第三章 一、恋愛事情(一)
第三章 一、恋愛事情
成人の儀の翌朝。
秋晴れの爽やかな、ほんの少し肌寒い、二度寝に最適な朝。
フィナとアメリアの二人に添い寝をお願いして、人肌の温もりに包まれて心地良く眠れた。お陰で昨日の緊張も十分にほぐれて、リリアナとシロエに元気な姿を見せられるだろう。
(……二人に会えるのが楽しみで、目が覚めちゃったなぁ)
だけど、せっかくワガママを言って二人に添い寝してもらったのだから、やっぱりもう一度眠ろう。フィナとアメリアが、仰向けのわたしに寄り添うように体に絡んでいて、その重みと温もりが不思議と安心をもたらしている。瞼を閉じればすぐに心地良くなって、睡魔が意識を夢の中に誘う。
――クスクス、気付いていないのね。
――ッフフ、そのようですね。可愛い人です。
夢の中には、聞き慣れた懐かしい声が届いていた。
「このまま、ほっぺにキスしてしまおうかしら」
「あっ。何もしないと約束したじゃありませんか。それなら私も……」
「ちょっと、潜るのはダメだって言ったでしょ」
(……なんだろう。夢なのに、やけにはっきりとした声が聞こえる)
右側はアメリアだったけど、何やらもぞもぞと動いて、わたしの体をまさぐるように――
「――ひアッ」
胸を揉まれた。
かなり適格に、下からすくい上げるように右の乳房を揉まれ、その指は先端まで焦らす様にいやらしく這い上がってくる。『そういうこと』をするつもりの手に、不快感とこそばゆい心地良さが同時に引き起こされて、半身がゾワゾワと総毛立った。
「や、ゃめ――」
「こらっ! ダメって言ったでしょうが」
本来、フィナが眠る左側から、その声は叱りつけた。フィナではないが、聞き覚えのある声。
「すみません。大きさを確かめておきたくて」
右側もアメリアではない。
「ちょっと! 二人をどこへやったんですか!」
リリアナとシロエだ。間違うはずもない。アメリアとフィナの二人と、入れ替わったのだろう。一体いつから……。
「アハハ、やっと気付いたわね。心配させた悪い子に、お仕置きしに来たのよ」
左側から、リリアナが得意げに言った。
「しばらくお風呂をご一緒していませんからね。チェックしませんと」
シロエは、また一段と踏み込んだ事をしてくるようになった。叱られながらも、わたしの胸の先端をつまむようにして遊んでいる。
「やっ、やめ……て」
弱々しいわたしの声に、リリアナがようやく、未だ続いているシロエのセクハラに気付いた。
「やめなさいって言ったでしょ! ずるいわよシロエ!」
「じゃあ、お嬢様もすればいいじゃないですか」
シロエはそう言いながら、乳房を弄ぶ事をやめない。
「そ、それいじょうしたら、怒りますか、ら……あっ」
ヘンな声が出てしまう。元は自分のものではないこの体に、わたしは今まで遠慮して、不用意に触る事はしなかった。それが災いしたのか、慣れない感覚のせいで、体に力が入らない。
「シロエ!」
リリアナは強く言った。そこまでするつもりも、させるつもりも無かったのだろう。彼女は遅くはあったけれど、シロエの手を取ってやめさせた。
「ご、ごめんなさいねエラ。本当は二人と入れ替わって、単純に驚かせようと思っただけなの。後でシロエにはお仕置きしておくわ」
弄ばれた余韻が、まだ右胸に残っている。
「シ……シロエ……。お嫁に行けなくなるようなこと、しないで……!」
(これは……この感覚は……)
覚えてしまうとよくないやつだ。良い人が見つかるまで、やっぱり不用意な触れ方はしないでおこう。
「だって、寂しかったんです。エラ様の居ない毎日が、どれほど虚しくて寂しいものだったか……」
この人は、どこまで本気で『そういうこと』をしているのか、いまいち読み切れない所がある。
「そうだとしても、です。私だって、お二人と離れてすぐ、寂しくて悲しかったんですから。それでも我慢して、頑張ってたのに……シロエはそういう事、しちゃうんですね」
しっかり怒っておかないと、間違いなくまた入浴中などにもしてくる。一緒に入ると約束しているし、隙を狙うに決まっている。リリアナはともかく、シロエはたぶん、どちらでも大丈夫な(イケちゃう)人なのだろう。気を付けないといけない。
「す、すみません。我慢するように、気を付けます……」
珍しく怒ったものだから、ションボリした声でシロエは謝った。だけど、『もうしない』ではなくて『我慢する』なのが彼女らしい。
(……ほめてないからね)
「……はぁ。それで、いつから入れ替わったんですか?」という問いに、「ほとんど最初からですよ」と、しれっとシロエが即答した。
「えっ?」
聞くと、わたしが寝入った頃合いには、まだ寝付いていないアメリアとフィナを起こしてすぐに入れ替わったらしい。という事は、昨日から来ていたのだ。それなら会ってくれたら良かったのに。いや、あまりにも眠かったし、おそらくわたしの状態を加味して、ついでに遊び心で入れ替わる事を思い付いたのだろう。
「……お二人に会えて、本当に嬉しいです。私、貴族として認めてもらえたみたいです」
リリアナが拾ってくれた恩に報いたくて、示してもらった道を走り抜けた。達成できたその 喜びは、彼女を前にしてようやく実感として湧き上がってきている。自然と、体をリリアナの方へと向けた。ベッドに寝そべったままでする話ではない気もするけれど、こうして横たわった状態で向き合うと、格別な感情がどんどんと湧いてくる。
「立派だったわ。エラ。あのバカに絡まれた時は、本当にどうなるかと思ったけど。まさか力でねじ伏せるとは思わなかった。無茶して、怪我なんかして……心配したんだからね?」
優しいリリアナの、心からの笑顔を見ると……そんな怪我もこれまでの苦労も、何でもない事のように思えた。
「あのぉ……私の事、忘れていませんか……」
二人だけで向き合って雰囲気を出していると、シロエが物欲しそうな気配を出しながら耳元でささやいてきた。寄せられた体の、というか大きな胸の重みと柔らかさの圧が腕と背に掛かる。
「ひゃっ! 耳元でささやくのも、禁止ですシロエ」
「それじゃあ、何もかも禁止じゃないですか。せめて、もっと抱きしめさせてください」
何が『せめて』で、『もっと』なのだろうか。でも、そういうシロエのスキンシップに、前は沢山救われていたのも事実だ。
「もぅ。ヘンなところは触らないでくださいね? それなら、抱きしめてくれてもいいですよ?」
「嬉しいですっ。あ、二言はありませんからね?」
現金なシロエがそのままで、なんだか安心している自分が居る。
「エラ、あなた大人になったのね。前はもっと受け身で、引っ込み思案だったのに。お爺様とこちらに来てからも……本当に頑張ったのね」
今なら何を褒められても喜んでしまう。特に、頑張っていた事を理解してもらえるのは、本当に報われる。
「ありがとうございます……」
「さぁ、もう少し眠るつもりだったんでしょ? フィナが起こしに来るまでもうちょっと、ゆっくりしていましょ。エラの事、こうやって抱きながら寝ていてもいいかしら」
リリアナも、わたしの腰に腕をまわしてぎゅっと抱きしめてくれた。後ろからシロエも抱いてくれていて、二人の温もりが心に染みわたるようだ。
久しぶりの再会は、まさかのベッドの上でとは思いもよらなかったけれど。あの時のままの二人で、ほっとした。時が経つと、どこかよそよそしくなってしまうのではと、実は不安が少しあったのだ。
また、この二人と一緒に居られるのだと思うと、とても気持ちが安らぐのを感じる――。
お読み頂き、ありがとうございます。
新しい章に入りました。これからも続くので、よろしくお願いします。




