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裏切り者の暗躍

 突如貧民街の上空に現れたシルキードラゴンを、鉱山貴族ニッカルは完成した『ニッカル城』の最上階で腹立たしく見つめていた。


「我が領地を荒らし回る憎きシルキードラゴンめ。

 この城が完成したら、次は各地から実力のあるドラゴンスレイヤーを呼び集め、必ずお前を討伐してやる。

 ここには切り札の、シルバー姫がいるのだから」


 するとニッカルの言葉が聞こえたかのように、シルキードラゴンは上空から城すれすれに降下する。

 魔獣の襲撃にも耐える碧深海水晶で出来た窓ガラス越しに、シルキードラゴンと目の合ったニッカルは首を傾げた。


「なんだコイツ、酔っぱらっているみたいに目の焦点が合ってない?」 

「ひぃっ、ドラゴンがご主人様を狙っています!!

 ここは危険です、早く下の階へ危難してください」


 ドラゴンとにらみ合うニッカルに、付き添っていた家臣は驚きの声を上げ、護衛の者たちに守られて安全な最下層の大広間に避難した。


「何でこんな時期に、シルキードラゴンが現れるんだ?」

「ドラゴンは城の周りを何度も旋回して、何かを探しているみたいだ」


 明日の『ニッカル城』完成式典の準備途中に、ドラゴンの襲撃を聞いて大広間に避難してきた者たちは、皆不安げな顔をしている。

 大広間に降りてきたニッカルは、まだ飾り付け途中の壇上にあがると一つ大きな咳払いをした。


「ウォホン、アレがいる間は作業は中止だ。

 ワシはシルキードラゴンを『二ッカル城』完成式典に招待した覚えはないぞ。

 召使いたち、避難してきた者に明日出す予定の食べ物をふるまえ」

「ええっ、ニッカル様。そんな事をしてもいいのですか?」

「明日の式典では、ドラゴンに食料を奪われたと言い訳すればよい。

 さぁ皆の者、辺境鉱山では珍しい果物や、海の向こうから取り寄せた異国の酒を飲み食いするがいい」


 シルキードラゴンの恐怖から、領主ニッカルを縋るように見つめていた人々の視線が、次々運び込まれてくる酒や食料に移る。

 辺境鉱山の住人はタフだ。

 魔獣に襲われる不安より、一生に一度のチャンスかもしれない御馳走を前に、瞬く間に大広間は宴会場と化た。

 ニッカルは早い機転で、避難民の恐怖を紛らわせた。

 しかしそこへ、一台の馬車が『ニッカル城』の城門を粉砕し突進してくる。

 馬の手綱を握るのはニッカル家婦人で、それを見た護衛の者たちは慌てて城内に馬車を招き入れた。

 馬車から転がり出ると、まん丸と太った婦人が慌ててニッカルのもと駆けてくる。


「大変よ、マイダーリン。おちびちゃんが、ひとり足りないの」

「マイハニー、それはどう言うことだ。娘たちは全員上の屋敷にいるのだろ?」

「シルキードラゴンが現れる少し前、眉無し馬番がキャルちゃんを連れて行ったの。

 ダーリンは明日の式典で、キャルちゃんをお披露目すると言ったのでしょ?」

「どうしてワシが、キャルひとりだけ贔屓する。

 眉無しにそんな命令をした覚えはないぞ。

 まさか、今ヤツはどこにいる!!」

 


 ***



 その日トーリアは、鉱山ふもとの病院に兄の治療費を持って出かけていた。

 わずか数ヶ月で、鉱山労働一年分の治療費を稼いだトーリアに、兄はとても驚く。

 そして五日後に砕けた腰の治癒魔法施術をすると決まり、兄妹は喜んだ。


「それじゃあにーに、元気にしてね。

 あたしはこれからシルバー姫様のお引っ越しを手伝いに行くの」


 山のふもとから中腹のある白い塀に囲まれた鉱山の広場と、その下に建てられた『細腕城』と『ニッカル城』がよく見える。

 トーリアがドラゴン襲撃の警報を聞いたのは、病院を出て十分ほど歩いてからだった。


「まさか、こんな時期にドラゴンが現れたの?

 あたしもどこか、安全な場所に隠れなくちゃ」

 

 しかし今トーリアがいる場所は鉱山へと続く道のまん中で、あまりに見晴らしが良すぎる。

 慌てて周囲を見渡すと、道を外れた場所に古い城壁のような残骸があり、トーリアはそこに避難することにした。

 石造りの古い建物は大昔の関所だったらしく、二つの入り口の右側は石で埋まっていた。


「すみません。警報が鳴っているので、避難させてください」


 トーリアは左の入り口から中に入ると、すでに二人の先客がいる。

 辺境鉱山では、魔獣から逃げてきた避難民は誰でも受け入れるのがルールだから、トーリアは軽く会釈して建物の中に避難した。

 先客の二人は、灰色マントに顔をマスクで覆った奇妙な姿をしている。


「貧民街のみんなは、ちゃんとお城に隠れたかな?

 シルバー姫様は、きっとドラゴンより強いから、心配しなくても大丈夫だよね。

 病院には沢山の魔法使いがいるから、にーにも大丈夫」


 トーリアは自分に言い聞かせながら身を潜めていたが、いつまで経っても魔獣襲撃の警報音は鳴り止まない。


「なんだろう、いつもと違う。変な感じがする」


 するとそこへ、道向こうから馬に乗った男が子供を連れて、こちらに走ってくるのが見えた。

 しかし馬の様子がおかしい、暴れ馬だ。

 馬は血走った目で口から泡を吹きながら駆けてくる。

 石造りの建物の前に来ると、前足から崩れ落ちて横倒しになり、乗っていた男と子供は地面に放り出された。

 建物入り口近くにいたトーリアは、慌てて投げ出された子供に駆け寄る。


「そこのおじさんも、女の子も大丈夫?

 早く逃げないとドラゴンがこっちに……えっ、あんたは!!」


 明るい金色の巻き毛に、沢山のフリルとリボンのついた豪華な服を着た、まん丸と太った六歳ぐらいの女の子にトーリアは見覚えがある。

 そして同じく馬から投げ出されて倒れる男も、トーリアは知っていた。


「なんで貴族ニッカル様の子供が、眉無し側近に連れられてこんな場所にいるの?」


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