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恋する細腕姫,

 ティンの姿を見て駆け寄ってきたシルバー姫は、ソファーで寝入っているカーバンを見てその場で立ち止まる。


「どうしましたか、シルバー姫」

「無精髭を生やしたカーバン様のお顔を見たら……。

 どうしたのかしら、顔が熱くて胸の鼓動が早くなって、私風邪でもひいたのかしら?」


 カーバンの寝顔をのぞき込んだシルバー姫は、みるみる頬を赤らめる。

 ティンには見慣れただらしない主の姿が、恋するシルバー姫にはとても魅力的に見えるらしい。

 ソファーで眠る疲れた顔のカーバンから、シルバー姫は目を離せず胸の高まりが押さえられない。


(キリリとした太い眉に、近くで見るとまつげがとても長いわ。

 カーバン様の少し乱れた烏色の黒髪と、同じ色の無精髭が素敵。

 目尻のほくろが大人っぽくて、とてもミステリアス)


 これまで恋を知らなかったシルバー姫は、カーバンに見とれて思わずドレスの袖を握りしめる。

 ビリビリッ

 ほんの少し引っ張っただけで千人力の腕力で片袖を破ってしまい、惚けていたシルバー姫はハッと我に返った。


「私ったら、取り乱して服を破るなんて。

 少し外で頭を冷やしてきます」


 大切なドレスを破かないように、鉱山で岩運びの間も細心の注意を払っていたのに、シルバー姫は破れた袖を見て泣きそうになる。

 そんなシルバー姫の姿に、ティンは悪戯心を起こす。


「いいえ、ちょうどいいところに来ました、シルバー姫。

 貴女の剛腕で、旦那様をベッドまで運んでください」

「えっ、私は今まで男の人と手を繋いだこともないのに、カーバン様を抱き上げてベットまで運ぶなんて無理です」

「でも、こんな場所で寝ていたら、旦那様は風邪をひいてしまいます」


 そういってティンはわざとらしくカーバンの腕を引っ張ったが、背が高く足がソファーからはみ出しているカーバンはピクリとも動かない。

 困った顔のティンを見かねたシルバー姫は、おそるおそるカーバンの体に細い手を回し、ソファーから抱き上げる。

 岩山を砕く千人力のシルバー姫には、カーバンの体は羽のように軽く思えた。

 そして急接近したカーバンの髪の毛から、彼女の鼻孔をくすぐる不思議な香りがして、思わずため息をもらす。


「ティンさん、カーバン様の御髪から若草のように爽やかで、とても甘い香りがします」

「それは旦那様の癖毛を直す整髪料の香り、貴女は嗅覚も鋭いようですね。

 シルバー姫、足下に気を付けて、そこに椅子があります!!」


 焦って注意するティン。

 人間より感覚の優れた精霊族のティンでもかすかに嗅ぎとれる程度の香りに、恋するシルバー姫は酔ってしまった。

 ふらついた足取りで椅子を踏みつぶし、無意識に寝室の扉を蹴って破壊する。

 カーバンをベッドに寝かせて、ほっと一息ついたシルバー姫は後ろを振り返ると、そこには破壊された扉と椅子の破片が転がっていた。

 シルバー姫は自分がやらかしてしまった事に気づき、恥ずかしさのあまり顔を覆う。


「も、申し訳ありませんティンさん。

 私ったらカーバン様のお顔しか見ていなくて、無意識に椅子や扉を壊してしまいました。

 これじゃあまるでイノシシと同じ、獣のようだわ」

「シルバー姫、貴女の力はイノシシなんて可愛いものではありません。

 腕力102400は鍛え抜かれた戦士千人分と同等、つまり千人隊で討伐する魔獣に匹敵する破壊力を持っています。

 しかし幸い私は精霊族、魔獣の調教を得意とします。

 だからシルバー姫に、腕力をコントロールするすべを授けましょう」


 強く諭すように語るティンの声に、泣き出してしまいそうだったシルバー姫は顔を上げる。

 

「魔獣と同じなんて、私はもう普通の女の子ではないのですね。

 でもこんな私を保護してくださったカーバン様のお側にいたい。

 お願いですティンさん。

 私が千人力の腕力でうっかり誰かを傷つけたりしないように、力をコントロールする方法を教えてください」

「シルバー姫、辛く厳しい修行を耐える覚悟があるなら、今から私を先生と呼びなさい」

「ティン先生、どうか宜しくお願いします」


 中性的な顔立ちをした茶色い髪の女官の気配が変わる。

 シルバー姫は真剣な眼差しで答えると、深々と頭を下げた。

 

「ではシルバー姫、これから訓練を開始します。

 裁縫箱から、細い針と糸を取り出しなさい」

「ティン先生、針と糸を使って、何をすればいいのですか?」

「もちろん裁縫ですよ、シルバー姫。

 破れたドレスの袖を、自分で繕うのです」


 貴族令嬢は刺繍や裁縫は貴族令嬢のたしなみで、もちろんシルバー姫も人並みに出来るはずだった。

 しかし今の彼女は、千人力の剛腕の持ち主。

 普段通り針を握ったつもりが、縫針は小枝のように折れてしまい、縫糸はまるで蜘蛛の糸のように千切れる。

 シルバー姫には、鉱山の岩運びより裁縫の方が辛く厳しい作業だった。


「やっと袖を縫い終えました、これでいいですかティン先生」

「いいえ、シルバー姫。縫い目が目立たないように小さく、そして直線に縫いなさい。

 これは不合格、やり直しです」


 ティンは厳しい口調でそう言うと、シルバー姫が縫った袖を解いてしまう。

 そして何度も袖を縫い直し、深夜過ぎにやっとティンから合格をもらったシルバー姫は、気力を使い果たしそのままソファーに倒れこんで寝てしまった。


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