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南の紫鉱山,

 朱色組は鉱山奴隷カーストの最上位、そして新人のシルバー姫は最下位だった。

 勝ち誇った顔の出っ歯男に話しかけようとするシルバー姫を見て、トーリアは慌てて止める。


「シルバー姫様、こんな男の言いなりになる必要ありません。

 連中は監督者に何かを命じられている。

 シルバー姫様を服従させるために、色々と嫌がらせしてきます」

「うるせえぞ、ドワーフ女。お姫様は俺たちに話があるんだ」

「ええ、そうです。私は朱色組さんに逆らうつもりはありません。

 しかしトーリアさんに暴力を振るったあなた方と、関わりつもりもありません」


 微笑みながら断言したシルバー姫は唖然とする出っ歯男を無視して、鬼赤眼石の鉱山から離れて行く。

 そしてある程度歩いたところで足を止めると、後ろから追いかけてくるトーリアに声をかけた。


「もうここで石を掘れなくなったので、場所を変える必要があります。

 それではトーリアさん、私の背中におぶさってください」

「えっ、シルバー姫様の背中にですか?

 いったい何を、えええっ、きゃあぁーーーっ!!」


 トーリアは言われるがまま、屈んで中腰になってシルバー姫の背中にしがみつく。

 するとシルバー姫はトーリアを背負ったまま立ち上がり、紫鉱山の方向へ猛スピードで走り出した。

 常人は時速10キコで走るが、シルバー姫の脚力は常人の千倍。

 本気になれば音速で走れるシルバー姫は、少し控えめに時速80キコの脚力で、細い山道を駆け抜ける。



 ***



「紫鉱山までずいぶんと距離があるのね。

 曲がりくねった山道をのんびり歩いていたら、時間を無駄にしてしまいます」 

「ひぃ、早い、目が回るっ。

 シルバー姫様、もう少しお手柔らかにお願いします」


 実は平静を装っていたシルバー姫は、小柄で可愛いトーリアに暴力をふるった朱色組に怒り心頭だった。

 その怒りを移動速度に変え、一時間足らずで紫鉱山の山頂に到着する。


「まぁ、なんて素敵な眺め。ここからカーバン様のいらっしゃる広場の旅館が見えます」

「シルバー姫様、鉱山奴隷の仕事のノルマは石運び三十回です。

 いくらシルバー姫様の足が速くても、ここから鉱山の集石場までとても遠いし、荷車も使えないし……」


 山頂から眼下の眺めを楽しむシルバー姫と、半泣きになるトーリア。


「ここまで来るのに曲がりくねった道を遠回りしたけど、ほら、あそこに集石場が見えます」

「ここは高い山の上だから、集石場まで近く見えるんです。

 集石場に行くまで、途中険しい山を二つ越えて行かないと……。

 それに人ひとり通るのがやっとの、狭い道しかありません」


 するとシルバー姫はしばらく何か考え込んだあと、山頂から降り始めトーリアも慌てて後ろを追いかける。

 紫鉱山の麓は、シルバー姫たちの他に人の気配はない。

 そして行く手をふさぐようにそびえる二つの山は、鉱石のとれない硬い岩のクズ山だった。


「紫鉱山を掘る前に、荷車が通れる真っ直ぐで広い道を造りましょう」

「まさかシルバー姫様、道を作るのですか?

 でも断崖絶壁で曲がりくねった山道を広げるのに、シルバー姫様の力でも半年、もしかして一年がかりの大仕事になります」


 目の前にそびえたつ険しい山は、トーリアの足で山頂まで登るのに半日はかかる。


「トーリアさん、私は山道を歩くつもりはありません。

 荷車が通れる、真っ直ぐの道と言いました。

 この山の岩はとても硬そうだけど、穴を開けたら崩れないかしら」

「そうですね、このクズ山の岩質なら穴を掘っても崩れません。

 まさかシルバー姫様、穴を掘るって、山を貫くトンネルを掘るつもりですか!!」


 するとシルバー姫は、薄い生地を数枚重ねたペティコートで膨らみを持たせた青紫色のドレスの裾をまくり上げた。

 細い足首につながれた大罪人の証である鉄球と、海に沈む夕日のような色をした鬼赤眼石のハイヒールが見える。

 シルバー姫は軽くステップを踏みながら、クズ山の切り立った岩壁の前に立つと、後ろで待機しているトーリアに言った。


「私が何度も靴のかかとを折ってしまうから、カーバン様が金剛石の次に硬いと言われる鬼赤眼石で靴を作ってくださったの」

「それは良かったです。シルバー姫様は赤い靴がお似合いです。

 かかとの折れた靴は、とても歩きにくそうでした」


 トーリアがそう答えると、シルバー姫はドレスの裾をつまんだまま、左右にステップを踏む。


「ねぇトーリア、この靴がどれほど硬くて強いか、確かめてみない?」

「シルバー姫様、まさかその靴で……キャアァーー!!!」




 次の瞬間、紫鉱山付近から起こった巨大な地響きと衝撃波が、周辺の山々を揺るがした。

 それも一度や二度ではない。

 鼓膜を破りそうな轟音が鳴り響き、紫鉱山周辺がグラグラと揺らいでいるのが遠目からでも見えた。


「こりゃなんだ、地震か。それとも山が崩れたのか!!」

「おい、下を見ろ。地面に沢山の小さな亀裂が入っている」


 男が悲鳴のような声で指摘した地面の亀裂は、南の方角に延びている。

 そして突然の天変地異に驚いたのは、人間だけではない。

 荷運びの馬は綱を引きちぎって逃げ出し、牛はうめき声を上げて腰を抜かし、座り込んだまま動かない。

 これが誰の仕業なのか、鉱山奴隷たちは薄々分かっていた。


「朱色組の連中が、細腕姫を紫鉱山に追い出したから、山の神が怒ったんだ!!」


 日頃から朱色組に不満を持っていた鉱山奴隷たちが、大声で罵り始める。

 その間にも地面を揺るがす轟音は続き、紫鉱山から立ち上る砂塵が鬼赤眼石鉱山の方向に流れて来て、徐々に視界も悪くなる。


「朱色組の連中は、俺たちの稼ぎをピンハネするだけじゃ足りないらしい」

「こいつら、怪しいぞ。

 誰かに頼まれて細腕姫を虐めたんだ。誰に頼まれた、白状しろ!!」


 ここ数日、シルバー姫の荷車からおこぼれを拾っていた鉱山奴隷は、怒りを爆発させ朱色組に襲いかかり大乱闘になる。


「貴様ら、俺たち朱色組に逆らってただじゃ済まな……ひいっ、痛ぇえっ!!

 おい、監督者は何をしている、こいつらを早く捕まえろ!!」


 しかし朱色組から賄賂をもらっていた監督者は逃げた馬を追いかけて、奴隷の監視どころではなかった。

※時速約10キロ→時速10キコ


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