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カーバンの魔力縫い糸

「さすが巨人王の剣、とんでもない破壊力だ。

 この剣をニッカル城の中で試し斬りしてたら、城ごと破壊したな」


 カーバンは冷や汗を拭いながら倒れた巨木の切り口を確認していたが、シルバー姫は空を見上げるとため息を付いた。


「確かにとても威力のある剣ですが、空を飛ぶシルキードラゴンには手も足もでません」

「そういえば伝説の勇者は飛行魔法を使えると、おとぎ話で聞いたことがある。

 でも実際に空を飛ぶ魔法使いなんて存在しないし、王族のグリフォンや法王のペガサスで空を移動してる」

「ドラゴンに罠を仕掛けて地上に引きずりおろしたいけど、魔法を封じられた私は何も出来ません」


 肩を落としてうつむくシルバー姫を慰めようと、カーバンは銀糸のような長い髪に手を伸ばし、そしてあることを思いついた。


「そうだよシルバー姫、ドラゴンを地上に引きずりおろす方法がある!!」 

「えっ、カーバン様、一体どうやって?」


 驚くシルバー姫にカーバンは嬉しそうにウインクすると、服の内ポケットから何かを取り出す。

 手のひらに収まるほど小さいそれは、カーバンが裁縫時に用いる縫い糸だった。


「カーバン様、この糸が何か?」

「俺が王都一の仕立屋と呼ばれる訳は、仕立てた服の美しさと、縫い目が絶対ほつれない服の丈夫さにあるんだ。

 シルバー姫は激しい鉱山労働をしているのに、そのドレスは全然くたびれないだろ」

「はい、カーバン様のおっしゃるとおり、仕事でドレスが汚れても洗濯をすれば綺麗に元に戻ります」


 ちなみにシルバー姫のドレスは、女性の魔法使いは必修習得と言われる家事魔法で、ティンが洗濯していた。


「俺は魔力二桁の非力な魔法使いだけど、細い縫い糸ぐらいなら強化できる。

 だから俺の持つわずかな魔力を毎日縫い糸に練り込んで、どんなに力を入れても切れない魔力縫い糸を完成させた。

 俺の魔力縫い糸はホワイト姫の千人力でも切れないし、力が加わるほど糸は強靭になるんだ」


 確かにこれまで何度かドレスを破ったことがあるが、それは生地部分で縫い目がほつれるという事はなかった。

 鬼赤眼石の山を砕き二つの山を貫いたシルバー姫が、魔法縫い糸をつまんで引っ張ってみたが糸は切れない。


「カーバン様、この魔法縫い糸はとても素晴らしいモノです。

 でもドラゴンを捕らえる話とは関係ありません」

「ところでシルバー姫は、コインをどの位まで遠くに投げられる?」


 そう言ってカーバンは財布から中心に穴の開いたコインを取り出すとシルバー姫に渡し、自分もコインを一枚手に取ると真上に投げた。

 カーバンの投げたコインは途中木の枝に引っかかって、行方がわからなくなる。

 シルバー姫もカーバンの真似をしてコイン投げると、千人力の腕力で放たれたコインは猛スピードで空を切り裂き、雲の彼方へと消えていった。


「カーバン様、今私たちはコイン投げ遊びをしてる場合ではありません」

「それじゃあシルバー姫、俺の絶対に切れない魔法縫い糸をコインに結びつけて、空を飛ぶシルキードラゴンにぶつけたらどうなる?

 そして俺はいくらでも、魔法縫い糸を作り出すことができる」


 ここでカーバンが悪戯っぽく笑うと、その意図に気づいたシルバー姫は驚いて目を見開く。


「その方法なら、私がシルキードラゴンにコインをぶつけて縫い糸を絡ませれば、空から引きずりおろすことが出来るかもしれません。

 ああ、カーバン様。あなたはなんて素晴らしい魔法使いでしょう」


 瞳を輝かせながら自分を憧憬のまなざしで見つめるシルバー姫に、カーバンはこれまでの事を思い出す。

 魔力が重要視されるこの世界で、細い縫い糸しか強化できないカーバンの魔力を、他の魔法使いたちは腹を抱えて笑った。

 そしてカーバンは魔法使いでなく仕立て屋として生きる道を選んだ。


「でもシルバー姫の千人力があれば、俺の地味すぎる魔法を生かすことができる。

 しかし財布の中のコインは残り十八枚か。あと二十枚ぐらいコインが欲しいな」 


 

 ***


 

 明るい満月に照らされた山奥の獣道で、大きな荷物を背負った男が足をくじいて動けなくなっていた。

 最初山向こうから聞こえていた妖喰狼の遠吠えが次第に近くなり、男は荷物を捨て這って岩影に隠れようとした。

 しかし時すでに遅し、男はすでに十数頭の狼に取り囲まれていた。

 妖喰狼の野太い唸り声と血走った赤い目に睨まれた男は、恐怖で身がすくんで動けない。


「やっとここまでたどり着いて、目の前の山を越えれば辺境鉱山にたどり着けるのに。

 俺はこんな所で妖喰狼に喰い殺されのか、そんなの嫌だあぁーー!!」


 悲鳴を上げる男に、狼たちは一斉に襲いかかる。

 頭を抱えて地面にうずくまり絶望に震える男は、その時生ぐさい獣臭に混じって花の香りをかいだ。

 そして伏せた頭上を、何か巨大な力が爆風のように通り過ぎる。

 一体何が起こった、いつまでたっても妖喰狼が襲ってこない?

 男はおそるおそる頭を上げると、十数頭いたはずの狼はすべて真っ二つに切断されて周囲に肉片がちらばっていた。

 そして男の目の前には、銀色の光を身にまといながら、ありえないほど巨大な剣を片手で持った女が立っている。


「何故こんな山奥に女が……それに妖喰狼が一瞬で倒されている」

「そこのあなた、もう大丈夫ですよ。危ないところでしたね」


 大きな満月が頭上に輝き、流れ落ちるような銀色の髪に磨かれた陶器のような白い肌をした、美しい女が微笑む。


「あ、あなたは月の女神ですか」


 足をくじいて起きあがれない男は、その場にひれ伏すとシルバー姫を拝みだした。


「なんだ、足を怪我しているのか。ちょっと待て、すぐ治してやる」


 女神の隣にいた黒髪の男が足をくじいた男に近づくと、真っ赤に腫れ上がった足首を掴んだ。

 すると熱を持ってじんじんと疼いていた足首が冷たくなり、瞬く間に腫れがひいて痛みが消える。


「あんたのそれは治癒魔法か。でもなんで俺の足を治してくれたんだ?」

「なんでって、せっかく妖喰狼から助けてやったのに、怪我をしたまま見捨てたら別の魔物に襲われるだろ。

 それよりもお前こそ、どうしてこんな真夜中に山の中を彷徨いている?」


 男の村にも治癒魔法を使える神官がいるが、多額の寄付をしないと治療してもらえない。

 だからいきなり魔法で怪我を治されたのは初めての経験だった。


「俺は隣領地に住む農奴だ。

 母親の具合が悪くなって、村の神官の治癒魔法も全然効かないから、辺境鉱山のふもとにある魔法病院で薬をもらいに行くんだ。

 辺境鉱山の魔法病院は、石に押しつぶされた人間でも、魔法で元に戻せるんだろ」

「まぁ、それじゃあ貴方はお母様を救うために、危険な夜の山を歩いていたのですね」


 農奴の話を聞いて感動するシルバー姫の隣で、カーバンは浮かない顔をする。


「鉱山の魔法病院で扱う薬は、確かに効き目がある。しかしその分値段も高い。

 俺が聞いた話だと、砕けた腰を治す手術に、鉱山奴隷の稼ぎ一年分の金が必要だ」

「ええっ、それじゃあ農奴の三倍稼ぐ鉱山奴隷の給金一年分って、魔法病院はそんなに金が必要なのか」 


 カーバンの話を聞いた農奴の男は、がっくりと膝から崩れ落ちてしまった。


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