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トーリア、お風呂に入る,

 扉を叩く音でシルバー姫は目を覚まし、ソファーから体を起こすと、窓の外の太陽はすでに高くのぼっていた。

 そういえば一時間ほど前に、カーバンが仕事に出かける声を、寝ぼけながら聞いた記憶がある。

 慌てて扉の方を見ると、先にティンが扉を開け部屋に客人を向かい入れていた。


「お、おはようございます、シルバー姫様。

 朝のお迎えに参りました。

 今日も一日よろしくお願いします」


 扉の前に立っていたドワーフ娘トーリアが、シルバー姫に元気よく挨拶をした。

 大きい灰色の作業服を着たトーリアは、長い前髪が顔を覆った頭をキョロキョロさせながら、高級旅館最上階の部屋をおっかなビックリ眺めている。


「えっ、もうそんな時間なの。

 私ったら昨日の特訓で疲れて、すっかり朝寝坊をしてしまったわ。

 急いで鉱山に出かけないと、罰を受けてしまう」

「シルバー姫様、そんな慌てなくても大丈夫です。

 昨日の姫様は一月分以上の仕事のノルマをこなしたので、少し仕事に遅れたぐらいでは誰も咎めません」


 鉱山の仕事は魔法契約による完全ノルマ制で、与えられた仕事をこなしさえすれば、鉱山監督者や貴族でさえ鉱山奴隷を咎めることはできない。

 千人力でノルマ以上に働くシルバー姫は、魔法契約のおかげで誰からも危害を加えられなった。

 急いで出かける準備をしようと立ち上がったシルバー姫の後ろで、ティンは目を細め、値踏みするようにトーリアを見つめる。

 

「この娘は確か、昨日シルバー姫に傘を差し掛けていた鉱山奴隷ですね。

 随分とみすぼらしい姿をしていますが、しかし入室時の挨拶や身のこなし、礼儀作法は心得ている様子」

「さすがティン先生、一目見てよくトーリアが女の子と分かりましたね。

 彼女は私の仕事の手助けをしてくれるパートナーです」

「そんなシルバー姫様のパートナーなんて、あたしは姫様の下僕です。

 えっと、シルバー姫様が先生と呼んでいる、この方はどなたですか?」


 元大貴族のシルバー姫が、女官姿のティンを頼って先生と呼ぶ様子にトーリアは驚いた。

 一見すると穏やかの雰囲気の茶色い髪の女官だが、トーリアはどこか恐ろしい気配を感じ取る。


「トーリアさんに紹介します。

 彼女は私がお世話になっているカーバン様の従者で、精霊族のティン先生。

 今私はティン先生から、千人力のコントロール方法を教わっているの」

「初めまして、宜しくお願いしますトーリアさん。

 貴女の事は、シルバー姫から話を聞いています。

 ところで貴女はシルバー姫に仕えるのなら、汚れた身なりを整えてもらいましょう」


 ティンの鋭い視線を感じて、トーリアは蛇に睨まれたかのように身をすくめ、シルバー姫に助けを求める。


「でもあたしは、鉱山の仕事で服が汚れるから、このカッコでいいです」

「これから貴女の仕事は、シルバー姫付きの侍女。

 乞食のような姿は、シルバー姫の供としてふさわしくありません。

 ちょうどシルバー姫のために、お風呂の準備をしていたところです。

 これから貴女を風呂に入って、身綺麗にしてもらいましょう」

「でもでも、体を洗うなんて水を沢山使うじゃないですか。

 ここで水はとても貴重で、奴隷が体を洗うなんて、きゃあーーっ!!」


 ティンは小柄なトーリアの襟首を掴むと、問答無用で浴室に引っ張ってゆく。


「助けてくださいシルバー姫。あたしこの姿のままでいいです」

「ごめんなさいトーリアさん、私はティン先生に逆らえないの。

 おとなしく先生の言うことを聞いて、お風呂に入ってください」


 十台の荷車を軽々と引くシルバー姫が茶色い髪の女官を恐れるなんて、きっとこの女官は凄い魔法使いなのだ。

 トーリアが抵抗をやめてがっくりと肩を落とすと、ティンに浴室へ連行されていった。


 ガシガシ、ゴシゴシ、ごりごり、ばしゃーん。


 風呂場から人間を洗っているとは思えない……タワシで岩を擦るような音と、消え入るようなかすれたトーリアの悲鳴が何度も聞こえ、シルバー姫はソワソワと浴室の扉の前を行き来した。

 しばらくして悲鳴も聞こえなくなり、中が静かになると、仕事をやり終えてすっきり顔のティンが風呂場から出てくる。


「ドワーフ娘は半年以上体を洗っていなかったみたいで、かなり汚れていました。

 しかしあの珍しい髪の色と体型を、みすぼらしい姿でごまかす必要があったかもしれません」

「トーリアさん、大丈夫ですか?

 もうお風呂は終わりました」

「うううっ、シルバー姫様ぁーー。

 あたしティンさんに前髪を切られました」


 シルバーは声をかけると、大きすぎる白いガウンを羽織ったトーリアが出てきたが、シルバー姫はその姿を見て驚く。


「まぁ、トーリアさんの髪って灰色ではなく水色だったのね

 それに肌も白くなって、お顔もとても可愛いわ」


 トーリアの擦りすぎた肌はところどころ赤くなり、顔を覆っていた長い前髪は眉の上で切りそろえられていた。

 小さな鼻とおちょぼ口、そして目尻の下がった大きな瞳はとても愛嬌がある。

 トーリアは女の子が好む、可愛らしい抱き人形のような姿をしていた。

 シルバー姫は、トーリアが乞食のような姿をしていた理由が分かる。

 トーリアは人間の男並みの力を持つが、この姿では幼女趣味の男に狙われる恐れがある。

 治安の悪い鉱山で生きてゆくために、わざとみすぼらしい姿をしていたのだろう。


「でもシルバー姫様、あたしの服をティンさんが洗濯してしまって、この格好では着替えがありません」

「大丈夫よトーリアさん。

 この部屋の主のカーバン様は、王都で人気の仕立屋なの」

「ええ、ちょうど小柄なドワーフの貴女にぴったりの、領主ニッカル様のお子様が着られなくなった、十歳用の子供服があります」

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