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十人引きの荷車,

 翌日、シルバー姫は袖の破れを直したドレスを着て、鬼赤眼石の岩山に来ていた。

 昨日砕いた岩の小さなかけらは、他の鉱山奴隷たちに綺麗さっぱり持ち運ばれている。

 朝早くから数人の鉱山奴隷が鬼赤眼石を掘り起こそうとピッケルを振るっているが、岩が硬すぎて全く砕けない。

 鬼赤眼石は、鉱山で普通にとれる魔法石の十倍価値がある。

 ここで鬼赤眼石の鉱山を砕ける力があるのは、シルバー姫ただ一人。

 だから奴隷たちは鬼赤眼石の鉱山の周囲に集まって、彼女が千人力の剛腕を奮うのを待っていた。


「おはようございます、シルバー姫様。

 今日もよろしくお願いします」


 シルバー姫が声のする方を振り向くと、長い前髪で顔を覆ったドワーフ娘のトーリアが、大きな荷車を数人がかりで押しながらやってきた。


「おはようございます、トーリアさん。

 その荷車はどうしたのですか?」

「昨日シルバー姫様は素手で岩を運んでいたから、今日は十人引きの荷車を借りてきました」


 石を運ぶ袋は無料で提供されるが、監督者に目を付けられたシルバー姫には破れた袋しか渡されない。

 だから石を運ぶモノを、自前で準備する必要があった。


「荷車の賃料は9000エソもするけど、これで一度に沢山の石が運べます」


 鉱山で一日働いてもらえる賃金は3000エソ、9000エソだと三人分以上働かなくては元が取れない。

 目の前に運ばれてきた木製の荷車は横幅3ナートル、縦6ナートル。

 トーリアの背丈ほどある金属の車輪が付いて、荷車の前後には長い鎖が二十本繋がっている。


「シルバー姫様、これで岩の運搬が楽になります。

 とても大きいけど、私もがんばって荷車を引きます」


 トーリアはそう言って張り切ると、短く太い腕の袖をまくり上げて逞しい力こぶを見せた。

 シルバー姫は興味深そうに荷車を眺めた後、トーリアにたずねる。


「この荷車なら石を楽に運べそうね。

 ではトーリアさん、十人引きのに荷車を、あと五十台用意してください」

「はい分かりました、シルバー姫。

 今すぐに荷車を……って、あと五台じゃなくて五十台ですかぁ!!」


 シルバー姫は自分の千人力で、荷車五十台ぐらい軽々運べると思った。

 二人の会話を聞いた鉱山奴隷の中からもどよめきが起こり、ひとりのベテラン鉱山奴隷が大声でシルバー姫に呼びかけた。

 

「おいおい、無茶言うなよ細腕姫。

 荷車の賃借料は前払いだから、荷車五十台だと45万エソもするぞ。

 それに荷車五十台を並べた長さは300ナートルだから、沢山の荷車で道を塞がれたら、俺たちの仕事に支障がでる」

「確かに貴方のおっしゃるとおりですね。

 それでは皆さんの仕事を邪魔しないように、荷車を十五台だけ借りましょう」

  

 そしてトーリアが大急ぎで追加の荷車を借りてくる間、シルバー姫は鬼赤眼石の岩山を見上げた。

 昨日山の斜面に埋まった巨大な鬼赤眼石を取り出したが、ここにはまだ沢山の鉱石が埋まっている。

 さっきまで岩山を砕こうと悪戦苦闘していた鉱山奴隷たちは、後ろに下がってシルバー姫の姿を遠巻きに見ていた。

 シルバー姫は岩山に触れようと手を伸ばして、指先に違和感に気づく。


「どうしたのかしら、指が痺れて……動かしにくいわ。

 これは昨日の縫い物のせいね。指先が緊張しすぎて強ばっている。

 今日も一日忙しくなりそうだから、しっかり準備運動をしなくちゃ」


 シルバー姫は指をほぐしながら岩山に向かい合うと、準備運動を始める。

 腰を落とし両手を広げ、一度大きく息を吸うと、千人力の平手で勢いよく岩肌を叩く、叩く、叩く。


 ドンッ、バシ、バシンッ、ズズっ、ミシミシミシ。


 シルバー姫の強烈なテッポウの波動が鉱山全体を揺るがし、岩肌の叩いた場所を中心に四方八方に亀裂ができる。


「今日は鬼赤眼石を掘り起こす時間がないから、この岩山を全部崩してしまいましょう。

 少しお行儀が悪いけど、仕方ありません」


 シルバー姫はそう言うと、背中の大きく開いた青紫色のドレスのスカートを摘む。

 持ち上げられたドレスの裾から、スラリと伸びた細く白い足と、足首に繋がった鉄珠が見た。

 シルバー姫の腕力は102400。

 それと同等の脚力で、軽くステップを踏むと小石を蹴るようにひび割れた岩山を蹴った。


 スゴッ、ゴオオオォーーンッ!!


 神の鉄槌が地面を打ち抜いたような、大きな地響きが響きわたる。

 頭上から岩が崩れる音がした。

 巨大な衝撃波と轟音、シルバー姫の周囲に小石や砂塵に飛び散り、鉱山奴隷や監督者は慌てて後ろに避難したが、中には腰が抜けて動けなくなる者もいた。




 シルバー姫に頼まれて十五台の荷車を運んできたトーリアは、思わずその場に立ち尽くす。

 黒い岩山があった場所は砕けた岩の残骸で埋まり、その上にドレスを着た白銀の姫が立っていた。


「さっきまであった大きな岩山が、突然消えてしまった。

 シルバー姫様は、昨日よりさらに力を増している……」

「ご苦労様ですトーリアさん、私も準備運動を終えました。

 それでは鬼赤眼石を荷車に積んで、集石場まで運びましょう」


 人間の男並みの力を持つドワーフ娘トーリアでも、人の頭ほどの大きさがある鳩赤眼石を一つ持つのがやっとだ。

 しかし牛のように大きな岩でも布団程度の重さしか感じないシルバー姫は、岩を軽々と持ち上げると荷車に積みこむ。

 シルバー姫は石のかけらはそのまま放置するので、鉱山奴隷たちはおこぼれに預かれる。

 さっきシルバー姫にアドバイスしたベテラン鉱山奴隷も、仲間たちにホクホク顔で鬼赤眼石のかけらを拾っていた。

 連結した荷車十五台に鬼赤眼石を詰め込むと、荷車の先頭で待機していたトーリアが、緊張した面もちでシルバー姫に声をかける。


「シルバー姫様、私は大して力はないけど、でも頑張って姫様のお手伝いします!!」


 するとシルバー姫は微笑みながら、一本の日傘をトーリアに渡した。


「私の肌は、日に焼けるとすぐ赤くなってしまうの。

 今日は陽ざしが強いから、トーリアさんは私に日が当たらないように傘を差してください」

 

※距離 約1メートル→1ナートル

※テッポウ 平手で柱を打ち付ける相撲の稽古

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