表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/49

貴族ニッカルの『細腕城』見学,

 ジャケット騒動の後、貧民街の酒盛りに加わったカーバンは、完全に二日酔いでのたうち回っていた。

 そんな主人をティンは見捨て、朝から『細腕城』建設現場に出かける。

 シルバー姫も鉱山の仕事を午前中で片づけて、午後は貧民街へ向かった。

 『細腕城』一階の大工事は終わり、貧民街の老人たちが室内の細かい装飾に取りかかっている。

 若い頃は王宮の建設に関わった職人の老人たち、そして貧民街の女たちはシルバー姫の仕事の補佐に回った。

 ティンはシルバー姫以上に『細腕城』に熱中して、赤毛のラザーが修正した図面にあれこれと注文を付けている。


「この『細腕城』の図面を見れば、ラザーさんの設計師としての腕は確かです。

 きっと素晴らしい『細腕城』、それから『カーバン服飾店』が出来あがるでしょう。

 気になると言えば『細腕城』の窓がとても小さい事ですね」

「あんたたちは辺境鉱山に来たばかりだから、魔獣シルキードラゴンを知らないのか。

 全身純白の鱗と翼で、見た目だけは美しい獰猛な肉食上位ドラゴンだ。

 辺境鉱山は年に二、三回、シルキードラゴンに襲われる。

 シルキードラゴンは特に小さい子供が好物で、金持ちの住む上の広場は兵士がドラゴンを追い払うが、ここ貧民街は誰も守ってくれない。

 だから『細腕城』を要塞のように強靭に造り、いざという時の避難場所にした。

 城の最上階はドラゴンの襲撃に備えた監視塔の役割がある」

「だから岩山住居の入口は蜂の巣みたいに小さくて奥に広く、『細腕城』の入口は正面と後ろの二か所だけなのね」

「いくら上位種のドラゴンでも、硬い岩山で造られた『細腕城』を壊すことはできない。

 だいたい三ヶ月後、鉱山アジサイの咲く時期にシルキードラゴンは現れるから、それまでに『細腕城』を完成させたい」


 真剣な表情で語るラザーに、シルバー姫は感動して答える。


「私は鉱山に連れてこられてから、すっと自分の事だけを考えて、紫鉱山のトンネルも細腕城も自分のために造りました。

 でもラザーさんは、自分より仲間の幸せを考えて行動しています。

 これからも私は、ラザーさんのお手伝いをしましょう」


 そしてシルバー姫の活躍と、なぜか現場監督を始めたティンの指導で、一カ月後に『細腕城』は完成した。



 ***



 貧民街に突然現れた『細腕城』を見て、辺境鉱山の人々は驚いた。

 それは辺境鉱山を治める領主ニッカルの屋敷より大きく、もしかしたら北の大聖堂より立派かもしれない。

 そして『細腕城』に興味津々なのは、ティンひとりだけではなかった。

 貧民街の住人たちがささやかな『細腕城』完成式典を開いている時、仕立屋カーバンが恰幅の良い貴族の男を連れて式典会場に現れる。

 見栄っ張りで好奇心旺盛な鉱山貴族ニッカルが、それに関わってくるのは当然だった。

 突然の領主の登場に貧民街の人々が慌てふためく中、貧民街を取り仕切っている赤毛のラザーは冷静な顔で貴族ニッカルの前に来ると、格式に則った挨拶をした。

 恐ろしいほどの覇気をまとう破壊者デストロイヤーシルバー姫と接してきたラザーは、どれほど身分が上の相手でも、普通の人間なら恐れることはない。


「鉱山領主ニッカル様、このような粗末な貧民街へ、ようこそいらっしゃいました。

 自分は貧民街の世話役をしております、ラザーと申します」

「お前が『細腕城』を設計した、建築士ラザーか。

 招待はされていないが、ワシは仕立屋カーバンと旧知の仲なんだ。

 この度は『細腕城』完成おめでとう。

 それでは領主のワシの屋敷より立派で大きい、『細腕城』を見せてもらおう」


 ニッカルは少し嫉妬を滲ませた口調で話し、ニヤリと笑う。

 これで脅せば大抵の人物は萎縮してしまうが、ラザーはニヤリと笑い返す。

 優秀な人材なら政治犯でも召し抱えるニッカルは、赤毛のラザーを品定めするように頭の上から足元まで眺める。

 それからラザーの案内で、一同は完成した『細腕城』を見学する。

 巨大な『細腕城』の小さな入口から背をかがめて中に入ると、城内は荷車が通れそうな大廊下が一直線に伸びて、城の反対側へと続いていた。

、城内は廊下の両方に並ぶ部屋の扉だけは木製で、それ以外は全て岩を掘って作られている。

 建物の中央は城の最上階まで吹き抜けの巨大な広場で、壁は広い螺旋階段になって、住人たちが上の階へ行き来している。

 『細腕城』は建物というより、岩の中に作られた一つの街だった。


「これは噂通り、いやそれ以上の素晴らしい建物だ。

 ワシの屋敷より数十倍、面白い造りをしている。

 この『細腕城』は完成しているのか?」

「はいニッカル様、城の三階まで人が住んでいます。

 一階は年寄りや小さな子供を抱えた家族が優先に住んで、二階は大家族や独り身の女たちが共同生活を送っています。

 そして三階の半分は身寄りのない男たちの共同住居、残り半分はわたしの作業場です」

「えっとニッカル様、四階から上はシルバー姫の住居になっています。

 俺の従者ティンが何度も図面を変更したせいで、部屋の内装はこれからで家具もありません」


 ニッカルに付き添っていたカーバンが、四階から上はまだ住める状態ではないと説明した。

 全てが岩を掘って造られた城の中を見終わったニッカルは、興奮した様子でシルバー姫に話しかけた。


「そういえばワシは、まだ細腕姫が働いているところを見た事ないな。

 細腕姫が岩を砕く姿は、まるで小さな巨人王だと鉱山奴隷たちが噂する。

 ワシも一度その姿を拝んでみたい」

「ありがとうございます、ニッカル様。

 では明日にでも鉱山の仕事現場に来ていただければ……」

「いいや、ワシは鉱山には行かない」


 貴族ニッカルはシルバー姫の申し出を断り、そして赤毛のラザーの方を向いた。

 

「これで『細腕城』はほぼ完成だな。

次の予定はカーバンの店らしいが、その前にワシのための豪華絢爛な建物を造ってくれ」

「ええっ、ニッカル様。いきなりそれは……」

「細腕姫の家財道具一式と、カーバンの店の建設資金は全てワシが出してやる。

 建築士ラザー、そしてシルバー姫、これは辺境鉱山領主ニッカルの命令だ。

 王都で一番煌びやかといわれる金剛妃離宮、それより派手で美しい『ニッカル城』を建てるのだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ