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鉱山のドワーフ娘,

 日の出と共に鉱山中に鐘の音が響き渡り、山へと続く道を鉱山奴隷たちが列をなして仕事に向かう。

 ボロをまとった鉱山奴隷の中に、一人だけ異なる姿の者がいた。

 疲れた顔で歩いていた奴隷が、その姿を見て思わす声を上げる。


「細腕姫がいらしたぞ、道を開けろ!!」


 今日のシルバー姫は長い銀色の髪をひとつに結い上げ、背中の大きく開いた青紫色のドレスを着ている。

 それはファッションに疎い鉱山奴隷が見ても、超一級品と分かるドレスだった。


「でもあんなドレスを着て、鉱山の力仕事が出来るのか?」


 鉱山奴隷たちはシルバー姫の美しさに見とれていたが、眉無し側近からシルバー姫を監視するように命じられた監督者が怒鳴り声をあげた。


「新入りがノロノロしてんじゃねえ、早く来いっ!!」


 しかしシルバー姫が全力で走れば、地面の石畳はその圧力に耐えきれずひび割れ、地面に亀裂が入る。

 だから薄氷の上を進むように、ゆっくりと監督者のいる場所に歩いてゆく。

 

「ここは貴族の舞踏会会場じゃないんだ!! 

 亀みたいに歩くんじゃねえ」


 しかしそんな事は知らない監督者は苛つき、足下に転がる石をシルバー姫に向かって投げつけた。

 シルバー姫の頭を狙って、硬い石が猛スピードで飛んでくるが、常人の十倍の生命力を持つシルバー姫は反射神経も十倍。

 石はシャボン玉のようにゆっくり飛んで見えて、片手で受け止めて少し力を入れると、千人力の握力で一瞬で砕けて砂粒状になる。


「あら、石を受け止めるつもりだったのに、握り潰してしまいました。

 ティンさんに言われた通り、私はまだ自分の力をコントロールできていません」


 手のひらに残った砂粒を見つめて、ため息を付くシルバー姫。

 石を握り潰したシルバー姫の姿に、鉱山奴隷たちは歓声を上げる。


「あの石は魔力を帯びて、当たると全身鞭で叩かれたみたいに痛くなるんだ。

 それを片手で握りつぶすなんて、さすが細腕姫様だ」 

「スゲエ馬鹿力。やっぱり細腕姫は巨人王の力を宿している!!」


 普段大した理由もなく監督者に虐められる鉱山奴隷が、大声でシルバー姫を褒めたたえる。

 だが面目を潰された監督者は、怒りで顔を真っ赤にして、腰に下げた棍棒を握りしめるとシルバー姫に向かっていった。

 

「騒がしいぞ奴隷ども、俺に逆らうなぁ!!」


 監督者はシルバー姫の細い肩を狙い、太い金属の棍棒を振り下ろす。

 しかしシルバー姫の肌はドラゴンの皮膚より堅く、骨格は鋼のように強靭で、肩に当たった棍棒は木の葉が触れた程度にしか感じない。

 そして金属の棍棒は真ん中からグニャリと折れ曲がり、シルバー姫を殴ったはずの監督者は自分の腕を折って悲鳴を上げた。

 シルバー姫は地面に転がって痛みを訴える監督者を介抱しようとしたが、うかつに触れると更に大怪我をさせてしまう。

 その後、騒ぎを聞きつけた仲間に男は連れて行かれ、代理を押し付けられた監督者はシルバー姫を警戒して距離をとりながら今日の仕事を命じる。 

 

「大罪人シルバー、次に騒ぎを起こしたら仕事量を倍にするぞ!!

 さぁ、この袋に石を詰めて運べ。

 仕事のノルマをこなすまで休憩は無いぞ」


 シルバー姫は布袋を受け取ると、石を割らないように慎重に、卵を扱うように袋に詰める。

 そして袋の口を閉めて運ぼうと持ち上げると、袋に開いた穴から石がこぼれ落ちた。

 それを見た監督者が、わざとらしく大声を上げる。


「お前、袋に穴を開けて石を捨て、軽くしようとしたな!!

 仕事はやり直しだ。

 袋を破いた罰として、仕事量を二倍に増やす」

「私ったら、いつの間に袋を破ってしまったのかしら?

 まだ腕力を調整できないのね。

 次は気を付けて石を運ばなくては」


 仕事のやり直しを命じられたシルバー姫は、列の最後尾に並び直し、新しい袋をもらって石を詰め直そうとした。

 すると隣に並んでいた小柄な鉱山奴隷が、シルバー姫に小声で話しかける。


「細腕姫、この袋は元々穴が空いています。

 これは監督者の、新人奴隷いびりです」


 シルバー姫に話かけた小柄な奴隷は、灰色の髪のドワーフだった。

 手足は短くて太く長い前髪で顔を隠し、汚れた灰色の作業着を来ていたが、小鳥のさえずりのような綺麗な声をしている。 


「まぁ、貴女はもしかして女の子? 

 でもどうして、女の子が鉱山奴隷として働いているの?」

「女ドワーフは人間の男と同じくらい力があります。

 それより細腕姫様、その袋を使ったらすぐに破れて、また仕事を増やされます」


 そういってドワーフ娘は、自分の持っている袋をシルバー姫に差し出した。

 彼女の袋は幾重にも布が縫い重ねられ、補強されている。


「ありがとうございます。

 でも私がこの袋を使ったら、貴女が奴隷監督にいじめられるわ。

 だから貴女の気持ちだけ、頂きますね。

 私は大丈夫、袋を使わずに石を運ぶから」

 

 シルバー姫はドワーフ娘にそう言うと、周囲を見回すと奴隷たちの列を離れる。

 大勢の奴隷がツルハシで岩を砕いている鉱山には目もくれず、なぜか誰も手を付けていない黒い岩山に向かった。

 その岩は昨日会った貴族ニッカルのはめていた指輪の石とよく似ていたので、きっと価値のある鉱石だろう。


「そこの奴隷、勝手なことをするな!!

 この鉱山の黒岩は硬すぎて、普通の人間がツルハシで叩いても砕けない。

 王都から呼んだ破壊魔法使いが、五人がかりでやっとここまで掘り起こしたんだ」


 背後で奴隷監督者の怒鳴り声が聞こえてきたが、シルバー姫はそれを無視すると、硬すぎて山肌から堀り出せず放置された巨岩を、卵の殻を割るように爪先で軽く叩いた。

 すると異変が起こり、これまで傷ひとつ付けられなかった巨岩に小さな亀裂が走る。

 シルバー姫はさらに別の場所を四、五カ所叩くと、岩の亀裂はどんどん広がってゆく。


「破壊魔法使い一人の威力は五十人から百人力、五人なら約五百人力。

 私の千人力を思いっきり振るえば、きっとこの岩は砕ける」


 シルバー姫は巨岩の亀裂に自分の両腕を楔のように差し込むと、千人力の剛腕を全開にした。


 ミシ、ミシミシ、バキバキ、

 ズシャ、ゴォオオーーーンッ!!!!!


 シルバー姫の後をこっそり付いてきたドワーフ娘は、重たい地響きと地面の揺れに身をすくめる。

 そして黒山の山肌五分の一が削り取られ、巨岩がゴロリと転がっているのを見た。


「まさか細腕姫は、自分の力で黒山から巨岩を引き剥がしたの?

 そんなこと出来るのは、伝説の巨人の王様しかいない」


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