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鬼牛のタンシチューと緑妖精サラダ,

 店主に酒のメニュー表を渡されたシルバー姫は、慌てて断ると二人分のジュースを頼む。


「それでトーリアさんは、お風呂に入る時、お水を見て大騒ぎしたのね」

「あたしは他人に体を洗われたことなくて、それで驚いたんです。

 まさかティン様が、あたしの体のサイズを測っているなんて知らなかったし。

 お風呂には入らないけど、体の汚れがひどい時は川で洗いますよ。

 でも川の水を飲んだらお腹を壊します」


 トーリアとおしゃべりをしている間に、料理が運ばれてくる。

 赤みがかった鬼牛のタンと数種類の野菜がじっくり煮込まれた熱々のシチュー。

 柔らかい白パンと歯ごたえのある雑穀パンが二個。

 大皿に二人分の緑妖精サラダが盛られ、食べる分だけハシで取り分けるようになっていた。

 それを見たシルバー姫は、張り切ってハシを手に取る。


「トーリアさんのサラダは、私が取り分けてあげます」

「えっ、急にどうしたのですか、シルバー姫様?

 食事の給仕は、侍女のあたしがします」

「お願い、トーリアさん。

 私、カーバン様と一緒にお食事をした時……何度もハシを折って大失敗したの。

 だから上手に料理の給仕ができるように、練習したいの」

「シルバー姫様はそんなにカーバン様の事が。

 分かりました、それではサラダの取り分けはシルバー姫様にお任せします」


 そしてシルバー姫は、頬をほんのりと赤く染め瞳をキラキラと輝かせながら、器用にハシを使い小皿にサラダを取り分ける。

 トーリアは高級旅館でカーバンの姿を二回ほど見たことがあるが、背の高いボサボサの黒髪に無精髭で、やたら忙しそうにしている地味な男だった。

 落石事故でカーバンが助けを呼んだおかげで、兄も助かったから彼には感謝している。

 でもシルバー姫のお相手は、もっと上品で顔立ちが良くて若い王子様が似合いそうだと、トーリアは

思った。


「ではトーリアさん、食前のお祈りをして……さぁ、いただきましょう。

 シチューの鬼牛タンは、フォークで刺すと崩れるくらい柔らかく煮込まれています」

「あたしは半年ぶりにお肉を食べます。

 はふはふっ、熱っ、濃厚な味のシチューに肉と野菜がもちもちホクホクで、とても美味しいです。

 でもシルバー姫様は元大貴族、この料理はお口に合いますか?」

「ええ、とても美味しいわ。

 私は今まで何度も義母に命を狙われて、よく食事に毒が盛られていたの。

 だから毒殺の心配無く普通に食事ができて、私はとても幸せよ」


 向かいの席でシチューを食べているトーリアの手が止まり真顔になるのを見て、シルバー姫は安心させるように微笑んだ。

 そしてシルバー姫自身も、スプーンをへし折ったり皿の割らないように、細心の注意を払いながら食事を続ける。


「そういえばトーリアさん、確か鉱山の仕事の給金は3000エソでしたね。

 ここの料理と飲み物だけで給金の半分以上使ってしまうのに、大勢の鉱山奴隷が食事をしています」

「シルバー姫様、鉱山で価値のあるレア鉱石を見つければ、給金は十倍二十倍に跳ね上がります。

 ここで食事ができるのは、レア鉱石を掘り当てた者たち。

 シルバー姫様の見つけた鬼赤眼石は価値二十倍のレア鉱石だったから、そのオコボレを拾う奴隷たちが荷車の周りに群がっていました」


 食事の最後に運ばれてきた岩石苺のジュースはとても甘く、トーリアは大喜びしたが、シルバー姫には甘すぎて口直しに水が欲しいと思った。


「ここで一番価値があるのは、高価な鉱石より綺麗な水ですね」



 ***



 小さなレストラン『狐の葡萄亭』入口正面に豪華な馬車が停まると、痩せた御者が店の扉を乱暴に叩いた。


「おおい、店主はいるか。

 貴族ニッカル様が注文した品を受け取りに来たぞ。早くもってこい!!」


 シルバー姫の聞き覚えのある甲高い声が『狐の葡萄亭』に響き渡る。

 店内の視線が一斉に痩せた御者に注目すると、鉱山奴隷たちはその顔を見て驚いた。


「おい、あれは監督者を牛耳っていた、貴族ニッカルところの眉無し側近じゃないか」

「あいつは朱色組を裏で操って細腕姫の邪魔をしていたんだ。

 それがニッカルにばれて、御者に格下げられたらしい」


 客の噂話を聞いたシルバー姫は、思わず身を強張ばらせる。

 しかし運の良いことに、シルバー姫の席は入口から死角になって眉無し側近から見えない。

 テーブルの向かいに座るトーリアは、窓の外を眺めながら笑っていた。


「シルバー姫様、外に停まっている馬車を見てください。

 アハハっ、車輪が外れそうなくらい揺れて、とても賑やかですよ」


 トーリアに言われて窓の外を見ると、店の前に停まっている馬車がグラグラ揺れていた。

 馬車の中でまん丸に肥えた小さな女の子たちが、飛んだり跳ねたりして遊んでいる。


「貴族ニッカル様のお嬢様はとても元気が有り余って、カーバン様もヨレヨレになりながら相手しているそうよ」

「小さくてまん丸で、可愛いなぁ。

 あたしも鉱山に来る前は、孤児院で小さい子供たちのお世話をしていました」


 トーリアは少し切なそうな顔をして、馬車の中の子供たちに手を振った。

 すると一人、赤毛の子供がトーリアに気づいて嬉しそうに手を振り返す。

 しばらくして品物を受け取った眉無し側近が戻ってきて、馬車が走りだし見えなくなるまで、トーリアは子供たちを眺めていた。

 トーリアの兄は、怪我で入院している。

 もしかして彼女は、シルバー姫が思うよりずっと寂しいかもしれない。

 

「そういえばトーリアさんは、広場の外で暮らしているのね。私外の暮らしを見たことが無いの」

「シルバー姫様、外は鉱山で稼げない最下層の鉱山奴隷、生きるだけで精一杯の者ばかりです」

「でもトーリアさん、私は千人力を授からなければ、きっと最下層の鉱山奴隷として外で暮らしていたわ」

 

 シルバー姫の言葉に、彼女の身の上話を聞かされていたトーリアは憤慨した。


「あたし大貴族の権力争いとか、難しい事はよく知らないけど、シルバー姫様は偽りの罪でここに送られてきたんです。

 相手が王族でも神官でもあたしは許さない。

 連中はシルバー姫様を地獄のような鉱山に送り込んで、ここで野垂れ死にさせる気だったんです」

「落ち着いて、トーリア。

 私はこれまでずっと自由が無く、そして義母に命を狙われたわ。

 でもここは仕事のノルマをこなせれば自由に行動できるし、トーリアやカーバン様やティン先生とも出会えました。

 それに義母は私を鉱山に閉じ込めたと安心して、しばらく暗殺者は寄こさないでしょう」


 シルバー姫は緑色の瞳で優しく見つめられたトーリアは、諦めたように大きな溜め息を付く。


「分かりましたシルバー姫様、それでは三日後に、広場の外を案内します」

「あら、今日ではないの?」

「あたしの家散らかり放題で、中を片付けないとシルバー姫をお招きできません。

 ああ、どうしよう。掃除で忙しくなるっ」

「それなら私もお掃除の手伝いを……、モノを壊すから手伝いできないわ」


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