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眉無し側近のたくらみ,

 ティンが持ってきた子供服は、以前カーバンが貴族ニッカルの子供たちに仕立てたものだ。

 景気の良いニッカルは王都から仕立屋カーバンを呼び寄せ、六人の娘たちの服をすべて新調して、お下がりを着せることはない。

 古着といっても貴族の子女が着た高級子供服で、これまでボロをまとってきたトーリアは恐る恐る服に袖を通す。

 ニッカルの子供たちは丸々と肥えているので、ドワーフ体型のトーリアなら普通に着られた。


「それではトーリアさん、私が寸法の調整をしましょう。

 丈はピッタリ、ウエスト周りを詰めて……胸元にダーツを取って、広げる必要がありますね」


 ティンはトーリアの胸元を見ると、コホンと咳払いをする。

 トーリアは羽織ったガウンの上からでも分かるグラマラスな体型で、シルバー姫でさえ胸元が気になってチラチラ見てしまうくらいだ。

 そしてティンは子供服の仕立て直しのため隣の部屋へ行き、服の仕上がりを持つトーリアにシルバー姫はお茶にしましょうと声をかけた。


「シルバー姫様にお茶をいれてもらうなんて、もったいないです。

 あたしにお茶をいれさせてください」


 そして孤児院育ちのトーリアが、作法通りお茶をいれる様子にシルバー姫は驚く。


「とても久しぶりで、ちゃんとお茶の味がするか分かりませんが、どうそシルバー姫様」

「ありがとうございます、トーリアさん。

 茶葉の蒸らし時間も、湯の熱さもちょうどいいわ。

 ふぅ、澄み切った香りの薄荷茶葉がとても香ばしくて、美味しいお茶です。

 トーリアさん、お茶の作法はどこで習ったの?」


 それからシルバー姫は、お茶を飲みながらトーリアの身の上話を聞いた。


「あたしがいた孤児院は、神官や巫女になる者も多かったので、院長先生に礼儀作法を厳しくしつけられました」

「そこまで子供たちを手厚く教育するなら、とても素晴らしい孤児院だったのね。

 でもせっかく教育した子供を、鉱山奴隷に売るなんておかしな話だわ」

「はい、あたしは難しい事は分からないけど……。

 兄の話では、聖堂の権力なんとかに巻き込まれたと言っていました」


 三年前に魔法学園に入れられてから、王都や別の土地に出ることの無かったシルバー姫は外部の情報を全く知らなかった。

 でもカーバンとティンの会話や奴隷たちの噂話で、自分と同じように身に覚えのない罪で何人も鉱山に送られてきたらしい。

 今の魔法千年王国は、国そのものが悪い方向に変化していた。




 しばらくして子供服のお直しが仕上がり、明るい緑色のワンピースドレスに着替えたトーリアは、改めて鏡に映る自分の姿を見る。


「とても可愛いわ、トーリアさん。

 まるでおままごとのお人形みたい」

「あたし、もう二度と綺麗な服を着られるなんて思ってもいなかった。

 それにこの服は、腰の大きなリボンがシルバー姫とお揃いです」


 新しい服を着て嬉しそうにするトーリアに、ティンが真剣な表情で声をかける。


「私からトーリアさんに、改めてお願いがあります。

 私やカーバン様では、鉱山で何かアクシデントがあった時に、シルバー姫を守ることはできません。

 だから貴女は侍女として、常にシルバー姫の側に控えてもらいたいのです」

「でもドワーフのアタシが、千人力のシルバー姫様を守るなんて出来ません」

「シルバー姫の千人力を利用しようと、様々な人間が近寄ってくるでしょう。

 だから貴女は、シルバー姫の心の盾となるのです」


 これまでトーリアは、鉱山奴隷に身を落とし、自分の人生はこれで終わりだと思っていた。

 でも才能のある兄だけは、奴隷のまま埋もれさせたくないと必死で働いた。

 そして落石事故に巻き込まれた兄を助け、治療費を稼ぐトーリアを侍女にしてくれたシルバー姫。

 ドワーフの自分がシルバー姫の力になれるなら、何だってしよう。


「分かりましたティンさん。あたしはシルバー姫の盾。

 どんな事があっても、決してシルバー姫のお側を離れません」


 その日からシルバー姫の側には、可愛らしい若草色の子供服を着たドワーフの侍女が控えるようになる。



 ***



 鉱山の外れにある酒場の個室。

 眉無し側近は、顔をマスクで隠したマント姿の二人組の前で、額に浮かぶ汗を拭いながら話をする。


「大罪人シルバー姫なら、毎日鉱山で働かされています。

 もちろん部下に監視を命じて……えっ、鉱山奴隷たちがシルバー姫を『細腕姫』と呼んで褒めたたえている?

 それは連中が、あの毒女の見た目に惑わされているだけです」

「俺の聞いた話では、大罪人シルバー姫は凄まじい剛腕をふるって百人力の働きをしているらしいが、お前からそんな報告は聞いてないぞ」


 イスに腰掛けた眉無し側近は左右をマント姿に挟まれて、冷や汗を流しながら弁解した。


「あの女は普通の人間じゃない、百人力の剛腕で山を砕くんだ!!

 俺は監督者に命じて、石を運ぶ袋に穴をあけるとか荷車の車輪を割るとかしたけど、そんな小細工じゃあの女を止められなかった」

「そんな言い訳は聞く耳持たん。

 奴隷たちの間で、大罪人シルバーは巨人王の生まれ変わりと噂されているらしいな。

 魔法千年王国に君臨する現国王様を差し置いて、『王』を名乗るとは恐ろしい」

「それに鉱山貴族のニッカルは、巨人を祭る邪教を信仰している。

 もしかしてあの男が、シルバー姫を操っているんじゃないか?」


 マスクで表情を読めない男の声色が変わり、貴族ニッカルに仕える自分まで疑惑を持たれそうになった眉無し側近は、焦りながら全否定すると別の案を申し出た。


「田舎貴族のニッカルが、そんな大それたことを考える頭などありません。

 私は監督者たちを使ってシルバー姫を貶めようとしたが、奴隷契約のノルマをこなした者に罰は与えられない。

 だが一人で大儲けするシルバー姫を、面白く思わない連中もいます。

 奴隷同士のもめ事に、うっかり巻き込まれるかもしれません」

「ほう、奴隷同士の諍いか。それなら仕方ないな。

 この話があの方の耳に入る前に、なんとしてもシルバー姫を潰せ!!

 もしお前の計画が成功したなら、わが主はお前を王都へ招くと言っている。

 これは立身出世のチャンスだぞ」


※ダーツ…体のふくらみに合わせて、布をつまみ縫い合わせる事

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