鉱山奴隷の朱色組,
侍女トーリアを得たシルバー姫は、順調に鉱山の仕事をこなしていった。
そして仕事が終わると、夜遅くまで千人力をコントロールする訓練をして、そのままソファーに倒れ込んで眠る毎日。
細身のシルバー姫なら客間のベッドまで抱えて運べそうだが、彼女が寝ぼけて相手を払いのければ、千人力の剛腕で命を奪いかねない。
なので仕方なく、シルバー姫は朝目覚めるまでソファーに寝かされたままになっていた。
窓から穏やかな明るい朝の光が射し込む。
シルバー姫が眠りから覚めようとした、その時、誰かが優しく彼女の肩を叩いた。
驚いて目覚めたシルバー姫は、自分の寝顔をのぞき込んできたカーバンと目が合う。
「お、おはようございます、カーバン様。
そのお姿だと、もうお出かけになられるのですね」
カーバンは朝早くから夜遅くまで、貴族ニッカルの館に通い、婦人と子供たちの服を仕立てている。
「おはよう、シルバー姫。
俺は君に出来合いのドレスじゃなくて、その美しさがより引き立つような最高のドレスを着せてあげたい。
しかし今は、ニッカル様の依頼が最優先なんだ。
だからドレスの前に、君にピッタリのモノを用意した。受け取ってもらえるかな」
カーバンはソファーから体を起こしたシルバー姫の足下にしゃがみこむと、紙箱の中から何かを取り出した。
そしてシルバー姫の透けるように白く滑らかな足に、赤い宝石で出来た靴を履かせた。
シルバー姫は千人力をセーブするため、常に青紫色のドレスを身にまとい踵の高いハイヒールを履いている。
しかし鉱山で岩を運ぶ時、石の重みに絶えきれずハイヒールの踵が折れてしまう。
なのでシルバー姫は仕方なく、踵の折れた靴を履いていた。
「まぁ、なんて美しい、赤い宝石でできたハイヒール。
カーバン様、これは鬼赤眼石で出来た靴ですね。
しかも私の足にピッタリ、どうやってこれを作ったのですか?」
「シルバー姫、俺は王族や大貴族ほどではないが、治癒魔法と測量魔法が使える。
君の足形を正確に測り、彫刻職人に鬼赤眼石で靴を作ってもらった。
シルバー姫の名前を言うと、彫刻職人は大喜びして、一番良い石で靴を掘ってくれたよ」
「あら、私はカーバン様に足を測らせた記憶はないけど……」
実はカーバンは、ソファーで無防備に眠るシルバー姫のドレスの裾から覗く素足を、網膜に焼き付けるようにガン見しては、ティンにどつかれていた。
そんなカーバンの邪心を知らないシルバー姫は、赤い靴を履くと軽くステップを踏んで靴の感触を確かめる。
「ありがとうございます、カーバン様。
どんな石よりも硬い鬼赤眼石で作った靴なら、私の千人力にも耐られます。
ああ、なんて素敵なの。この靴を履いて一晩中ダンスを踊ってみたい」
「君のダンスのお相手は、是非俺を指名して欲しいな」
朝から甘い雰囲気になったシルバー姫とカーバンを眺めながら、ティンは楽しそうにつぶやいた。
「鬼赤眼石といえば、伝説の勇者の防具に使われた貴重な石。
あのカーバン家の子孫が、シルバー姫に鬼赤眼石を装備させるとは……。
これはまさに、異国の諺にある『鬼に金棒』ですね」
***
新しい靴を履いたシルバー姫が鉱山に行くと、頭に赤い布を巻いた男たちがトーリアとにらみ合っていた。
「この鉱山の鬼赤眼石を掘り出したのはシルバー姫様よ。
なのに、ここで採掘をするなってどういう事!!」
「ここは前から俺たちの縄張りだ。
鬼赤眼石だって、先に俺たちが目を付けていたんだ。
それを新入りが横から奪い取って、ただで済むと思うな」
「前から目を付けていた?
あんたたちは硬い岩を掘り起こせなくて、一年近く放置していたじゃない。
シルバー姫様が鉱山を砕いたおかげで、鬼赤眼石が掘り起こせたのよ」
「下っ端の鉱山奴隷が生意気な口を聞くな!!
とにかくここは俺たち朱色組の縄張り、鬼赤眼石は俺たちのモノだ」
朱色組と名乗った出っ歯男は、そういうと乱暴にトーリアを突き飛ばす。
トーリアと鉱山奴隷との言い争いを見ていたシルバー姫は、千人分の瞬発力でトーリアに駆け寄ると、倒れる間際に背中を支えた。
あまりに早い移動移動に、出っ歯男はシルバー姫が突然現れたように見えた。
「トーリアさん大丈夫、怪我はありませんか。
一体これは、何の騒ぎですか?」
「聞いてください、シルバー姫様。
こいつらは、シルバー姫様が鉱山を砕いて掘り起こした鬼赤眼石は、自分たちの物だって言うんです」
「その通りだ、薄汚いドワーフ女。
鉱山奴隷にも、身分の差があるんだよ。
俺たち朱色組は鉱山奴隷カーストの最上位、そして新入りは奴隷カーストの最下位だ。
そのカースト最下位の大罪人女が、朱色組の鉱山を勝手に掘り出した」
シルバー姫に抱えられていたトーリアは、男の言葉を聞くと顔を真っ赤にして言い返す。
「さてはあんたたち、監督者とグルになってシルバー姫様の邪魔をするつもりね。
シルバー姫様が掘った石を、自分たちの物だって難癖付けて横取りするつもりでしょ」
トーリアにそう指摘された出っ歯男は、ニヤニヤと薄笑いを浮かべる。
普段奴隷たちが騒げば速攻で監督者が飛んでくるが、今監督者は騒ぎを放置して遠巻きに眺めているだけだ。
「そうだな、細腕姫の稼ぎの八割を俺たちに収めれば、ここで石を掘らせてやる。
それが嫌なら、ここでは石を掘らせない。
南側の山向こうに、まだ誰も手を付けていない鉱山があるから、そこで石を掘るんだな。
あの山なら俺たちは手を出さない、全部細腕姫にくれてやるよ」
朱色組の出っ歯男は南の方角を指さした。
そこは大小の灰色の山が連なり、その先に紫色の険しく切り立った鉱山が見える。
「おいまさか、ここから紫鉱山までだと、歩いて半日はかかるぞ」
「しかも人の歩く道すらない険しい山で、荷車も使えない。
そこからどうやって石を運ぶ?」
遠巻きに様子をうかがっていた鉱山奴隷たちの声が聞こえ、シルバー姫の様子を見かねた壮年の男が小声で忠告する。
「いいかい細腕姫、悪いことは言わない。
朱色組は奴隷の四割を手下にして、鉱山を牛耳っている連中だ。
特にリーダーの出っ歯に逆らえば、ここでは生きてゆけない。
監督者に賄賂を送っているから、朱色組が関わる奴隷同士の諍いは監督者も見て見ぬ振りだ」
話を終えるとさっさ姿を消した壮年の鉱山奴隷に、シルバー姫は一礼をした。
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