ、連れてきたでぇ」
「しごと~」
振り向くとマリー先輩の後ろから眠たげに目をこすっている、髪がボサボサの女の子が付いてきた。
どう見ても寝起きだ。一応制服姿だが髪が人前に出るものじゃない。今も手を口に当てて大きいあくびをしている。緑の刺繍を見るにマリー先輩と同じく2年生のようだ。
「こんな見た目で悪いなぁ。この子昨日は徹夜で生産しとったみたいでな。学園が終わるなりここでずっと寝てたらしいんよ」
「ああ」
マリー先輩の話に納得する。生粋の生産職の方だったか。ならその姿も理解出来る。
「ええっと。大丈夫なんでしょうか?」
ハンナが不安を口にする。確かにダメそうな雰囲気がヒシヒシと感じるようだ。
「大丈夫。本体が眠いだけだから。しごとはスキルがしてくれるし。それで物はどこ?」
とんでもない事を言いながら手を伸ばして催促する眠たげな先輩。まあ大丈夫と言うのだから任せてみるか。なんてったって『能玉化LV10』だ。絶対良い方向へ向かうと分かってるし、何より〈ワッペンシールステッカー〉に頼んで失敗した事なんて今まで一度も無い。大丈夫だろう、多分。
「このステッキだ。———ハンナ。渡してあげて」
「本当に大丈夫なんですね?」
ハンナは未だ信用し切れていないようだが俺とマリー先輩を交互に見た後、恐る恐る〈フレムロッド〉を差し出した。
「ん。やる。『能玉化』」
眠たげな先輩の手に渡った瞬間、彼女は速攻でスキルを発動した。軽いな!
瞬間〈フレムロッド〉が光だしてシュルシュルと縮んでいき、一つの塊へと変化する。
まだ流動しているが徐々に小さくなりながら圧縮されていき、最後にはブリリアントカットされたダイヤのような見た目でコロリと転がった。
「ん。しごと、終わり。二度寝する」
「おつかれ~。寝ているところ悪かったわ~。おおきに~」
『能玉化』が終わると、もう自分の仕事は終わりだと奥に引っ込む眠たげな先輩。
どうやら自分のやった結果には興味が無いタイプらしい。
『能玉化LV10』のガチャが興味ないとか中々に大物だ。ただ眠いだけかもしれないが。
そしてそれをまったく気にせずマリー先輩が手を振って見送った。どうやら慣れたもののようだ。
「これが、〈能玉〉?」
「ああ。こればっかりは『鑑定』か『看破』なんかに掛けないと何が込められているのか分からないんだよな。マリー先輩、『鑑定』頼むわ」
「ほいほい~。本当は鑑定料も貰っとるんやけど、初回やからサービスしとくわ」
ハンナが手渡された手に収まるくらいの〈能玉〉を見つめている。
今、何を思っているんだろうか。
程なくしてルーペ型『鑑定』アイテムの〈解るクン〉を持ってきたマリー先輩が、ジッと〈能玉〉をルーペ越しに見つめだしたかと思うとクリッとしたお目々をまん丸に見開いた。
「マジで!?」
ついでに声でも驚愕が漏れる。
なんだ? 何が見えたんだ?
「これまた激レア〈能玉〉やん! ハンナはんむっちゃ運ええなぁ。うちにも分けてほしいわぁ」
そう言って目から〈解るクン〉を外すと俺に渡してくる。自分で見てみろとの事らしい。
なんだ? マリー先輩の顔が盛大にニヤけているぞ? すごく可愛い。マスコットにしたい。
お言葉に甘えて(?)〈解るクン〉を貸してもらうと、マリー先輩がしていたようにそれを通して〈能玉〉を覗き見た。するとテキストが出てくる。
へぇ、リアルじゃこうやって見るのか~、と感想を抱きながら何気なく読んで驚愕した。
そこにはこう書かれていた。
〈魔能玉:『ファイヤーボールLV5』『フレアランスLV3』『アイスランスLV1』〉
「〈トリプル魔能玉〉だあ!?」
「へ? 何?」
あまりの衝撃に思わず叫ぶ。
訳が分からないハンナが困惑した。
マジ? マジでトリプルなの!? 〈魔法〉が3つも付いている超級の激レアだぞ!?
俺は2度見どころか5度見した。
〈トリプル能玉化現象〉。
つまりは〈スキル〉もしくは〈魔法〉が三つ付いた〈能玉〉のことだ。
そしてこの三つというのが、転化するのにとんでもない難易度を誇る。
『能玉化』はLV1ではただ付与されているスキルを〈能玉〉に転化させるだけ、つまりは〈フレムロッド〉なら『ファイヤーボールLV2』の付いた〈能玉〉が出来上がる。
しかし、LVが上がっていく毎に、転化に恩恵が与えられるようになっていく。
そしてLV5で解放される恩恵が〈ダブル能玉化現象〉。
本来1つだった〈スキル〉もしくは〈魔法〉が2種類のLV上げ、格上げ、変化、が起こり〈スキル〉〈魔法〉が二つに増える現象の事だ。
この〈能玉〉をセットした『空きスロット』1つで、なんと2つの〈スキル〉〈魔法〉を扱えるようになる破格の効果を持つ。
そして〈トリプル能玉〉はなんと3つの〈スキル〉〈魔法〉。
ただ〈ダブル能玉化現象〉が起こる可能性は僅か3%。その後『能玉化』のLVが上がれば0.3%ずつ確率が上がっていく仕様。最高4.8%。
そして『能玉化LV10』になると〈トリプル能玉化現象〉が解放される。そしてその確率、僅か1%。これ以上スキルLVは上がらないので1%が最高だ。
ものすごい低確率。装備一個潰してこの確率で〈トリプル能玉化現象〉を狙うのは不可能だった。故に激レア。
〈ダン活〉の一部のプレイヤーはこの希少さに敬意を込めてスペシャルレア、または〈スペシャル能玉〉なんて呼んでいた。
もしこれで大当たりでも引いたらと、考えるだけでも涎ものだ。
ワンチャンに賭ける『能玉化』にはマジ中毒性があった。
つまり、とんでもない激レア装備をツモったと思ったら、超激レア〈能玉〉まで出ちゃって大フィーバーだ。運が大暴走中である。
やばい、お高いお肉、買いに行かないと!
「ハンナ!」
「ひゃ!」
「どうやら世界は、ハンナに先へ進めと言っているようだぞ!」
「ふぇぇ!? よく分からないけど嬉しいよぉ!?」
肩を掴んでガクガク揺らすとハンナ目を回した。どうやら分かってもらえたようだ。
こりゃ、本格的にハンナ大改造計画を実行に移す時が来たのかも知れない。
ハンナの手にキラリと煌めく〈能玉〉を見ながら俺はニヤリと笑った。




