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仕立屋カーバンのドレス,

「カーバン様は、私の話を信じてくださるの?

 これまで誰も、私を助けてくれなかった。

 いいえ師匠は私に力を与えてくれたけど、出会ったばかりの貴方が私の話を真剣に聞いてくれるなんて、とても、嬉しいです」

「俺もオレンジ姫に、仕立屋としてのプライドをズタズタにされた。

 俺の作ったドレスを、彼女は使い捨てのドレスにした。

 だから俺はこのデザインのドレスを、もう二度と誰にも着せないつもりだった。

 でも君なら、俺のドレスを美しく着こなしてくれるだろう」


 カーバンの言葉に頷くシルバー姫を見て、茶髪の従者が声をかける。


「込み入った話は後にして、シルバー姫、お召し物を着替えましょう。

 ドレスの着替えは、私がお手伝いします」


 茶色い髪の従者が、ドレスを持ってシルバー姫の側に来る。

 カーバンは椅子から立ち上がると、壁伝いに脚を引きずりながら部屋の外に出て行こうとした。


「ちょ、ちょっと待ってください。

 男性の手伝いは、いくら奴隷に身を落としても抵抗があります」

「ああ、従者のティンなら大丈夫。

 彼は男ではないし、年齢も見た目より200歳年上なんだ」

「旦那様、失礼な。私はまだ145歳です」


 見た目二十歳前後の、茶色い髪をした物腰の柔らかい従者はそう答える。

 

「それでは貴方は、精霊族ですか?」

「はい、私はカーバン様一族に代々忠誠を誓う精霊族です。

 シルバー姫が私の外見を気にするのであれば、執事服ではなく女中服に着替えましょう」


 精霊族とは、この世界に魔法をもたらした一族。

 性別が無く魔力に優れ、寿命は人間の五倍以上だが、今この世界に生存する精霊族は五十人も満たないいという噂だ。

 謎に包まれた一族で、一説では天界の神に仕えるため生み出されたと言われる。

 目の前の従者は性別のわかりにくい顔立ち以外は、普通の人間と同じ姿形をしている。

 シルバー姫が呆気にとられていると、カーバンは片手を振りながら部屋の外に出て行った。


「着付けはすべて私にお任せください。

 千人力のシルバー姫が、自分で着替えようとすれば、ドレスは薄紙のように破けてしまいます」

「えっ、ティンさんは私の腕力が分かるのですか?」

「はい、私は魔法の目を持つ精霊族です。

 シルバー姫様の力は、魔力0 腕力320の二乗 生命力500。

 そして額に刻まれた鉱山奴隷の印は、刑期八十年。

 いいえ、今日の働きで刑期が七十九年九ヶ月に減っています」


 淡々と告げる精霊族ティンの瞳の色は、湖の底のような緑色から夕焼けの赤に変わっている。

 片眼鏡の魔力測定器は、精霊族の眼を模して作られたものだった。


「それにしても不思議ですね、シルバー姫。

 貴女の腕力は『ニジョウノ腕輪』の影響だと分かりますが、生命力が500もあるとは驚きです」

「実はお恥ずかしい話なのですが、私の元々の生命力は30程度しかありませんでした。

 私は義母の暗殺から逃れるため、秘術で魔力を生命力に変換したのです」

「えっ、ちょっと待って下さい、シルバー姫。

 貴女の生命力500と腕力320を加算すると、元は800近い魔力を持っていた事になります。

 魔力800は現法王の魔力550以上、魔法学園長の魔力850に近い。

 シルバー姫が魔力を鍛え続ければ、この世界を支える八部魔道衆に匹敵する力を得られたかもしれません」

「でも今の私は、魔力ゼロです」

 

 シルバー姫の両腕にはめられた『ニジョウノ腕輪』は、魔王の力を封じるほどの威力を持つ。

 勇者が魔王を倒したといわれるが、実は魔王は『ニジョウノ腕輪』によって身の内を膨大な魔力で炙られて自滅した。

 そしてこの世界は魔力こそ全て。

 普通なら生命力や腕力を犠牲にして、魔力を得ることに人々は躍起になる。

 しかしシルバー姫は貴重な魔力を捨て、別の力に変換する『秘術』を行使した結果、戦士1000人分の腕力を得たのだ。

 不思議な眼を持つ精霊族のティンには、目の前の華奢で可憐な娘が、破壊者デストロイヤーと呼ばれた古の巨人王に匹敵する化け物に見える。




 濡れ布巾でシルバー姫の体を拭くと、肌をなでるだけで汚れは落ちて、シミひとつ無い白磁のような肌になる。

 ドレスの袖を通すと手足の長いシルバー姫には少し短く、ウエストは少し細く補正した。

 されるがまま、無抵抗で服を着付けさせるシルバー姫の様子にティンは心の中で呟く。


(彼女はとても従順で穏やかな破壊者デストロイヤーですね。

 是非旦那様に、彼女を手懐けてもらいたい)


 シルバー姫は、改めてカーバンの仕立てたドレスを吟味すると、胸元や袖の細かいレースは異国の職人に作らせた一級品。

 肌触りの良い高級シルクに金糸で蝶と花の刺繍が施されている。

 そして長いドレスの裾は、シルバー姫の足首に繋がれた鉄球を隠していた。

 魔法学園にいた三年間ほとんど外出できず、流行の服装は友人が持っている服飾雑誌でした見たことのないシルバー姫は、王都で一番人気のオートクチュールドレスにため息をもらす。


「背中が開きすぎているのが少し気になるけど、なんて素敵なドレスでしょう。

 本当にカーバン様は、最高の仕立屋ね」


 姿見の鏡の前でうっとりとドレスに見入っているシルバー姫を、扉の隙間から覗き見するカーバン。

 従者ティンが、あきれた口調で主を戒める。


「なんですか旦那様、行儀の悪い。そして鼻息が荒いですよ」

「うぉおっ、なんて美しい磨き上げられた白磁のような背中。

 そして女性の美が集約された、見事な肩胛骨。

 俺の理想の女神が、今ココにいる!!」

「ああ、また旦那様の異常な背中フェチが発症してしまいました。

 そうですね、彼女は貴族のご令嬢とは思えない、よく鍛えられた形の良い筋肉と肩胛骨をしています」


 月光の輝きのような銀色の髪に、夜空を切り取った青紫色のドレスを身に纏ったシルバー姫は、まるで月の女神に見える。

 そしてカーバンは、ふと脳裏に浮かんだ疑問を口にした。

 

「俺は、オレンジ姫よりシルバー姫の方が数倍も美しいと思うが、しかし誰もシルバー姫の話を聞かないなんて変だ。

 これだけの美女に懇願されれば、話ぐらい聞こうとするはず。

 それに俺は、都で噂話ゴシップ好きの女性を相手に仕事をしているが、大貴族シルバー姫の話を聞いたことがない。

 まるで、存在を消された令嬢……」


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