シルキードラゴンの住処
「カーバン様のお姫様抱っこして運ぶなんて、は、恥ずかしいです」
「そうだシルバー姫。俺をお姫様抱っこするのではなく、後ろに背負えばいい。」
「旦那様、あなた馬鹿ですか。
シルバー姫はすでに巨人王の剣を背負っています。
それに背中フェチ変態のあなたが、シルバー姫の背中を間近にして欲望に耐えられますか?」
ティンはグダグダと騒ぎ出すカーバンを叱る。
そんな三人の前に貴族ニッカルが歩み出ると、突然膝を折ってシルバー姫に頭を下げた。
「どうか細腕姫、我が娘キャルをシルキードラゴンから助けてくれ。
ワシが辺境の田舎貴族と侮られても、家族だけはワシの味方だった。
だからワシは娘たちが田舎貴族と侮られないように、ここまで鉱山を栄させたのだ」
「頭を上げてください、ニッカル様。
私は大罪人として連れてこられて、辺境鉱山で新しい人生を見いだしました。
だからトーリアもキャル様も、絶対ドラゴンから助け出します」
ニッカルの後ろで子供の安否を心配する婦人も、膝を折ってシルバー姫に頭を下げる。
その間にラザーたちはカーバンを抱えやすいように、体をマントでぐるぐる巻きにしていた。
「さぁシルバー姫、カーバンを抱えやすいように梱包したぞ。
一刻も早くシルキードラゴンの住処へ向かってくれ」
「ちょっと待て、これじゃあ全く身動きがとれない。お姫様だっこと言うより荷物扱いだ。
ティンも黙って見てないで、このマントをはがしてくれ」
カーバンは芋虫のように床をゴロゴロと転がっていると、呼ばれたティンが耳元でささやいた。
「いいですか、旦那様。これは千載一遇のチャンスです。
シルバー姫ならシルキードラゴンを余裕で討伐できるでしょう。
そして旦那様は、ドラゴン討伐のおこぼれに預かるのです」
「えっ、俺はシルバー姫を水魔山まで道案内するだけじゃないのか?」
「平民に毛が生えた程度の魔力しかない旦那様が、これからシルバー姫と付き合ってゆくには、魔力を底上げする必要があります。
一番手っ取り早い方法は、ドラゴンスレイヤーになること。
シルバー姫と戦って弱ったドラゴンを、カーバン様がとどめを刺すのです」
ティンに説得されたカーバンは、覚悟を決めた表情でシルバー姫を見上げる。
「シルバー姫、俺を抱き潰さないように、いや、俺はシルバー姫に抱き潰されるなら本望だ!!」
「それではカーバン様、道案内をお願いします。早くトーリアを助けに……」
マントにくるまれたカーバンを抱き上げたシルバー姫は、言葉尻が聞こえる前に残像となり、突風のような速さでニッカル城から駆けだした。
***
シルキードラゴンの鍵爪に捕らわれたまま、上空の凍てつくような強風に晒される。
しかしトーリアは全身を暖かい気配に包まれて、凍えることはなかった。
「なんだろう、胸のところが湯たんぽみたいに暖かい」
ドラゴンから子供を守るように抱きしめながら、トーリアは呟いた。
すると腕の中のまん丸と太った子供が、ふくよかな指でトーリアの服に縫いつけられた大きなボタンに触れる。
「水色の髪のお姉ちゃん、キャルは魔法を感じるよ。
この金色のボタンの向こうから、茶色い髪の精霊がこっちを見ている。
精霊が魔法結界を張って、キャルたちを守ってくれているの」
「キャル様は、魔法が分かるの?」
「だってキャルは貴族だもん。まだ魔法を使えないけど、魔法を見ることは出来るよ。
この金色のボタンには、魔法の穴が空いている」
子供の説明を聞いたトーリアは、シルバー姫の先生で精霊族のティンだと分かった。
「茶色い髪の精霊はシルバー姫の先生、ティン様だから、きっとあたしたちを守ってくれる」
「キャル、シルバー姫を見たことある。
銀色の長い髪に青紫色のドレスを着たとても綺麗なお姫様で、山から宝石を掘ったりお城を造るって聞いた。
それじゃあシルバー姫が、キャルたちを助けに来るの?」
「それは……きっと大丈夫、あたしはシルバー姫様の侍女だから分かります。
シルバー姫様が腕を一振りすれば山が二つに裂け、足を踏みならせば地面に大穴が開くのです」
「すてきすてき、ねぇ、もっとシルバー姫の話を聞かせて」
それからトーリアは、子供相手にシルバー姫の武勇伝を話した。
南の空に双子の太陽が沈む頃、辺境鉱山より西へ400キコの水魔石山に到着する。
トーリアとキャルはシルキードラゴンの巣に放り出されが、餌を待っているはずのつがいの雌ドラゴンの姿は無い。
シルキードラゴンの恋の季節には一月以上早く、魔笛で季節感覚を乱されたシルキードラゴンは、巣の周囲を鳴きながら空しく恋の相手を捜している。
「良かった、シルキードラゴンにはキャルたちの姿が見えないみたい。
でもお腹がすいたよ、ご飯食べないとキャル死んじゃう」
「キャル様、ドラゴンの巣の中に色々な果物が実っている」
シルキードラゴンの住処は水魔石山の中腹にある大きな洞窟で、水を含んだ岩の割れ目に落ちた果物の種から芽がでて、水耕栽培のように様々な植物が実っていた。
「でもお姉ちゃん、この果物には毒があるかもしれない」
「ドラゴンが食べるモノは安全だって、あたしのいた孤児院の院長が教えてくれたの」
トーリアは天井からぶら下がる赤い実を一口食べて、毒味をしてからキャルに食べさせた。
足下には黄色い縞模様の瓜が転がり、壁を伝うツタには青紫色の小さい葡萄が鈴なりに生っている。
「これだけ果物があれば、助けが来るまで食料は大丈夫」
トーリアは大急ぎで果物を集めると、キャルの手を引いて岩影に隠れながら移動する。
すると洞窟の奥に、いろいろな道具が押し込まれた横穴を見つける。
手前に転がる鍋のようなモノを手に取ると、それは騎士のかぶる兜だった。
もう一度目ガラクタが積み重なった場所を凝視すると、そこには金色の大剣や七色の宝石がはめ込まれた魔導士の呪杖、魔法陣が描かれた盾が無造作に転がっている。
そこは過去ドラゴン討伐に失敗した者たちの遺品置き場になっていた。
「なにか武器になるものを探そう。
あっ、このナイフなら果物の皮むきができる。
キャル様はこの杖にしよう、高い所の果物を叩いて落とせる」
「ねぇ、お姉ちゃん。丸い盾を石の上に置いたらテーブルになるよ」
トーリアたちは役に立ちそうな鍋と盾とナイフと呪杖を見つけ、雨がしのげる場所に潜り込む。
「ねぇ、お姉ちゃん。
シルバー姫のお話の続きはどうなったの?」
シルキードラゴンの住処で、トーリアとキャルは身を寄せ合って月明かりを眺めながら、シルバー姫の武勇伝を話した。




