二つの山のトンネル,
シルバー姫はドレスの裾を大胆にまくり上げ、渾身の力で硬い岩を蹴ると、鬼赤眼石で作られたハイヒールの先端がピッケルのようにクズ岩を打ち砕いた。
今のシルバー姫には、硬い岩山も焼きたてクッキー程度の硬さにしか感じない。
「私のお母様は、よく不思議な歌を歌いながら、天井から吊された大きな袋を蹴ってダンスを踊っていたの。
トイトイ、テックファー、テッテッ、トイトイ」
「ヒィッ、シルバー姫様、それはダンスではありません!!」
ズガガ、ズガガ、ドンッ、ガンッドドーーンッ!!
シルバー姫の千人力は、普通の人間千人分ではなく、鍛え抜かれた百戦錬磨の戦士千人分の力だった。
軍隊に例えると一連隊、千人兵隊の力をシルバー姫ひとりで有している。
普段は力を抑えて生活するシルバー姫だが、ここでは思いっきり力を奮える。
彼女は日頃のうっぷんを晴らす勢いで、山の中心に向かって岩の壁を叩き、叩き、蹴り、蹴り、砕き続けた。
それはシルバー姫を震源とする地震のように岩山全体を揺るがし、岩を砕く爆音は鬼赤眼石の鉱山まで聞こえた。
それからシルバー姫は、二時間ほど一直線に岩山を掘り進めた。
常人の十倍の生命力を持つ彼女は、二時間の作業も十分程度にしか感じない。
山のトンネルから出てきて大きな伸びをすると、後ろからヨレヨレになったトーリアが付いてきた。
「荷車が通れるトンネルにしたいから、もう少し幅を広げた方がいいかしら」
「シルバー姫様、ちょ、ちょっと休憩しましょう。
岩を砕く爆音が酷くて、わたしさっきから耳鳴りがします」
「そうね、少しお転婆が過ぎました。
岩を蹴るのが楽しくて、お昼を食べるのも忘れていたわ」
そういってシルバー姫は髪に付いた小石を払うと、額に浮かんだ汗をぬぐい、キラキラと眩い笑顔を浮かべる。
トーリアが持っていたお弁当(ティン作)を広げ、木陰で昼食をとる。
シルバー姫は食後すぐにでも作業に戻りたかったが、今日半日で色々あって疲れた表情のトーリアを見て、しばらく木陰でのんびりしていた。
「うぉおおーーい、細腕様。
やっぱりこの騒動は、細腕様の仕業だったのか」
すると険しい山の斜面を降りて、こちらに向かってくる男たちがいた。
うとうとと眠りかけていたツーリアが飛び起きて、シルバー姫を庇うように前に出て身構える。
しかしシルバー姫には、男たちの顔に見覚えがあった。
先頭を歩く奴隷は、朱色組との諍いでシルバー姫にアドバイスをくれた壮年の男だった。
「まさかあなたたちは、私を追いかけて険しい山道を歩いて、ここまで来たのですか。
でもどうして?」
「どうしてって、もちろん細腕姫の手助けをするためさ」
「山を貫いて道を造るなんて、さすが、巨人王の化身だ」
男たちは山肌に大きく空いた穴を覗き込むと、背負っていたピッケルを振るって作業を始めた。
シルバー姫は突然の出来事に戸惑っていると、壮年の男と顔の似た青年が笑いながら話しかけてくる。
「親父が細腕姫の手助けをするって言い出したんだ。
それに俺たちも、朱色組のやり方は以前から気に入らなかった」
「でもこの岩山から集石場までとても遠いわ。
あなたたち、仕事のノルマは大丈夫なの」
「この十日間、俺たちは細腕姫様の荷車から落ちた鬼赤眼石を拾って、ひと月分以上稼いだ」
「だから今度は俺たちが、細腕姫のためにひと働きしてやるよ」
男たちの言葉に感激して思わず涙ぐみそうになるシルバー姫だが、トーリアはその様子を油断なく監視した。
(どいつもこいつも、シルバー姫様とお近づきになりたくて、仕事を放り出してここまで追いかけてきたのね。
でもシルバー姫様が白いおみ足を露わにして岩を蹴る姿は、絶対誰にも見せない!!)
男たちがシルバー姫を取り囲み話をしていると、壮年の男が掘ったトンネルの中から出てきた。
「おおい、細腕姫。
このトンネルは少し東側にズレているぞ」
「えっ、そうですか?
真っ直ぐ穴を掘り進めたつもりだったのに、歪んでいたのね」
シルバー姫に声をかけた壮年の男は、他の奴隷から親父と呼ばれている。
男は地面に簡単なトンネルの見取り図を書いて、シルバー姫に説明した。
「細腕姫、この土の色は他と少し違う。
このまま掘り進めると、山の真ん中じゃなく岩盤の弱い右側に穴を掘ることになる。
今ならまだ修正できる。
俺が一緒にトンネルの中に入って、指示する方向に穴を掘れば大丈夫だ」
「私は力だけ有り余った素人で、親父さんのようなベテランが指示してもらえれば、とても助かります」
シルバー姫はそういうと、親父さんと一緒にトンネルの中に入ろうとすると。
「俺たちも細腕姫の手伝いをするよ」「俺も」
「てめーらは付いてきても、細腕姫の邪魔になるだけだ。
トンネルの中にある岩や石を、外に片づけろ」
「私もシルバー姫様のお役に立てないので、トンネルの外で待っています……」
親父と呼ばれる壮年の男は、頭がほとんど白髪で、かさついた肌に深いしわが刻まれていた。
年齢的にすでに枯れた様子なので、トーリアはシルバー姫と二人っきりにしても心配ないと判断する。
光の届かないトンネルの中を照らすのは、銀色の光を放つシルバー姫の長い髪。
壮年の男は岩肌に印を付けて、穴を掘る方向を指示する。
「この方向に掘り進めれば、山の中心を通るはずだ。
ところで細腕姫、道具も持たずどうやって穴を掘るんだ?
って、うええっ、まさかぁ!!!!」
再びトンネルの中から、穴を掘るすさまじい轟音が聞こえてきた。
トーリアと他の鉱山奴隷は、トンネルの中に溜まった石を掻きだす作業に集中した。
それから日が傾き周囲が薄暗くなった頃、トンネルの中から聞こえてきた轟音が止み、シルバー姫が外に出てきた。
「親父さんのおかげで、無事トンネルのゆがみを修正できました。
山の中央までトンネルを掘り進めることが出来たわ」
シルバー姫がそういって後ろを振り返ると、周囲にいた者たちは驚きの声をあげた。
「お、親父ぃ。その姿はいったいどうしたんだ!!」
「細腕姫と一緒だった親父の白髪頭が黒髪になって……。
かさかさ肌がしっとりと潤って、まるで十歳も若返っちまった!!」
息子たちが若返った父親を見て、驚きの声を上げる。
「俺は、細腕姫の雪のように白く長い足から繰り出された技を、しかとこの眼に焼き付けた!!」
どうやら壮年の男は、シルバー姫の生足を見て精気を取り戻したらしい。
何も知らないシルバー姫は不思議そうな顔をして、訳を知るトーリアは思わず舌打ちをした。
※ダンス=ムエタイっぽい格闘技




