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眠気まなこのカーバン,

 鉱山を見渡す監視塔の中で、眉無し側近は手下の奴隷監督者を問いただしていた。


「キサマらは大罪人シルバーに罰を与えることも出来ず、たった一日で六ヶ月分の労賃も稼がせてやったのか!!」

「しかし側近様、そんなこと言われても……。

 俺たちは、仕事のノルマを完了した奴隷には罰は与えられません。

 それを決めたのは貴族ニッカル様です」

「魔法を封じられた小娘の仕事の妨害ぐらい、無能なキサマでも出来るだろ!!」


 眉無し側近は貴族ニッカルに鉱山の運営を任されているが、甲高い声で怒鳴り散らすと口答えした監督者の頭を殴る。

 

「奴隷の働きが良ければ自分たちも儲かるはずなのに、なぜ眉無しは六百人分の働きをした細腕姫の邪魔をしろと言うんだ?」


 一部の監督者は、眉無し側近の言動を不信に思った。

 それからも長々と側近の説教が続き、うんざりして窓の外を見た監督者のひとりが、突然悲鳴のような声を上げる。


「あれはまさか魔法、いや、そんな事ありえない……。

 台車を押している人間が見えないぞ?」 

「そこのお前、何よそ見をしている。

 俺の話を、うわぁあーー、な、なんだありゃ!!」


 幾十もの連なる鉱山の山肌を縫うように、荷車一台がやっと通れる細い道が整備されていた。

 高い場所にある監視塔から下を眺めると、石を運ぶ人間が蟻の集団のようだ。

 その中に、長さ百ナートル以上の赤い大蛇が混じって地上を這っている。


「荷車の先頭に日傘が見える。

 あ、あれは細腕姫じゃないか!!」

 

 シルバー姫はまるで子犬の散歩のような優雅な足取りで、力持ちの男が十人がかりで引く荷車を十五台、ひとりで引っ張っている。

 その後から付いてくる鉱山奴隷たちは、まるで砂糖に群がる蟻のように荷車からこぼれ落ちる鬼赤眼石を拾っていた。


「あの細い腕で、どうやって荷車を引いているんだ?」

「細腕姫は人間じゃない、人の姿をしたバケモノだ。

 あんなに手を出したら、俺たちの首を簡単にもぎ取るぞ」


 監督者たちは監視塔の窓から身を乗り出して、このありえない光景を眺めながら震えあがった。

 その後眉無し側近がいくら怒鳴り散らしても、監督者は完全無視をする。



 

「トーリアさんありがとうございます。昨日よりずっと石を運びやすくなりました」

「鬼赤眼石を積んだ荷車をひとりで運ぶなんて、やっぱりシルバー姫は偉大なる巨人王の力を持つお方。

 私はシルバー姫が日に焼けないように、しっかり日傘を差さなくちゃ」


 そしてシルバー姫によって、一度に荷車十五台分の鬼赤眼石が集石場に運び込まれ、鉱石鑑定士は驚愕の声を上げる。


「こんな良い石を持ってくるとは、さすが細腕姫と言いたいところだが、荷車十五台分の石を鑑定するなんて大変な作業だ」


 クズ石を見慣れた鑑定士たちは、シルバー姫が運んできた鬼赤眼石に群がる。

 

「確か一日のノルマは石運び三十回でしたね。残り二十九回頑張りましょう」

「ちょっと待ってくれ細腕姫。

 この鬼赤眼石は普通の石の二十倍価値があるし、十人引きの荷車を一人で引いて運んだから、一回で石運びのノルマは達成できる」

「それに俺たちは一度に大量の石は鑑定できない。

 荷車一杯の石を鑑定するのに、鑑定士二人で半日がかりの作業になる」


 慌てふためく鑑定士に、シルバー姫は困った表情になったが、日傘を差したトーリアは冷酷に返答する。


「いいえシルバー姫、鑑定士の弱音なんか聞く必要ありません。

 高いお金を払って荷車を借りたのだから、ガンガン石を運びましょう」

「そういえばトーリアさんは、お兄さんの治療費を稼ぐ必要があるのね。

 今日は天気がいいから、頑張ってもっと鬼赤眼石を運びましょう」


 悲鳴を上げる鑑定士たちを尻目に、それからシルバー姫は六回、荷車九十台分の鬼赤眼石を集積場に運び込み、鑑定士たちを不眠不休の激務に追いこんだ。



 ***



 仕立屋カーバンは、昼前に寝室のベッドの上で目を覚ました。


「はっ、俺はいつの間に、ベッドで寝かされている?

 またティンに床を転がされて、ベッドまで運ばれたのか」

「おそようございます旦那様、なに人聞きの悪い事を言うのですか。

 貴方をベッドまで運んだのは、シルバー姫ですよ」

「そうか、床を転がされなくてよかった……って。

 なんだってぇ、俺はあのお姫様に抱きかかえられて、ベッドまで運ばれたのか?」


 女官姿のティンの言葉に驚いて飛び起きたカーバンは、自分の手首に銀色の髪が絡まっているのに気づいた。

「この長い髪は、シルバー姫のものだ。

 確かに彼女は千人力の剛腕だが、俺の男としての矜持が……」

「旦那様、寝言を言ってないで、さっさとベッドから出てください。

 シルバー姫は朝早くからしっかり働いていますよ。

 しかしアレは、とんでもなく凄まじい力です」


 カーバンは寝癖頭を掻きながら、窓枠に腰掛けて外を眺めるティンの側に来た。

 ティンは眠気まなこのカーバンに双眼鏡を手渡すと、ワゴンを引いてお茶の準備を始める。

 広場に立つ高級旅館最上階の窓から鉱山全てが一望できるが、その中に一か所だけ異様な光景があった。


「なんだ、あの巨大な蛇みたいな荷車は。

 って、先頭の青紫色のドレスはシルバー姫!!」


 カーバンそう叫ぶと、思いっきり飲みかけのお茶を吹いてシャツを汚してしまう。

 大蛇のような荷車を引くシルバー姫は、遠くから見ても白銀の宝石のように眩く輝いている。


「やっと目が覚めたみたいですね、旦那様。

 今日はシルバー姫と一緒に、夕食を召し上がっていただきます。

 なのでさっさと湯浴みして、服を着替えてください」


 ティンはそう告げると、双眼鏡を手にしたまま呆然と立ち尽くすカーバンを無視して、部屋の掃除を始める。

 シルバー姫と出会ってからカーバンはずっと慌ただしく、一緒に食事をするのも初めてだった。


「俺はこれからは、あの美しいシルバー姫と一つ屋根の下で暮らすんだ。

 しかし彼女は大切な命の恩人で、元大貴族で第二王子の許嫁だった御令嬢。

 俺みたいな街の仕立屋に……惚れるわけ無いよな」


 シルバー姫の気持ちを知らないカーバンは、それでも無意識のうちに鼻歌を歌いながら、浴室に向かって歩いてゆく。

そしてカーバンとの食事会で、シルバー姫に新たな試練が待ち受けていた。


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