細腕姫の猛特訓,
高級旅館の最上階の部屋、大きなダイニングテーブルの上には、一口大に切られ調理した肉や野菜や果物、そして山奥の鉱山ではとても貴重な魚が大皿の上に乗せられていた。
色鮮やかな料理を目の前にして、テーブルを挟んでカーバンの真向かいに座らされたシルバー姫は、ひどく緊張している。
そして精霊族のティンは、給仕をしながら、シルバー姫の前に二本の細い木の棒を置いた。
「シルバー姫、これは海の彼方にある異国料理で、ハシという二本の棒を使って食事をします。
それではシルバー姫、ハシで料理をつまんで、旦那様のお皿に取り分けてください」
「はいティン先生。でもこの木の棒は、料理を串刺しにする道具ではないのですか?」
「いいえシルバー姫、それでは私がお手本を見せますので、ハシを手に持ってください」
シルバー姫の返事を聞いたカーバンは、側に控えるティンに小声でたずねる。
「シルバー姫がティンを先生と呼んでいる!!」
「ええ、精霊族の私は魔獣調教に長けていますから、彼女と師弟関係を結びました」
「うわぁ、厳しそうな先生だな。あまりシルバー姫をいじめないでくれよ」
シルバー姫は言われるがままハシを手に取ろうとして、ハシを握っただけでハシが粉々に砕けてしまった。
「すみませんティン先生、私が持つと木の棒が折れてしまいます。
金属のスプーンとフォークに変更してください」
「シルバー姫、換えのハシは沢山準備しています。
これは貴女がちゃんとハシを使いこなし、力加減を覚える訓練です」
そういってティンは、新しいハシをシルバー姫にを手渡す。
シルバー姫は細い木の棒をへし折らないように細心の注意を払うが……。
ばきっ、ポキポキ、ペキッ。
次から次へとハシをへし折るシルバー姫。
そのあいだカーバンは、目の前に並んでいる料理を食べることが出来ずお預け状態だ。
「持つことは出来るけど、料理を挟もうとすると指先に力が入ってハシが折れてしまいます。
どうしたらいいのでしょう」
シルバー姫は力をコントロールできない自分の不甲斐なさに、思わず涙ぐむ。
まるで雨に打たれる清楚で可憐な白い花のように見る者に庇護欲を起こさせるが、相手は千人力の剛腕を持つ御令嬢。
そして三十分以上、シルバー姫が料理を取り分けるのを待っていたカーバンが、イスを引いて席から立ち上がると、厳しい顔でシルバー姫に近づいてきた。
「申し訳ありません、カーバン様。
私のような粗野な娘は、まともに給仕をすることもできません」
「シルバー姫、ハシの持ち方が少し違う。
ハシを握りしめるのではなく、人差し指と中指の上に乗せて親指で押さえるだけで良い」
カーバンは厳しい表情で眉間にしわを寄せながら、シルバー姫の手に自分の手をそえて正しいハシの握り方を指導する。
「無理をして料理をハシで掴もうとしなくていい。
今は正しいハシの持ち方を覚えるのが先だ」
シルバー姫は背後に立つカーバンの吐息が耳元にかかり、一度だけ驚いてハシを思いっきり握りしめ、木くずに変えてしまった。
用意されたハシが薪の焚き付けのように渦高く積まれた頃、シルバー姫はやっとハシを使いこなし皿に料理を取り分けた。
時間が経ち過ぎた肉は冷めて堅くなり、野菜や果物はみずみずしさが無くなり味が落ちている。
「ありがとうございますカーバン様。
そしてご迷惑をおかけしました」
シルバー姫は頭を下げてわびたが、カーバンは口元をも一文字に結び厳しい表情のまま、黙々と料理を食る。
実はカーバンは、シルバー姫の緊張でしっとりと汗ばむ背中に萌え、手を重ねた時の滑らかな感触に、顔がニヤケるを必死で堪えていた。
しかしカーバンの煩悩を知らないシルバー姫は、相手の機嫌を悪くさせたと勘違いしてしまう。
そして長い夕食を終え、ティンがテーブルを片づけながらシルバー姫に声をかける。
「さすがはシルバー姫です。
わずかな時間で、ハシを使いこなせるようになりました」
「いいえティンさん。私はとてもハシ使いが下手で、それに男の人とちゃんと食事をしたこともありません。
こんな大失敗をして、きっとカーバン様に嫌われたと思います」
シルバー姫はまだ自分の感情が恋とは知らず、カーバンに嫌われたと思いこむ様子にティンは驚いた。
それに年頃の大貴族の御令嬢が、異性と食事をしたことがないなんてあり得ない。
彼女の義妹のオレンジ姫は、第二王子の他にも、複数の男性との恋の噂が絶えないというのに。
「でもシルバー姫、婚約破棄をした第二王子サルファー様と、食事位したことがあるのでは?」
「私とサルファー王子様の婚約は、国王様と父が決めたものです。
これまでサルファー王子様と言葉を交わしたのは数えるほどしか無く、私王子様のお顔もあまりよく覚えていません」
ティンはこの言葉を聞いて、シルバー姫の違和感に気づいた。
元婚約者のサルファー王子は、魔法千年王国でも一、二を争うほどの美貌の持ち主。
年頃の娘なら夢中になるであろう元婚約者に対して、シルバー姫は興味が薄すぎる。
義母に狙われても誰に助けも求めず自力で暗殺者を退け、大罪人の汚名を着せられ奴隷の中に投げ込まれても、彼女の態度は全く変わらない。
ティンはシルバー姫が従順すぎると思ったが、彼女は生まれながらに強者の魂を持つ。
例えるならドラゴンが小動物のイタチやネズミに興味ないように、シルバー姫は第二王子と奴隷を同等と扱うほど相手に興味が薄かった。
「真の強者、巨人王は弱者には全く関心を持ちません。
そして弱者は強者に従順ですが、偽りの強者はあらゆる策を巡らし、真の強者を貶めようとします。
もし貴女が本気になれば、たちまち偽りの強者を屠るのでしょうね」
「ティン先生、偽りの強者とは誰ですか?」
百年以上の時を生きる精霊族ティンの言葉に、シルバー姫は不思議そうに首を傾げる。
「しかシルバー姫は、旦那様には興味があるようです。
あの煩悩男を利用して、なんとしてもシルバー姫をこちら側につなぎ止めておかなくては」
そんなティンのたくらみもカーバンの煩悩も知らないシルバー姫は、夜遅くまでハシ使いの練習を繰り返し、疲労困憊でソファーに倒れ込むとそのまま寝てしまった。
ブックマーク2000件!!
ありがとうございますっ。




