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レストラン『狐の葡萄亭』,

 男は荷車の消えた周辺を調べていると、岩壁に大きな洞窟を見つける。

 それは洞窟ではなく、広く真っ直ぐの道が奥まで続く、人の手で掘られたトンネルだった。

 

「やっぱり朱色組のネズミが付いてきてたか。

 ここから先は細腕姫の縄張りだ、朱色組は出て行け!!」


 朱色組と大喧嘩した鉱山奴隷たちがトンネル入口を見張っていて、朱色組の下っ端を追い返す。

 そして報告に来た下っ端を、出っ歯男は怒鳴りつけた。


「まさか細腕姫は、二つの山を貫いて紫鉱山につながるトンネルを掘ったのか?

 そんな冗談、俺が信じる訳ないだろ」


 しかしそれは本当だ。

 以前から紫鉱山は貴重な鉱石が埋まっていると言われていたが、わざわざ険しい山々に囲まれた紫鉱山で石を掘る者はいなかった。

 鉱山奴隷たちは一攫千金の夢より日々の小銭稼ぎを優先していたが、紫鉱山へと続くトンネルの開通で再び一攫千金の夢が芽生えてくる。


 だがここで問題が起こる。

 出っ歯男は、シルバー姫を追い詰めるつもりで『紫鉱山には手を出さない、全部細腕姫にくれてやる』と宣言していた。

 この魔法千年王国では、言霊の契約は絶対。

 朱色組に所属していたら、お宝が眠る紫鉱山を掘ることができない。

 トンネルを通って運び出される貴重な鉱石を目の前にして、朱色組の鉱山奴隷は悔しがる。

 

「鉱山の開祖と言われる巨人王の化身、細腕姫を敵に回すなんてバカなヤツだ」

「俺は儲けのでない朱色組なんか辞める。

 村に妻子を置いて、一攫千金狙って鉱山に来てるんだ!!」


 やがて鉱山奴隷カーストの最上位と言われた朱色組は、リーダーの出っ歯男以外、誰もいなくなった。



***



 シルバー姫が辺境鉱山に連れてこられてから、ひと月が過ぎた。

『ニジョウノ腕輪』で封じられた魔力を別の力に変換して、千人力の腕力を得たシルバー姫は、現在仕立屋カーバンの滞在する高級旅館に一緒に住まわせてもらっている。

 慣れない鉱山の仕事も、ドワーフ娘トーリアが手助けしてくれる。

 そして一番幸運だったのは、カーバンの従者ティンから千人力をコントロールする術を習うことが出来たこと。

 既に両親はなく常に義母から命を狙われ、魔法学園の師匠以外、誰ひとりシルバー姫を助けなかった。

 そんな孤独な彼女が大罪人として送られた辺境鉱山で、多くの仲間や協力者を得たのだ。




 最近の辺境鉱山は、異例の好景気に沸いていた。

 貴重な鬼赤眼石や紫星水晶が大量に見つかったという噂を聞きつけて、やり手の商人や自称異国の王族等、怪しい連中が良質な宝石を求めて辺境鉱山を訪れる。

 そして一攫千金を狙う労働者が増えて、辺境の街は騒がしく活気に溢れていた。 

 鉱山の利点を生かし辺境の地に豪華な石造りの巨大建造物を建て、貴重な鉱石の加工販売に関する全てを取り扱う貴族ニッカルに、シルバー姫は多くの富をもたらしてくれる。




 王都と匹敵する高級店が軒を並べる広場の中央を、王都で一番人気の青紫色のドレスを着た御令嬢が、侍女を従え優雅に歩いていた。


「トーリアさん、私もやっと力の加減を覚えて、普通に食事ができるようになりました」

「シルバー姫様は、毎日ティン様の猛特訓に耐えて、必死に頑張っていました」


 シルバー姫に課せられた特訓とは、ニャベツ(野菜)の千切りやリソゴ(果物)の皮むきだった。

 普通の人間なら簡単に出来る作業を、千人力のあり余ったシルバー姫はニャベツの置かれた机ごと千切りしたり、リソゴを触れただけで破裂させる。

 シルバー姫は岩壁を砕いてトンネルを掘るより、ゆで卵のカラ剥きの方が難しい作業だった。 


「昨日の最終試験で、折り紙の鳥を折ることが出来たの。

 千人力を制御して普通に食事ができるようになったので、ティン先生から外食の許可をいただいたわ。

 実は私ずっと魔法学園の中で過ごして、一人で外を歩いたりお店に入ったことがないの。

 だから自分で働いたお金で、食事をしたりお買い物をしてみたい」


 まるでピクニックに出かける前の子供のように瞳を輝かせるシルバー姫の様子に、トーリアは広場を見渡すと一軒の店を指さした。


「シルバー姫様、あたしも広場の店で食事をしたのは二、三度しかありません。

 それに大きな店は入りにくいから、あちらの小さなレストランがいいと思います」


 トーリアが選んだのは豪奢な外装のレストランではなく、シンプルな青い屋根に白い外壁の店だった。

 窓から中を覗くと、異国の商人と鉱山奴隷が一緒に食事をしている。

 ここ辺境鉱山では、身なりで差別されることはない。

 それでも庶民派の小さなレストランに、舞踏会用の豪華な礼服で現れたシルバー姫の姿に、客も店員も視線が釘付けになる。


「これはこれは、細腕姫シルバー様。

『狐の葡萄亭』へ、ようこそいらっしゃいました」


 青い帽子に白いエプロンをした店主が、慌てた様子で店の奥から現れると、シルバー姫とトーリアをテーブルまで案内する。


「どうもありがとうございます、店長さん。

 私このお店は初めてだけど、どうして名前を知っているのですか?」

「今この鉱山で、貴女様を知らない人間はいませんよ。

 巨人王の盾を持ち、巨人王のように山を砕いた細腕姫様。

 どうぞごゆっくり、『狐の葡萄亭』の食事をお楽しみください」


『狐の葡萄亭』の店主は、感動で手を震わせながらシルバー姫にメニュー表を渡した。


「私、外での食事は初めてなので、『狐の葡萄亭』お勧めの料理はありませんか」

「それでしたら、鬼牛の舌シチューと緑妖精サラダが一番人気です。

 お飲物は、溶岩苺や雪林檎のジュースがあります」

「それではシチューとサラダを二人分、私はお水で、トーリアさんは何がいいの?」

「シ、シルバー姫様。水を注文するなんて、値段がとても高いですよ」


 テーブルの向かいに座ったトーリアが、驚いて大きな声を上げる。

 シルバー姫は不思議に思ってメニュー表を見ると、岩石苺のジュースは500エソで水は1500エソ。

 一番人気のある舌シチューとサラダセットの1500エソと、水が同じ値段だった。


「私、お水がこんなに高いなんて全然知りませんでした」

「この鉱山は、年に数回しか雨が降らず、飲み水に適した水源もありません。

 だから水はとても貴重です。

 当店『狐の葡萄亭』は、隣領地の湖から澄んだ水を運んでいます。

 喉を潤すなら、水より酒の方が安く種類も豊富ですよ」

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