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銅貨と金貨

 シルキードラゴンにさらわれたトーリアと貴族ニッカルの子供を助けるため、シルバー姫とカーバンは西の水魔石山を目指す。

 その山奥で、妖喰狼に襲われていた男を助けたが、男は辺境鉱山のふもとにある魔法病院に薬を買いにゆく途中だった。 


「魔法病院で薬を買うには、そんなに金が必要なのか……」


 農奴の男は悲鳴のような声を上げると、がっくりと膝を落とし座り込んでしまった。

 その時男のポケットからガチャガチャと小銭のすれる音がして、シルバー姫はそれを聞き逃さなかった。


「カーバン様、小銭です。この方は沢山のコインを持っています」

「えっ、金の音に反応したって事は、もしかしてあんた等は追い剥ぎなのか!!

 この金は母親の薬代だ、絶対に渡すものか」


 慌ててズボンのポケットを押さえる農奴に、カーバンは苦笑いしながら答える。


「別にあんたの金を無理矢理奪ったりしないよ。

 今俺たちは訳あって、沢山の小銭が必要なんだ。だからあんたの小銭を両替してくれないか」


 カーバンはそういうと、胸ポケットから1万エソ金貨を取り出して農奴に見せた。


「小銭を何に使うか知らないが、狼から命を助けてもらったんだ。

 両替ならいいぞ。ここに俺の蓄えた全財産、50エソ銅貨200枚ある」


 農奴は銅貨の穴に紐を通した小銭の束を二つ取り出すと、カーバンに見せる。

 隣領地は、厳しい年貢の取り立てがあると聞く。

 農奴がこれだけの金を貯めるのは、とても大変だったろう。

 一束に銅貨100枚、全部で1万エソ。しかしこれでは母親の薬代は全然足りない。


「ありがとう助かった、銅貨200枚も手にはいるなんてラッキーだ。

 それじゃあ俺の金貨20枚と、銅貨を両替しよう」


 そしてカーバンは、精霊族の鞄から、金色に光る硬貨を手掴みで取り出す。


「ああわかったよ、それじゃあ……ええっ、金貨20枚だって。

 俺の小銭1万エソと金貨20万エソを交換だなんて、そんな大金受け取れない!!」

「今俺たちは、どうしても穴の開いた銅貨が必要なんだ。

 あんたが金貨と両替してくれないなら、追い剥ぎして銅貨を奪うぞ」


 低い声で脅すカーバンの本気の目つきに、混乱した農奴はシルバー姫の方を振り返る。

 にこやかに微笑みながらうなずく彼女を見て、農奴はこの幸運を逃すまいと返事をした。


「では俺の小銭と、あんたの金貨を交換してくれ。

 これだけあれば母親の薬と、それに靴も買える。

 本当にありがとうございます、俺は貴方のご恩を、一生忘れません」

「あんたのおかげでコインが200枚も手に入って、とても助かったよ。

 それじゃあ俺たちは先を急いでいるんで、ここでお別れだ」

「貴方のお母様の病気が良くなりますように、お祈りしています」


 そして大剣を背中に背負った銀色の髪の娘と黒髪の男は、とても急ぐ様子で山奥に消えてゆくのを見て、農奴は思わずたずねた。


「せめて、あなた方のお名前をお教えください」

「辺境鉱山でこの話をすれば、誰かが俺たちの名前を教えてくれるよ」



 ***



 農奴の男と別れた後、早速カーバンはコインを数える。


「198、199、男の言った通り、きっかり200枚あるな。

 コインの穴に魔法縫い糸を3本ずつ通し、縒って一本の紐にすれば強度は増すはずだ。

 これから俺は、600本の魔法縫い糸を作り出す作業に入る」

「それでは私はカーバン様が作業に集中できるように、西の水魔石山まで静かに運びます」

 

 そしてカーバンは再びシルバー姫にお姫様抱っこされるのが、もはや恥ずかしいとか言っている場合ではない。

 いままで軽んじられた自分の魔力を、最大限に生かせるチャンスなのだ。

 縫い糸の魔力注入に集中するカーバンの邪魔をしないように、シルバー姫は少し速度を落とし、生卵を抱えるように慎重に険しい山道を駆け抜ける。

 途中二つの山を越えたところで深雪熊の襲撃を受けたが、巨人王の剣で軽く払っただけで熊を真っ二つに切り裂いた。

 深い谷間では吸魂コウモリの集団に襲われて、コウモリの落とす糞に少し苛立ったシルバー姫は、全力で巨人王の剣を振るい谷の右側を削り取って、平地に変えてしまった。




 こうして多少のアクシデントがあったが、夜が明けるまでに四つの山を越え、五つ目の山の頂から遠くに水魔石山が確認できた。


「一晩中走り続けて、どうにかここまで来ました。

 あの碧い鉱石で出来た山に、トーリアたちが捕らわれているのですね」


 そういってシルバー姫は空を仰いだが、まだここからではシルキードラゴンの姿を確認できない。


「このペースなら、昼過ぎには水魔石山のふもとに到着します。

 そういえば獣とか戦ったり巨人王の剣を振るったりと忙しくて、あれから一度も休憩をとっていません。

 でも腕の中のカーバン様はとても静かで……えっ、ええっ!!」


 シルバー姫の抱えるカーバンの重さが、子猫からヒヨコに変化したのに気づいた。

 そしてきっちりとくるんでいたマントがぶかぶかになって、カーバンのしゃがれた弱々しい声が聞こえる。


「あれ……ドラゴンの、住む、水魔石山か。

 おや、シルバー姫、なにを驚い……いるんだ」

「カーバン様は魔力の練りすぎで、頬がこけて眼がくぼんで、骸骨のように干からびてしまいました!!」


 激やせカーバンを見たシルバー姫は、思わず叫び声をあげる。

 一晩で自らの魔力を絞りつくしたカーバンは、体重が半分になり手足の肉がそげ落ちて、生けるミイラと化していた。


「シルバー姫は、俺……この姿を、見たこと無いのか。

 仕事の修羅場……限界を超えると、こうなるんだ。

 そんなに驚かなくても大丈夫、食事をすれば、すぐ元の姿に戻るよ」


 わずかな魔力しか持たないカーバンが力を行使するには、それなりの代償が必要だった。

 シルバー姫は枯れ木のように細くなったカーバンを地面におろすと、いったん休憩をとることにする。


「ちょうど朝食の時間ですし、カーバン様が回復するまでここで休憩しましょう」


 体力が枯渇して起きあがることの出来ないカーバンは、地面に広げられたマントの上に横たわったまま、精霊族の鞄から食料を出そうとしたが。


「うわっ、シルバー姫、とてもマズい……なった。

 俺の魔力が枯渇……精霊族の鞄を、扱えない」


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