西の水魔石山へ
ニッカル城を出立したシルバー姫は、銀色の艶やかな髪をなびかせながら最速と言われる風神獅子よりも早く険しい山道を駆けてゆく。
シルバー姫がその気になれば音速を超える事も出来るが、マントでぐるぐる巻きにされたカーバンを抱えているので全力は出せない。
千人力の腕力でお姫様抱っこしたカーバンは子猫のように軽く、背中に背負った巨人王の剣は銀スプーン程度の重さしか感じない。
「カーバン様、この先どの方角に進めばよいのですか?
空を飛べば一直線でシルキードラゴンの巣までたどり着けるのに、七つの険しい山々を越えて水魔石山までたどり着かなくてはなりません」
ニッカル領のほとんどが山岳地帯で辺境鉱山以上に険しい山々が連なり、シルバー姫は深い谷や大きな川、切り立った崖を乗り越えて先に進まねばならない。
するとシルバー姫にお姫様だっこされていたカーバンがもぞもぞ動き、魔法詠唱を始めた。
「シルバー姫、地面の上をよく見てくれ、糸のような細い線が見えるだろ。
それが俺の採寸魔法、布の上でも地面の上でもパターンを浮き上がらせる能力。
これを辿れば、シルキードラゴンの住処に最短でたどり着ける」
「凄いですカーバン様、私このような魔法を初めてみました!!」
「攻撃魔法や治癒魔法と比べたら、とても地味で使える者もほとんどいない。
でもこの魔法のおかげで、俺はどんな服でも仕立てることが出来る。
と、ところでシルバー姫、少し休まないか?
俺は式典の衣装作りで食事をする時間もなくて、腹が空きすぎて魔力を維持できない」
「あっ、そうですね。
私は先を急ぐあまり、休憩を取ることを忘れていました」
馬の足で一日かかる距離を、シルバー姫はわずか二時間で駆け抜けた。
すまき状態でシルバー姫にお姫様抱っこされたカーバンは、これまで体験したことのない凄まじいスピードを体感する。
そしてシルバー姫の少し冷たい体温とか花の香りに似た体臭とか、顔に降りかかる柔らかい絹糸のような銀髪に、興奮と緊張で喉がカラカラになっていた。
地面の下ろされてすまき状態から解放されたカーバンは、大きな伸びをすると改めてシルバー姫の走ってきた痕跡を確認する。
「シルバー姫が歩くだけで道は平坦に均されるが、今回は背負った巨人王の剣の重みが加わった影響で、通ってきた道にある岩や木はすべて粉砕された。
ニッカル城から最短距離で道が作られるから、後ろから来るドラゴン討伐隊はこの道筋を辿ればいい」
「でもカーバン様、ここから先は深い森と険しい山が続きます。
山々の遙か彼方にトーリアが捕らわれていると思うと、目障りな山を消し去りたい」
「ちょっと待ってくれ、シルバー姫。それ冗談に聞こえないから。
どうやらシルバー姫自身も休憩が必要みたいだな」
カーバンは脇に抱えていた小さな鞄を開くと、中から布を取り出して岩の上に広げた。
そして大きなティーポットとマグカップと大皿二枚を取り出し、さらに大きなパンと固まり肉やチーズが、片手で持てる程度の鞄から次々と品物が出てくる。
「こんな小さい鞄の中から沢山の食べ物が出てくるなんて。
もしかしてこれは、古の遺物と呼ばれる精霊族の鞄ですか?」
「そうだよシルバー姫、これはティンの所有物で、神世時代の高度な魔法で作られた鞄。
今現存する精霊族の鞄は、これと大聖堂の宝物庫に一つあるだけだ。
精霊族の鞄には部屋一つ分の物が入るから、おかげに旅の荷物が少なくて済む」
そう言ってカーバンはシルバー姫にカバンを手渡したが、精霊族の鞄を覗いても中身は空っぽだった。
「この鞄は魔法道具、それを扱えるのは魔法使いだけです。
だから魔力を封じられた私は、鞄の中から物を取り出せません」
悲しそうに呟くシルバー姫を見たカーバンは、慌てて鞄の中から肘掛け椅子を引っ張り出すと、彼女を座らせた。
「シルバー姫、君は魔力を封じられた代償に千人力の腕力を得た。
だから自分の出来ることだけに、専念すればいい。
この旅の間、食事の準備や諸々の作業は俺がしよう」
カーバンはそう言うと、さっそく料理の準備に取り掛かった。
ぶ厚めにカットした肉を大皿に乗せ、皿にはめ込まれた赤い石に触れる。
石は火魔法石と呼ばれるモノで、カーバンの魔力に反応して皿が熱を持ち、ジュウジュウと音を立てて肉の焼ける香ばしい匂いが周囲に漂う。
そして火魔法石で作られたティーポットから、熱々の綿雪珈琲がマグカップに注がれた。
「トーリアたちはお腹を空かせて泣いていないかしら?」
「そのトーリアを助け出すためにも、シルバー姫は飯を食って力を蓄え利必要がある。
そういえばシルキードラゴンを倒して食べた勇者の話だと、ドラゴン肉は最高級火炎牛肉より脂がのって旨いそうだ」
そう話しながらカーバンは、スライスしたパンの上に焼けて厚切り肉とチーズとサラダを乗せて、皿にパンで挟みサンドイッチを作る。
「ありがとうございますカーバン様、それではサンドイッチをいただきます。
あら、普段と同じ料理なのに、このサンドイッチはとても美味しく感じます」
「それはもちろん、俺の愛情がこもっているからな」
「そうですね、カーバン様。トーリアたちを助け出したら、シルキードラゴンの肉でサンドイッチを作りましょう」
カーバンはさりげなく愛情と言ったが、シルバー姫はその意味に気づかないまま食事を続け、マグカップの温かい綿雪珈琲を飲み干した。
一息付いたシルバー姫はゆっくりと周囲を見渡すと、森の中にぽっかりと開けた空き地の中央に幹の太い木が立っている。
「カーバン様。ここにちょうど良い太さの木があるので、巨人王の剣で試し切りをしてみます」
シルバー姫は巨人王の剣を結わえているリボンをほどき、剣を地面に置く。
柄部分の取っ手を握って鞘から引き抜くと、深海の水を切り取って剣にしたような海竜香石で作られた剣が現れ、巨大な存在の覇気が溢れ出てくるのを感じる。
折れそうなほど細い腕で4ナートルの巨大な剣を軽々と持ちあげるシルバー姫は異様で美しく、思わずカーバンはその姿に見とれてしまった。
シルバー姫は目の前にそびえ立つ巨木に向かって、剣を振りおろす。
その手応えはケーキを切るように軽かったが……。
ミシ、ミシミシ、スゴゴォ、ゴォーーン。
巨人王の剣から放たれた衝撃波は、轟音を立てながら巨木を縦に真っ二つに引き裂く。
「えっ、私は剣を振り下ろしただけなのに……」
あまりの威力に唖然として立ち尽くすシルバー姫に、カーバンは慌てて指示を出した。
「し、シルバー姫。ゆっくりと丁寧に、その剣を鞘に納めてくれ」
いつも細腕姫の応援、ありがとうございます。
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