シルバー姫VSシルキードラゴン
普通ドラゴン討伐にはドラゴンスレイヤー6人以上、戦士300人分の力を必要とする。
しかしシルバー姫はたったひとりで、魔法縫い糸をたぐり寄せ力一杯ひっぱるとドラゴンを巣穴から引きずり出した。
必死のシルキードラゴンは、足に絡まった魔法縫い糸を引き千切ろうと暴れたが、千人力のシルバー姫には子犬にリードを引っ張られた程度の抵抗しか感じない。
先の戦いでシルバー姫の強さを知るドラゴンは純白の翼を羽ばたかせ上空へ逃れようとして、シルバー姫はそれを許さず渾身の力で縫い糸の先に繋がれた魔獣を振り回すと、巨体を断崖絶壁の岩壁に叩きつけた。
硬いウロコを持つシルキードラゴンの胴体が、水魔石の岸壁にめり込む。
「し、シルバー姫。シルキードラゴンは素材に使えるから、あまり傷つけないでくれ」
「そういえばカーバン様は、シルキードラゴンの素材が必要なのですね。
素材の質を落とさないためにも、ドラゴンは早めにしとめましょう」
すでにシルキードラゴンは足先切断と右目を潰されて、右翼の半分が裂けて空を飛べる状態ではなく、叩きつけられた岩壁にしがみついている。
その下では巨大な剣を持ったシルバー姫が待ち構えていた。
「俺は間近でシルキードラゴンを見たが、全身とても硬いウロコに覆われていた。
お姫様の君が、魔獣にとどめが刺せるのか?」
「それなら大丈夫です、カーバン様。
私、魔法学園では魔法薬学を専攻して、材料の下処理等も習いました。
シルキードラゴンは……そうですね、トカゲと同じ処理をしたほうがいいでしょう。
頭を潰して逆さ串刺しか、首を切り落として血抜きします」
「ええっ、トカゲとドラゴンじゃ全然サイズ違うし、硬いシルキードラゴンの頭をどうやって潰すんだ?」
するとシルバー姫はドレスの裾を持ち上げて、優雅な仕草で前足を伸ばして赤い靴を見せた。
星雲金剛石の次に硬い鬼赤眼石で作られた靴は、これまで何度も硬い岩山を砕き、どんな鈍器より強力だった。
そんな話をしているカーバンたちの頭上で、魔法縫い糸が絡まり狂乱状態のシルキードラゴンが必死にあがいている。
氷と似た性質を持つ水魔石の断崖絶壁は表面がツルツルで、足場になるような場所もないが、シルバー姫なら水たまりを飛び越える程度の力で充分。
シルキードラゴンの燃えるように赤く血走った瞳がこちらを向いた瞬間、シルバー姫は赤い靴で地面を蹴った。
狙うのは魔獣の頭部をシルバー姫の千人力で蹴られば、シルキードラゴンの頭部は熟れた果実のように砕け散るだろう。
しかしそれまで羽をばたつかせて暴れていた魔獣が動きを止めると、待ちかねていたかのように大きく口を開き襲いかかった。
「まさかこれが狙いで、ドラゴンは弱ったふりをしていた?
危ないっ、シルバー姫!!」
空中に高く舞い上がったシルバー姫に噛みつこうと、シルキードラゴンの鋭い牙が襲いかかる。
しかし常人の十倍の体感速度を持つシルバー姫は、ドラゴンの動きがすべてお見通しだった。
急接近するドラゴンの鼻先に魔法縫い糸をひっかけると、糸にぶら下がり遠心力を利用して、身体を一回、二回転させる。
「えっ、速すぎて分からない? 今シルバー姫は何をした」
カーバンは口をあんぐりと開いたまま上空を見上げると、喰われる寸前だったシルバー姫は、ドラゴンの口を魔法縫い糸で締めつけ猿ぐつわにしていた。
そして小鳥が舞い降りるように軽々とドラゴンの鼻先に降り立ったシルバー姫は、紺色のドレスの裾をヒラリとめくる。
踊り子のように程良く筋肉のついた太股は露わになり、赤い靴を履いた足を高々と掲げた。
「悪しき人間に操られた、哀れなシルキードラゴン。
しかし私はお前を見過ごすわけにはいきません。
どうか大人しく、カーバン様の素材になってください」
哀れみを込めた声で宣言したシルバー姫は、舞踏のような足技をくりだしドラゴンの額を踏み砕く。
バキッ、と頭蓋骨の砕けるとても重く鈍い音が聞こえた。
今度こそ白目を剥いて気を失ったシルキードラゴンが、地上に落ちてくる。
「さすがシルバー姫、あの上位魔獣のシルキードラゴンを一蹴りで倒すなんて凄い。
えっ、まさか、ドラゴンが真上に!!」
慌ててカーバンが剣の鞘に避難すると同時に、シルキードラゴンの巨体が落ちてきて下敷きになる。
「カーバン様、大丈夫ですか!!
落ちてきたドラゴンの圧で、巨人王の剣の鞘が地面にめり込んでいます」
「シルバー姫、俺を助けるのは後でいい。
上位魔獣は、どれだけ傷ついてもすぐに復活する。
早くドラゴンにとどめを刺せ!!」
地面にめり込んだ鞘の中からカーバンの声を聞いたシルバー姫は、地面につきたてた巨人王の剣を手に取る。
まだ息のあるシルキードラゴンは薄目を開くと、雪のように白い全身の鱗か光沢を帯びて、硝子板のような魔法障壁が行使される。
しかし魔力を受け付けないシルバー姫と、古代技術で頑丈に造られた巨人王の短剣は、圧倒的な暴力で簡単に魔法障壁を打ち砕く。
ドラゴンの首に食い込んだ剣に硬い手応えを感じたシルバー姫は、更に力を込めて剣を押し進める。
ゴキリと骨の折れる音がして、シルキードラゴンの瞳が灰色に濁ると、首の裂け目から鮮血が噴水のように吹き出して地面に血の池ができた。
***
首から頭と胴体に分かれたシルキードラゴンの巨体が、シルバー姫の前に横たわる。
それを片手で転がし、下敷きになった剣の鞘を地面から引っこ抜いてカーバンを助け出す。
「さすが巨人王の剣です。上位魔獣の首を簡単に切り落としました」
「そ、それは剣の威力と言うより、シルバー姫の千人力の腕力が勝っていたのだろう。
地上に引きずり下ろしたシルキードラゴンを瞬殺なんて、君はどれだけ強いんだ」
そして鞘の中から這い出てきたカーバンは、シルバー姫の髪やドレスに付いた魔獣の血を、胸ポケットから出した白いハンカチで丁寧に拭った。
痩せこけた骸骨男と全身ドラゴンの返り血を浴びた娘が見つめ合っていると、崖の上から声がして半泣き状態のトーリアの姿が見せた。
「シ、シルバー姫様が、あたしのシルバー姫様が、シルキードラゴンを倒しましたぁーー!!」
「ああトーリア、無事でよかった。キャル様も怪我はない?」
シルバー姫は満面の笑みを浮かべながら、トーリアに向かって手を振った。
その隣でカーバンは、シルキードラゴンの状態を確認する。
仕立て屋にとってシルキードラゴンは、十年に一度入手できるかどうかの激レア素材だった。
「首から上は頭部が潰されて、ほとんど使い物にならない。
ドラゴンの翼は、折れた部分から切り分けよう。
この上位魔獣の素材を使えば、俺の思い描くシルバー姫のドレスを作ることが出来る。
あっ、そういえばニッカル城を出立する前、ティンにドラゴンにとどめを刺せと言われたな」
ドラゴンを討伐した者にはドラゴンスレイヤーの称号と魔力が与えられるが、シルキードラゴンを倒したのはシルバー姫だ。
「そもそもドラゴンスレイヤーになれるのは、超一流の魔法使いや勇者と呼ばれる戦士だ。
仕立て屋の俺は、この激レア素材が手に入っただけで満足……うわっ、なんだこれは!!」
ドラゴンの鱗に触れたカーバンは、指先が痺れるような感覚、大きな魔力が身体の中に染み込んでゆくのを感じた。
さらに魔力の奔流は続き、シルキードラゴンが身にまとっていた硝子のように透明な魔力が、カーバンの中に取り込まれる。
それは乾いてひび割れた土に雨が降るように、魔力枯渇状態で干からびた身体に魔力が満たされ、痩せこけた骸骨のような手足に肉が付き、こけた頬が血色の良い肌になって凛々しい好青年の姿に戻る。
「うぉおっ、魔力が充満して、元の状態に戻ったぁ。
いや、元の状態じゃない……俺の体の中にドラゴンの力が宿っている。
これが、ドラゴンスレイヤーのチカラ?
しかしシルキードラゴンを倒したのはシルバー姫なのに、どうして俺にドラゴンスレイヤーの力が与えられるんだ」
カーバンの変化を間近で見たシルバー姫は、頬を赤らめながらキラキラと瞳を輝かせる。
「やっぱりカーバン様は真の勇者、ドラゴンスレイヤーとして認められたお方。
もしかしたらドラゴンに刺さった魔法縫い針が、攻撃と判定されたのではありませんか?
剣の鞘がドラゴンの右目を潰したのも、鞘の中にいたカーバン様が攻撃したと判定されたかもしれません」
「でも上級魔獣討伐に参加した者に力を分配されるから、シルバー姫もドラゴンスレイヤーの力が与えられるはずだ」
その時、金属が擦れあうような耳障りな音がしてカーバンが後ろを振り返ると、シルバー姫の両手首の腕輪が禍々しい光を放つ。
シルバー姫は顔面蒼白になり、苦しそうなうめき声をあげると地面に倒れ込んだ。
「どうしたんだ、シルバー姫!!」
「くっ、ああっ……私は魔力なんて必要ないのに。
私の中に流れ込むシルバードラゴンの魔力と、魔力封じの『ニジョウノ腕輪』が反応して、体が炙られたように熱くて……苦しいっ」




