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さらわれた子供とトーリア

 倒れた馬に乗っていたふたりは、眉無し従者と貴族ニッカルの子供だった。

 トーリアは戸惑いながらも倒れた子供を抱き起こすと、金色の癖毛にプヨプヨほっぺをした幼い子供は目を開く。


「ああっ、お姉ちゃま、怖いよ怖いよっ」

「えっ、ちょっと待って。あたしはお姉さんじゃないよ?」


 小さな子供がトーリアを見て縋ってくる。

 トーリアの着ている服はニッカルの娘のお古を仕立て直したもので、服を見て姉と勘違いした子供はトーリアに話しかける。


「お父ちゃまが、お城でキャルを持っているの。

 でも眉無しはお城の反対方向に行って、馬が暴走して止まらなくなって、とても怖かったよぉ」


 金髪の子供は名前をキャルといい、まん丸に肥えてトーリアより体重がありそうだ。

 トーリアは子供の金髪の頭を撫でながら、怪我がないか確認する。

 後頭部に小さなコブがあるだけで、大した怪我はない。

 建物の中から灰色マントの二人組も出てきて、地面に倒れたままの眉無し側近に駆け寄った。


「この大馬鹿野郎。おい眉無し、魔笛を吹くのを止めろ!!

 馬が笛の音で気が狂って、使いモノにならないぞ」

「それになんだ、この太ったガキ。子供なら簡単に誘拐できるだと?

 こいつを馬無しでどうやって運ぶんだ。

 眉無し、さっさと起きてニッカルの子供を連れてこい」


 灰色マントたちは、倒れた眉無し側近を足蹴にしながら大声で怒鳴りつける。

 トーリアは男たちの会話を聞いて、眉無し側近がニッカルの子供を誘拐したのだと分かった。


「お姉ちゃま、ここはどこ?早くお家に帰ろう」

「ニッカル家のお嬢様、あたしの顔をよく見て。

 あたしはお姉さまじゃないよ」


 それまで必死にトーリアに縋っていた子供は、水色の髪のドワーフ娘の顔を見て驚くが、それでもトーリアの服を掴んで離さない。

 そうしている間に、起きた眉無し側近がふらつく足取りでトーリアのところにやってきた。


「そこの女、子どもは俺たちの獲物だ。こっちに渡してもらおう。

 なんだお前、どこかで見た顔と思ったらシルバー姫の飼っている奴隷か」

「眉無し側近こそ、どうしてニッカル様の子供を誘拐するの!!」


 トーリアは子供を後ろにかばいながら、眉無し側近を睨みつける。

 灰色マントの男たちも、トーリアとニッカルの子供を取り囲む。


「さっさと子供を連れて、一刻も早くココから逃げるぞ」

「眉無し、馬をダメにした貴様が子供を背負って運べ」


 そして灰色マントたちは、隠し持っていた剣をトーリアに突きつけた。


「こっちは時間がないんだ、命が惜しければ子供を渡せ」

「嫌よ、ニッカル様の子供は何も悪い事していないわ。

 眉無し側近、あんたはコイツ等に騙されている!!」


 トーリアは何とか眉無し側近を説得しようとしたが、男は口元に歪んだ笑みを浮かべる。


「ファハハハッ、子供を奪われたニッカルが、苦悩にのたうち回って苦しむ姿が目に浮かぶ。

 これまで俺がヤツから受けた屈辱を二倍、いや百倍にして返し……ガフッ!!」


 背が小さくて子供のような姿をしているが、人間の男と同等の力を持つトーリアは、隙だらけの眉無し側近の顔面を拳で殴ると子供の手を引っ張って走り出した。

 不意を突かれた灰色マントたちが、剣を振りまわしながらトーリアと子供を追いかけてくる。


「せめてこの子だけでも、にーにのいる病院まで逃げられれば」

「この汚らわしいドワーフ女が、手間を取らせやがって。

 貴様を先に片づけてやる!!」


 しかし子供を連れたトーリアは、あっという間に灰色マントたちに追いつかれた。

 灰色マントの男たちに左右から挟まれ、トーリアに向けて振りかざした剣に思わず目を閉じた。


「誰か、助けてっ。シルバー姫様、助けてシルバー姫様!!」


 するとその時、トーリアの頭上を大きな影が横切ったこと思うと、凄まじい風圧が地上を襲い石や岩が舞って、トーリアと灰色マントたちは数ナートル吹き飛ばされる。

 重たいニッカルの子供を抱えていたトーリアは、遠くに吹き飛ばされずに済んだ。


「ひいっ、なんでシルキードラゴンがこっちに来るんだ?」

「まさか眉無し、貴様の仕業か。魔笛を吹くのをやめろぉ!!」


 灰色マントたちの悲鳴が聞こえ、頭上を仰ぐと純白の翼をもつ巨大なドラゴンがトーリアの頭上を旋回した。

 そして少し離れた場所で眉無し側近は、獣の背骨で作られた白い笛を吹いている。


「どうして眉無し側近が、ドラゴンを操っているの?」

「どいつもこいつも、俺の事を馬鹿にしやがって!!

 さぁシルキードラゴン、灰色マントとドワーフ女を喰殺せ」


 次の瞬間、シルキードラゴンは灰色マントのふたりを鋭い鍵爪で捕らえると、空高く舞い上がり、そして獲物が気に入らなかったのか空中で捨ててしまう。

 空から投げ落とされた灰色マントは、地面に叩きつけられたまま動かなくなった。

 そしてトーリアと子供にも白い大きな影が迫り、巨大なシルキードラゴンの鍵爪に捕えられる。


「よし、いいぞシルキードラゴン。

 この子供とドワーフ女を人質にして、貴族ニッカルとシルバー姫をおびき出すんだ。

 おいドラゴン、なんで俺を威嚇する? 俺の命令を聞けっ!!」


 眉無し側近の持つ魔笛は、ドラゴンをおびき寄せるだけで従わせる力はない。

 ドラゴンは耳障りな魔笛を吹く眉無し側近を、邪魔とばかりに胴体に鍵爪で引っかけて引き裂いた。

 そして旨そうなふたりの子供を連れたまま、空高く飛び立つ。


「嫌あぁーー、水色の髪のお姉ちゃん、怖いよぉ!!

 キャルはドラゴンに食べられちゃうの?」

「誰か助けてぇ!! シルバー姫様、助けてくださいっ」



 ***



 高級旅館を飛び出したシルバー姫は、大急ぎで貧民街の『細腕城』に駆けつける。

 その時シルキードラゴンは急に向きを変えて、貧民街から遠ざかってゆくところだった。


「大丈夫だよ細腕姫。

 子供たちは全員城に避難して、誰もドラゴンに食われなかった。

 ドラゴンも鉱山の外に移動したから、もうここには戻って来ないだろ」

「でもラザーさん、私には奇妙な笛の音が聞こえるのです。

 それからトーリアの姿が見当たりません」

「アタイには笛の音なんて聞こえないよ?

 トーリアなら兄貴の見舞いに、山のふもとの病院に出かけている」

「山のふもとの病院?

 そう言えばこの笛の音も、山のふもとから聞こえます。

 私はなんだか、先ほどから奇妙な胸騒ぎがするのです。

 お願いですラザーさん、私をその病院まで連れて行ってください!!」


 魔力を封じられているが、五感が常人の十倍あるシルバー姫は、人の気づかないわずかな変化も感じ取れる。

 そしてシルバー姫とラザーは、山のふもとの病院に向かう。



 そして山のふもとにたどり着いたころ、シルバー姫は空の彼方からトーリアの悲鳴を聞いた。

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