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巨人王の短剣

「皆の者、よく聞け。

 これから我が娘キャルを助けるために、シルキードラゴン討伐隊を結成する。

 シルキードラゴンを倒した者には、西の山脈を半分与えよう!!」

「西の山脈って、まさにシルキードラゴンの縄張りじゃないか」

「でもドラゴンはお宝を貯め込むって聞いたことあるぞ。

 シルキードラゴンを倒したら、そのお宝と鉱山が手にはいるのか」


 貴族ニッカルの言葉に、城の大広間に集まった人々から驚きの声があがる。

 だがシルバー姫だけは皆に背を向け、城を出て行くところをティンに止められた。


「シルバー姫。ひとりだけ先走るのはおやめなさい」

「でもティン先生、討伐隊が準備するのを待っていたら遅すぎます!!

 私は今すぐ、トーリアとキャル様を助けに行きます」

「確かにシルバー姫の脚力なら、シルキードラゴンの住む水魔石の山まで一日で到達するでしょう。

 しかし大貴族の御令嬢だった貴女は、これまで魔物を討伐したことがありますか?」


 ティンに指摘されたシルバー姫は、唯一の武器である鬼赤眼石の日傘を握りしめながら、戸惑いつつ答える。


「私はこれまで、義母にけしかけられた三又毒蛇や吸魂サソリ、冥府熊を倒したことしかありません。

 魔獣ドラゴンなんて、本物を見たのは今日が初めてです」

「ちょ、ちょっと待ってください、シルバー姫。

 三又毒蛇や吸魂サソリは、上位狩人の討伐する獲物。

 それに狩人が十人パーティで討伐する冥府熊を、まさかひとりで倒したのですか?」

「私は十歳の誕生日に、義母に冥府熊の住む森に置き去りにされました。

 でも亡き母から魔獣の眼潰し方法と、掌握魔法で心臓を破壊する方法を教わっていたので、冥府熊をひとりで倒せたのです」

「シルバー姫は、あの恐ろしい冥府熊をわずか十歳で倒したのか。

 それは法王を守護する魔法騎士レベルの戦闘力だ」

「でもカーバン様、今の私は魔法を使えない無力な娘です」


 シルバー姫の話をカーバンは呆気に取られて聞いていたが、ティンは納得したように頷く。


「シルキードラゴンを倒すには、額の魔法石を破壊する必要があります。

 冥府熊を倒せるシルバー姫なら、このぐらいのミッションは楽にこなせるでしょう」


 ティンはそう答えながら、ある憶測をした。

 十歳で冥府熊を討伐できるほどの戦闘力と、一を教えれば百を理解する優秀な頭脳、月の女神と例えられるほどの美しさを持つシルバー姫は、まさに百年に一人の逸材。

 シルバー姫と第二王子の婚約を決めた国王と元宰相の父親は、さぞかし彼女の将来を期待したはず。

 だがシルバー姫の半分しか魔力を持たず自己顕示欲が強い、美貌だけが取り柄の第二王子が彼女に対して劣等感を持ったとしたら、これまでの全ての説明がつく。

 



 今度こそシルバー姫は城から出てゆこうとした時、貴族ニッカルが引き止める。


「待つんだ細腕姫、その武器でシルキ―ドラゴンに挑むのは心もとない。

 お前たち、明日の式典で皆に披露するアレを持ってこい」


 ニッカルに指示された家来たちは、大広間の奥に仕舞われていた箱を十人がかりで運んできた。

 それは古びた年代物の大きな木箱で、蓋を開くと中には男二人分の身長より長い、巨大な剣が置かれている。


「ニッカル様、これはもしかして巨人王の剣ですか」

「そうだ細腕姫。これは一昨年、南の鉱山地下洞窟から発見された巨大剣。

 剣のさやに刻まれた不思議な文様は、広場のモニュメント、巨人王の盾と同じモノだ。

 この剣は大きすぎて普通の人間は扱えないから、城の大広間に飾ろうと思っていたが、千人力を持つ細腕姫ならこの剣を扱えるだろう」


 この巨大な剣を扱えた巨人王は、きっと山のような姿をしていたのだろう。

 シルバー姫は木箱の中をのぞき込むと、側にいたニッカルが数歩後ろに退いた。

 木箱を運んできた男たちも慌てて後ろに下がり、シルバー姫が巨人王の剣を手に取るのを、かたずを飲んで見守っていた。


「これは長剣ではなく短剣の形をしている。

 そしてまがい物ではなく、本物の巨人王の剣だと鑑定された」


 巨人王の短剣は、柄部分も両腕で抱えるほど太い。

 だが柄の付け根に握りやすそうな小さな取っ手が付いて、この取っ手に縄をかけて男二十人がかりで鞘から剣を引き抜いたのだ。


「この取っ手を握れば、私でもしっかり剣を持てます」


 そしてシルバー姫は、自分の背丈よりはるかに長く大きな巨人王の剣を、細腕一本で引き抜いた。

 男二十人がかりで運んだ巨大な剣も、千人力のシルバー姫にとっては銀スプーン程度の重さしか感じない。

 鞘から抜かれた剣は、鋭い刃先の色が波打つように変化する。

 鬼赤眼石より硬い、深い海を切り取ったような碧い色をした海龍香石で作られていた。

 シルバー姫は長さ4ナートル以上ある巨大な剣を構えると、切れ味を確かめるように数回振り回す。

 巨人王の剣を運んできた男たちはもちろん、広場に集まった人々はシルバー姫の人外の力を見せつけられ、貴族ニッカルでさえ息を飲んだ。

 その場面で、精霊族ティンは手鏡を眺めながら口元をほころばせる。


「シルバー姫の装備は、王国一の仕立屋のドレスに鬼赤眼石の靴。

 そして武器は鬼赤眼石の傘から、海龍香石で作られた巨人王の短剣に変更しました」


 巨人王の短剣を鞘にしまうと、シルバー姫はドレスの腰のリボンをほどいた。

 そして鞘の脇にある通し穴にリボンを通してくくりつけると、残りのリボンを腰に巻いて手際よく巨人王の短剣を背負う。


「それでは皆さま、私は一足先にシルキードラゴンの住処を目指します。

 誰かドラゴンの住む水魔山まで、私を道案内してください」

「しかし道案内といっても、一番足の速い馬でもシルバー姫の脚力にはかなわない。

 それに後三時間もすれば夜になる、道案内できるのは……」

「それなら大丈夫ですよ。

 旦那カーバン様、やっと貴方の能力を生かせるチャンスが来ました」


 床に広げられた一枚の地図には、辺境鉱山からシルキードラゴンの住処のある水魔山までの道のりを示していた。

 ティンはその地図を折りたたむと、カーバンに手渡す。


旦那カーバン様が王都一の仕立屋なのは、どんなパターンでも1ミソの狂い無く縫い上げる採寸魔法があるから。

 そして旦那カーバン様にこの地図を持たせれば、採寸魔法の力で1ミソの過ちもなく、シルキードラゴンの住処までシルバー姫を道案内してくれます」

「もしかしてティンが俺に旅支度をされたのは、シルバー姫と同行するためか!!

 しかし俺は馬に乗るのも下手だし、シルバー姫のスピードに付いていけないぞ」

「それは大丈夫、シルバー姫の両手が空いています。

 旦那カーバン様をベッドに運んだ時のように、ドラゴンの住処まで抱えて運べばいいのです」

「ティン先生、それってもしかして、私がカーバン様をお姫様だっこするのですか!!」


 シルバー姫の叫び声と同時に、周囲からどよめきが巻き起こる。


「あの黒髪の男が、俺たちの細腕姫をベッドに運んだだと!!」

「その逆だよ、細腕姫が男をベッドに……アレ?」

「そっかぁ、アタイ勘違いしていたよ。

 カーバンがシルバー姫を気にいって囲っていたと思ったけど、実はシルバー姫の方が」

「キャアッ、やめてください。みなさん勘違いしています!!」


 シルバー姫は恥ずかしさのあまり地団駄を踏むと、床のタイルに亀裂が入った。

※1ミソ→1ミリぐらいの長さ

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