蜂の巣撤去,
「えっ、しかしカーバンの店を作る方が先で……」
突然貴族ニッカルに城を造れと命じられた赤毛のラザーは、思わず言い返そうとした。
しかしニッカルの後ろに控えていたカーバンが首を横に振り、領主に逆らうなと合図する。
この件はカーバンの店は後回しにして、ニッカルの注文を先に受けろという事だ。
「どうした、返事はまだか?
それともお前程度の建築士では、金剛妃離宮のような城は造るのは無理か」
辺境鉱山での建物建設は、とても容易かった。
資材はほとんど現地調達、千人力のシルバー姫が岩山を図面通りに掘り進め、後の細かい作業は職人に頼めばいい。
それに鉱山から産出される宝石を一手に扱う貴族ニッカルは、自前で建物を飾りたてられる。
つまり金剛妃離宮以上のモノを造れるか否かは、赤毛のラザーの腕次第だ。
「金剛妃離宮以上の城を造る……、それは全ての建築士の憧れ。
分かりました貴族ニッカル様、その命を、つつしんでお受けいたします」
「そうか、引き受けてもらえるか。
表に馬車が待機している、今すぐワシの屋敷で打ち合わせをしよう」
見栄っ張りで好奇心旺盛で忙しい鉱山貴族ニッカルは、ラザーを連れてさっさと屋敷に帰ってしまった。
これまで貧民街で才能を埋もれさせた赤毛のラザーは、立身出世の糸口をつかむ。
しかし今日まで、『カーバン服飾店』の建設準備をしてきたティンは納得できない。
「旦那様、どうしてニッカル様を連れて来たんですか!!
おかげで『カーバン服飾店』建設が後回しにされました」
「だってティン、貧民街にはこれほどの腕を持つ建築士と職人がいるんだ。
ニッカル様は能力さえあれば、身分に関係なく引き立ててくださる。
これはラザーだけでなく、食うに困っている貧民街の住人が仕事を得るチャンスだ」
カーバンの言葉に、さすがのティンも納得するしかなかった。
そして恋するシルバー姫は、カーバンの考えに瞳を潤ませて感動する。
「カーバン様のおっしゃる通り、貴族ニッカル様のお屋敷建設なら、貧民街に仕事が増えてお金が落ちます。
それにお城が完成したら、城の管理維持には大勢の使用人が必要になります。
貧民街に住む女性たちを教育すれば、メイドとして何人か雇ってもらえるかもしれません。
こういう事は、ティン先生が得意だと思います」
「分かりました。ここまで貧民街に関わったなら、私も最後まで付き合いましょう。
シルバー姫の訓練は終了したので、次は貧民街の女たちを教育します。
では旦那様、教育を施した貧民街の女をメイドとして雇い入れるように、ニッカル様と掛け合ってください」
ティンの言葉を聞いて、なぜか侍女トーリアが「ひいっ!!」と乾いた悲鳴を上げる。
「ありがとうティンさん、これで貧民街の女たちも将来に希望がもてる。
アンタ口うるさくて面倒な女だと思っていたけど、真剣にアタイたちの事を考えてくれたんだな」
後日、赤毛のラザーと女たちに感謝されるティンの姿を、トーリアは複雑な気持ちで見つめた。
ティンのスパルタ指導に、何人の女たちが耐えられるだろう?
「みんな、頑張ってください。これから地獄の猛特訓が……始まります」
***
それからわずか一週間で、『ニッカル城』建設が始まった。
『ニッカル城』は『細腕城』の後ろにある岩山を掘って造る。
一緒に貧民街も整備することになり、崩れそうな蜂の巣の岩山住居は撤去が決まった。
「領主ニッカルの命令だかなんだか知らないが、俺は絶対に蜂の巣から出ていかないぞ」
「でも爺さん、この蜂の巣は長い間大勢の人間が住んでいたせいで、岩そのものが脆くなっていつ壊れてもおかしくないんだ」
赤毛のラザーが必死に説得するが、蜂の巣に居座る老人は動こうとしない。
この老人はかなりのへそ曲がりで、情に厚い貧民街の住人すら見捨てるほど自分勝手だった。
「ラザーさん、このお爺さんを無理やり蜂の巣から追い出したらかわいそうです」
「なに言ってんだよ、細腕姫。
もし蜂の巣が崩れたら、隣の『細腕城』や建設中の『ニッカル城』まで被害が出る」
「確かにラザーさんの言う通り、岩が脆くなって、ほら、簡単に砕けます」
シルバー姫は大人の頭ほどの硬い岩を両手で抱えると、居座り老人とラザーの目の前でほんの少し指に力を入れた。
すると岩が割れるのではない、まるで手品のように一瞬で砂塵となって床にばら撒かれる。
「ひぃ、俺の頭をヌイカのように割るつもりかぁ!!
人間が岩を粉々に砕けるものか、そうだ、魔法を使ったんだろ。
チクショウ、こんな脅しに俺が屈するものか」
『細腕城』建設中も部屋に居座っていた老人は、シルバー姫の実力を知らない。
力を見せつけられても立ち退かない老人に、ついにラザーの堪忍袋の尾が切れる。
「もういいよ、爺さんの説得は諦めた。これから蜂の巣の解体撤去作業に入る。
頼んだぞシルバー姫、思いっきり蜂の巣を壊してくれ」
「分かりました、ラザーさん。
お爺さんの部屋だけ残して、蜂の巣を解体します」
そう言うとシルバー姫は、階段を上がって蜂の巣の最上階にのぼる。
シルバー姫が鬼赤眼石の靴で床を踏むと、もろい岩で出来た床は一瞬で砂粒になった。
そしてシルバー姫は下にいる人間に危険が及ばないように、できるだけ念入りに細かく床を踏みつぶす。
しかし蜂の巣は四十五階の岩穴住居で、それを上から一階ずつ崩すのはとても手間がかかり、さすがのシルバー姫も三十二階まで潰したところで飽きてしまった。
「たった一人での作業は退屈です。
そうですわ、良いことを思いつきました。
この高い場所なら、人目を気にせずダンスのステップの練習が出来ます。
カーバン様とダンスの約束をしたけど、うっかり足を踏まないように練習しましょう」
シルバー姫は蜂の巣の上で、青紫色の舞踏ドレスを翻し、華麗なステップで踊りだした。
トン・トン・タタン、タタ・タンタン。
シルバー姫がステップを踏むたびに巨大蜂の巣全体を揺るがし、岩は振動で砂粒となってザラザラと崩れる。
※ヌイカ=スイカに似た果物




