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灰色マントの偵察者たち

 すどん、ダダン、ダダン、ずしっ、どすどす。


 重々しくリズミカルな崩壊の音。

 ダンスに夢中になったシルバー姫は、加減無しの千人力のステップで、蜂の巣を粉砕する。

 居座り老人の住居も、天井からパラパラと砂粒が落ちてきて、膝の高さまで砂が積もったところで堪らず悲鳴を上げる。


「ひぃいいっ、蜂の巣が、崩れちまう。

 俺はこんな場所で、砂に埋もれて死ぬのは嫌だ!!」


 慌てて部屋を飛び出した老人は、その光景に愕然とする。

 廊下だった場所の天井はなく青空が見える。

 そして隣の部屋も向かいの部屋も消えて、まるでケーキをヒトカケラ残すように老人の部屋だけが残されていた。

 蜂の巣があった場所に巨大砂山が出現し、その真ん中に一本の柱のように老人の部屋だけが存在している。


「うわぁ、なんだこりゃ!!

 俺はここにいるぞ、誰か助けてくれぇ」


 居残り老人の悲鳴が周囲に響き渡るが、蜂の巣解体作業を遠くから眺めていた人々は、散々困らされた老人を冷めた目で見ている。


「大丈夫ですか、お爺さん。早くここから出ましょう」


 居残り老人の部屋がある場所は地上十五ナートル。

 いきなり声をかけられた老人が驚いて振り返ると、部屋の上に青紫色のドレスを着た長い銀髪の娘が立っていた。


「あんたはさっきラザーと一緒にいた娘。

 そうか、あんたもここに取り残されたのか。

 上は危ないからワシの所に降りてこい」


 部屋にこもっていた居残り老人は、まさかこの可憐な娘が蜂の巣を踏みつぶして解体した張本人とは思わない。

 シルバー姫は老人を安心させるように微笑むと、部屋の上からドレスを翻して老人の側に降りてきた。


「蜂の巣が壊れると話していたが、まさかワシの部屋だけ残して砂粒みたいに砕けてしまうとは……恐ろしいや恐ろしや」

「お爺さん、聞いてください。私は住まいを失うお爺さんの気持ちが良く分かります。

 私は意地悪な継母に命を狙われ、思い出のある家を奪われ、大罪人として鉱山に連れてこられました」


 突然始まったシルバー姫の過酷な身の上話に、さすがの居座り老人も顔を引きつらせる。

 そんな老人を、シルバー姫は励ますように話を続ける。


「でも奪われた家の代わりに、ここに新しい家が出来ました。

 私は細腕城で、ラザーさんやトーリアさんや、みんなと一緒に新しい生活を始めます。

 細腕城のお部屋は、とても綺麗で頑丈に出来ています。

 お爺さんも私と一緒に、細腕城に住みましょう」


 家が倒壊寸前で全てを失う老人に、女神のような娘は手を差し伸べた。

 居残り老人は無意識のうちに彼女の手を取ると、いきなり万力のような強い力で拘束される。


「ラザーさん、これから私は、お爺さんと一緒に下へ飛び降ります」

「ここから飛び降りるだと、お前死ぬ気か!!

 やめろぉ、腕を離せ、ヒィイッ助けてくださいっ」


 千人力で跳躍すれば雲にも手が届くシルバー姫にとって、十五ナートルの高さから飛び降りるのは、階段の一段目を飛び降りる程度の事だった。

 しかし様子を見ていたトーリアが、制止の声をあげる。


「シルバー姫様、止めてください。

 そんな高い所から飛び降りたら、ドレスがめくれておみ足が丸見えにっ!!」


 飛び降りる寸前、シルバー姫は慌てて老人を片手で抱え直し、片手でスカートと押さえながら地上十五ナートルをダイブする。

 ふわり、と傘を開くようにドレスが広がってめくれあがり、その時偶然そばを通りかかった腰の曲がった老人が、飛び降りたシルバー姫のドレスの中身をしっかり見てしまった。


「ふおっ、ありがたやありがたや。

 空から舞い降りた細腕姫様のおみ足は細くて白く輝いて、ワシがこれまで見た女の足の中で、いいや、大神殿の天女像より美しかった」

「大変だぁ、ジイジの曲がった腰が、シャンと真っ直ぐになったぞ!!」

「これが噂の、細腕姫の生足を見た者は若返るという回春の御利益!!」

 

 居座り老人を説得して、腰の曲がった老人を若返えらせる。

 こうしてシルバー姫の蜂の巣解体作業は終了した。



 ***



 豪華絢爛な『ニッカル城』は、魔法千年王国を支配する王族の『金剛妃離宮』より豪華で、法王の大聖堂より大きい。

 辺境鉱山に潜伏する灰色マントの間者たちは、この様子を苦々しく思っていた。

 場末の飲み屋で、顔をマスクで覆ったに灰色マントたちの集会が行われている。


「あのシルバー姫を保護しているのは、鉱山貴族ニッカルだ」


 シルバー姫を保護しているのは仕立屋カーバンだが、灰色マントたちは激務に疲れた顔で貴族ニッカルの屋敷に通うカーバンを、単なる使用人と判断した。


「しかもニッカルは辺境鉱山に送られた政治犯を召使いにして、連中を使い事業を拡大している」

「ヤツの権力は大きくなりすぎた。辺境貴族のくせに目障りだ」

「どうやればニッカルの力を削げる。ヤツに弱みはあるのか?」


 危機感を募らせる灰色マントたちに、部屋の隅にいた男が話かける。

 

「それでしたら、私に良いアイデアがあります」

「うるさいぞ黙れ、役立たすの眉無し馬番め。

 お前が貴族ニッカルの側近と言うから仲間に入れたのに、シルバー姫の妨害すら出来ない」

「それにコイツ、俺たちのことを知りすぎている。

 どうする……処分するか?」


 とある高貴な方の間者であり暗殺者の灰色マントたちは、冷酷な瞳で眉無し側近を睨みつけた。


「ひぃいっ、ちょっと待ってくれ。

 あのニッカルの弱点は、でっぷり太った婦人と六人のうるさいガキどもだ。

 俺は馬番に身分を落とされて、ニッカルの婦人やガキどもの送迎をさせられている」


 眉無し側近が苦し紛れにしゃべった情報を、灰色マントたちは聞き逃さない。


「なるほど、ニッカルは娘六人子供がいるのか。

 いくら役立たずの眉無しでも、子供一人ぐらい簡単に連れ出せるだろう」

「えっ、まさか俺が、ニッカル様の子供たちを誘拐するのですか!!」

「この中でニッカルの家族を屋敷から連れ出せるのは、お前しかいないだろ。

 家族を人質に取られれば、あのニッカルも少しは大人しくなるはずだ」

「お前は我々に逆らえる立場にない。

 しかし仕事が上手くこなせれば、お前は王都でそれなりの身分を与えられるだろう」


 これまで辺境鉱山の管理を任されていた眉無し側近は、貴族ニッカルの富は自分の働きのおかげだと自負していた。

 だから仕事を辞めさせられた恨みが強い。


「俺がいくら働いても、儲けは全てニッカルのモノ。

 そして役に立たなくなれば、用済みと馬番に身分を落とされた。

 こんな汚らわしい地獄のような場所に、これ以上いられるか。

 俺は王都で人生をやり直す、そのためだったら犯罪にも手を染めてやる!!」

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