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黒幕の正体,

 山のふもとの病院へと続く道の途中で、ラザーは地面を横切る大きな影を見て焦った。


「やばいよシルバー姫、シルキードラゴンがこの辺をうろついている。

 でもおかしいな、ここら辺は民家が無くてシルキードラゴンの餌になる子供なんていないのに」

「ラザーさん、道を外れたところに石造りの建物があります」


 そう言ってシルバー姫が指さした先を、ラザーは眼を細めて見る。

 視力20.0以上のシルバー姫は、遙か遠くのシルキードラゴンがはっきりと見える。

 ドラゴンは地上に降りると何かを捕まえて、そして投げ落としていた。


「えっ、シルバー姫はあんな遠い場所も見えるんだ。

 なんだろう、ドラゴンは放牧された牛でも捕まえたのか?」


 これだけドラゴンと離れていれば安全だとラザーは言ったが、シルバー姫の表情が険しくなる。

 常人の十倍以上の聴覚を持つシルバー姫は、遙か遠くでトーリアが助けを呼ぶ声を聞いた。


「トーリアと、それから金髪の子供がシルキードラゴンに襲われています。

 早く助けに行かないと!!」

「何だって、それは大変……」


 ラザーが驚きの声を上げた時、そこにはシルバー姫の残像しかなかった。

 千人力の脚力を持つシルバー姫はみるみると加速して、空気が悲鳴を上げるような衝撃波が周囲に鳴り響き、風よりも早く音速に近いスピードに達する。

 山のふもとの岩を蹴散らし草木をなぎ倒して、シルバー姫は瞬く間にシルキードラゴンに迫った。




 しかし一瞬早く、シルキードラゴンは巨大な翼をはためかせ、獲物を掴んだまま急上昇する。

 千人力の腕力を持つシルバー姫も、空を飛ぶドラゴンには追いつけない。

 鬼赤眼石の靴を脱いでドラゴンに投げつけようとしたが、誤ってトーリアに当たりでもしたら危険だ。

 シルバー姫は天に向かって腕を伸ばしたまま、飛び去るシルキードラゴンを見ているしかなかった。


「私はこれほどの力を持っているのに、トーリアひとり助けることが出来ない!!

 こうなればシルキードラゴンを地上の果てまでも追いかけ、トーリアを取り返します」


 シルバー姫は決断すると、西の方向へ飛んで行ったドラゴンを追いかけようとした。

 その時、道の向こうから数頭の馬がやってくる。


「お待ちなさい、シルバー姫!!」


 聞きなれた声に思わず足を止めると、その集団は貴族ニッカルの警備兵とティン、後ろに置いてきたラザーだった。 

 驚いたシルバー姫は、ティンが手綱を握る馬に駆け寄る。


「どうしてティン先生が、ここにいるのですか?

 トーリアと子供が、凶暴なシルキードラゴンにさらわれました!!」

「落ち着きなさい、シルバー姫。

 トーリアとキャル様がドラゴンに捕まったのは、偶然ではありません。

 犯人は貴族ニッカル様の家来、眉無し側近です。

 眉無し側近はニッカル様の三女キャル様を誘拐し、私たちはそれを追いかけて山のふもとに来ました」


 ティンはそう言うと、上着のポケットから手のひらサイズの手鏡を取り出してシルバー姫に見せる。

 鏡の中にはさらわれた金髪の子供と、子供を抱きしめるトーリアの短くて太い腕が映っていた。


「これをごらんなさい。

 私がトーリアの服に縫いつけたボタンと、この(覗き見)手鏡は繋がっています」


 シルバー姫の様子を監視するために、トーリアの服に縫いつけたボタンがここで役に立った。


「ああ良かった、トーリアもニッカル様の子供も無事です。

 でもこのままでは、ふたりはシルキードラゴンに食べられてしまいます」 

「それなら大丈夫。

 この手鏡を通して私の魔力をあちらに送り、トーリアと子供を結界魔法で守りましょう。

 私の結界魔法は、古の魔王にも破れなかったほど強力です」

「えっ、古の魔王にも破られないなんて、もしかしてティン先生は伝説の勇者の仲間だったのですか?」


 思わずたずねたシルバー姫の言葉を無視して、ティンは手鏡に軽く息を吹きかけると手の平で拭った。

 

「これで良し、今から私は不眠不休で結界を張り続けます。

 しかし私が結界を保てるのは、二日が限界。

 それまでにシルバー姫はシルキードラゴンを討伐して、トーリアと子供を助け出すのです」



 ***



 警備隊が周囲を捜索した結果、シルキードラゴンに投げ落とされて首の骨が折れた灰色マントの男二人と、ドラゴンの爪で胴体が二つに裂けた眉無し側近の遺体が見つかった。

 灰色マントの男たちは中肉中背、髪の色はありふれた黒。

 歯は全部溶けて、顔に貼り付いたマスクは眼球を焼き、眼の色も判別できない。


「灰色マントの男たちは身元を示す物が無く、顔の確認もできません」

「眉無しの手には、シルキードラゴンの背骨で作られた魔笛が握られていました。

 この事件は、眉無しがドラゴンを呼び寄せて騒ぎを起こし、混乱に紛れてキャル様を誘拐したのでしょうか?」


 城に戻ってきた警備隊の報告を聞いたニッカルは、警備隊に渡された魔笛を床に叩きつけようとして、腕を振り上げたまま堪える。

 警備隊の報告を聞いたシルバー姫は、堪えきれずに叫ぶ。


「ニッカル様、眉無し側近はとても私のことを嫌っていました。

 まさか私に嫌がらせをするために、シルキードラゴンを呼び寄せたのですか?」

「そうではない、細腕姫。

 この事件は、裏で眉無しを操っていた者がいる。

 なぜ眉無しがシルキードラゴンの魔笛を持っている?

 魔笛を作るには、シルキードラゴンを倒さなくてはならない。

 しかしワシはシルキードラゴン討伐に失敗して、他にシルキードラゴンを倒した話は聞いていない。

 シルキードラゴンを討伐できたのは、過去に一度、勇者一行だけ。

 そして魔笛の所有者は、勇者の血を引く王族だ!!」


 声を荒げて叫ぶニッカルに、側で控える執事が乾いた悲鳴を上げる。

 今ニッカルは、事件の首謀者は王族だと告げた。


「なんで王族が辺境に住む我々に、ちょっかいを出してくる?」

「ニッカル様、それでは眉無しは王族に命じられて、キャル様を誘拐したのですか?」


 突然王族の話が出てきたので、城の大広間に集まった人々は戸惑う。

 そかしカーバンは、なるほどと頷いた。


「辺境に住む者たちには実感が無いかもしれないが、今の魔法千年王国は活気を失い、斜陽の一途をたどっている。

 第二王子派が能力のある貴族神官を粛正し、神官は私服を肥やすばかりで、人々は圧政に苦しみ不満を増した。

 それに引き替え、辺境鉱山は空前の好景気。

 一攫千金の夢があり、金さえあれば誰でも平等に扱われる」


 王都からこの地を訪れたカーバンは、鉱山の活気に驚き、不穏な空気の流れる王都を捨て鉱山に店を移そうと考えるほどだ。


「つまり連中は景気の良い鉱山に目を付け、ニッカル様を従わせるために子供を誘拐したのかい?」


 カーバンの話を聞いて、ラザーが怒りの声を上げた。


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