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貧民街の宴会,

 貧民街の岩山住居、別名『細腕城』建設は、事故もなく順調に建設が進んでいた。


「あたしたちだけじゃ岩に穴を10セソチしか空けられなかったのに、細腕姫のおかげで岩山一階の中央ホールと住居三十室が出来上がったよ」


 しかしシルバー姫は浮かない顔をしていた。

 赤毛のラザーが書いた設計図通り岩山を掘るのは、力任せに掘った紫鉱山のトンネルより時間がかかる。


「トンネルは一週間で掘れたけど、岩山住居は丁寧に掘り進める必要があって難しいわ。

 私が力不足なばかりに、まだ『細腕城』は一階しか出来上がっていません」

「シルバー姫、アンタが力不足だったら他の連中は赤ん坊程度の力しかないぞ。

『細腕城』なんて名前を付けたのはアタイだけど、全部アンタが造る必要はない」

「そうですよ、シルバー姫様。

 シルバー姫様の日傘を真似てピッケルの先端に鬼赤眼石を付けたら、女や年寄りも硬い岩を掘れるようになりました」


 シルバー姫の隣には、男物のジャケットとズボンを穿いて現場を指示するラザーがいる。


「鉱山は男物の服の方が動きやすいんだ。

 シルバー姫もドレスなんて着ていないで、ズボンを履いた方が作業しやすいぞ」

「いいえラザーさん。私はその逆です。

 身軽な服装をして力の加減を忘れたら、歩いて地面にひび割れを作ったり、腕を振り回した弾みに建物を破壊してしまいます。

 常に力を意識するには、この舞踏ドレスが一番なのです」

「それに綺麗なシルバー姫様の影響で、貧民街のみんなも服装が小綺麗になりましたよ」


 トーリアが嬉しそうに言ったが、シルバー姫が貧民街にもたらした副産物はそれだけではない。

 鬼赤眼石の靴を履いたシルバー姫が貧民街に何度も通っているうちに、道に転がる大きな石が粉砕されデコボコ道が踏み固められて平坦になった。

 道が綺麗になると、馬車や荷車が走らせやすい。

 特に隣領地から運ばれる飲料水は貧民街を通って運ばれるので、重たい水の運搬が楽になったと辺境鉱山に住む人々に喜ばれた。




 陽が沈み『細腕城』の建設作業が終了して、旅館に帰ろうとするシルバー姫にトーリアが声をかけた。


「シルバー姫様、今日はあたしの家で夕食を召し上がって下さい。

 道を綺麗にしてくれたお礼にと、『狐の葡萄亭』が料理を持ってきたんです」


 そしてシルバー姫は蜂の巣の中にあるトーリアの家に向かうと、すでにラザーと貧民街の住人が押し掛けていた。

 レストラン『狐の葡萄亭』の料理は、貧民街ではお目にかかれないモノばかりだった。

 瑞々しい新鮮な野菜や果物、それに遠く離れた海から運ばれてきた魚料理。

 普段は配給の穀物とわずかな野菜や肉を食べている貧民街の人々は、『狐の葡萄亭』の料理に飛びつき、そしてお約束のように酒が出て宴会が始まった。

 自宅をラザーたちに占拠されたトーリアは、家の外にイスとテーブルを出してシルバー姫に料理を給仕しながら申し訳なさそうに呟いた。


「あたしが貧民街に連れてきたせいで、シルバー姫様のお仕事を増やしたみたいです。

 シルバー姫様の鉱山奴隷契約は八十年もあって、刑期を減らす為一日も無駄には出来ないのに……」

「トーリアさんが責任を感じる必要はないわ。広場の外を見たいと言ったのは私です。

 それに穴を掘って宝石を採掘するだけより、みんなで住める『細腕城』掘りの方がずっと面白いわ」


 すると背後からシルバー姫に抱きつくように、ラザーが声をかけてきた


「あははっ、なに湿気た顔してんだよトーリア。

 しるばぁ姫ぇ、水より酒の方がいいだろ。

 とっておきの岩石モグラ干し肉を、食え食え!!」

「あっ、酔っぱらっていますねラザーさん。シルバー姫様はお酒は飲みません」

「ふわぁ、しるばぁ姫の背中はすべすべのもちもちで、少し冷たくて触り心地いいぞぉ」


 酔っぱらいのラザーはシルバー姫にもたれかかると、ドレスの大きく開いた背中に手をはわす。

 シルバー姫は、ラザーにしがみつかれても、子猫がしがみついている程度にしか感じない


「そ、そこの赤毛野郎、今すぐシルバー姫から離れろ!!」

「赤毛野郎だと!!

 ああん、テメェ誰に向かって口を聞いてんだ。

 ここらへんじゃ見かけないヤツだなぁ」

「えっ、どうしてカーバン様がここに……」


 シルバー姫にじゃれていたのを邪魔されたラザーは、酒のせいで普段よりガラが悪くなり、大股でカーバンに近づく。

 背が高く細身のラザーが男物のジャケットを着ると、後姿は男にしか見えない。

 正面からラザーを見て女性だと分かったカーバンは、焦りの声を上げる。


「も、申し訳ない!!

 君が男物の服を着ているから、俺はてっきりシルバー姫に近づく不届きモノだと思って……」

「このアタイを男に間違えただと!!

 お前やたら良い服を着て、さてはシルバー姫を囲っている貴族野郎だな」


 酔っぱらったラザーは、怒りに任せて男物のジャケットをカーバンに投げつける。


「ラザーさん、ごめんなさい。

 きっとカーバン様は、帰りの遅い私を迎えに来てくれたの」

「シルバー姫が謝る必要ないよ。

 コイツの所に帰っても、狭いソファーで寝かされるだけだろ。

 それならさっさと家出して、『細腕城』の大きな寝台でゆったり休んだ方がイイ」


 シルバー姫が赤毛のラザーを説得している間、カーバンは投げつけられたジャケットをいじっている。


「ほう、かなり古い品だが生地も仕立てもいい。

 しかし体のラインにあわないジャケットを着ているから、男と間違われるんだ。

 肩幅を調整して袖口を細く、ウエスト部分をくびれさせよう」

「うわぁ、ちよっとあんた、何してる。

 アタイの服を、ハサミで切り刻みやがった!!」

「落ち着いて下さい、ラザーさん。

 カーバン様は仕立屋だから、ラザーさんのジャケットを仕立て直しているんです」


 いつの間にかハサミと針と糸を手にしたカーバンは、目にも留まらぬ早業でジャケットの補正に取りかかった。


・細腕姫、連載開始から1カ月、応援ありがとうございます。

 書き溜めていた分を消化したので、ほぼ毎日更新から週3回の更新になります。

 これからも細腕姫を、宜しくお願いします。

 

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