第九章 三十二、春風
第九章 三十二、春風
座標を目掛けて二人で飛んでいくと、辺り一面の森の中に、小さく開けた場所があった。
ただ、よく見ないことには、上から見ても雪景色でほとんど分からない。
闇雲に探さなくて良かった。
「精密な地図と座標がなかったら、見つけられなかったかもね」
「そこはおねえ様を当てにしていました」
木々は緑の代わりに雪と氷を枝に着けて、真っ白に生い茂っている。
「雪、溶かしちゃうね」
そう言って私は、指先から光線を放って小さく開けた所の雪を払った。
エラには何も隠す必要がないから、全身に仕込まれている兵装を気兼ねせずに使える。
一瞬で蒸発した雪の蒸気が収まってから、エラと降り立った。
上から見るのとは違って、周りの木々に囲まれて、まるで護られているかのような気持ちになった。
「おねえ様、ここ……なんだか落ち着きますね」
「うん。同じこと思ってた」
しばらく二人で、ぼうっと見ていたのは、何かを感じているからかもしれない。
でも、まだ感慨に耽っていてはいけない。
「この辺でいいかな……エラ、少し下がっててね」
私は少し開けた土地の、少し北に寄った所に進んでえんぴを取り出した。
「小型のスコップ? それで掘るんですか?」
「そうよ。私、これで掘るの速いんだから」
えんぴは、片手で扱う用のスコップだ。
手に馴染むものを庭師から借りてきた。
「それでは日が暮れてしまうのでは……」
エラが心配そうに――そして羽剣を操って掘るつもりだったのだろう――それらを浮遊させたまま、私を窘めようとしている。
「ま、見ててよ」
エラが不思議そうにしているのを無視して、私は地面に四つん這いになるとえんぴを突き立てた。
ガリッと、凍った地面に弾かれ気味に刺さっても、全く気にしない。
その少し入った場所めがけて、何度も打ち下ろした。
次第に地面が抉れていく。
「これだけ抉れたら、もっと早くなるわよ?」
エラに一度だけ振り向くと、私は一心不乱にえんぴを突き立て続けた。
抉れた所から、僅かにずらして削るように掘る。
掘るというよりは、削り取っていくようにザクザクと抉っていくのだ。
すると、瞬く間に切り株を埋められるくらいの穴が出来た。
「えぇ……。おねえ様ってば、こんなに固い地面をプリンみたいに……」
褒めているというよりは、若干引いているらしいけれど。
「せめて、硝子の層が出てくるまでは掘ってあげたいのよね」
あの時代の地層まで、どのくらいの深さかは分からないけれど。
「それならなおさら、羽剣で掘った方が……」
「それだと、焼いた時に出来た薄い硝子層も、一気に破壊しちゃうでしょ? それに……この手で掘ってあげたいの」
「……あぁ。そのお気持ちは、少し分かる気がします」
そんなことを話しながら、半時間ほどで一メートルくらいは掘ることが出来た。
「ほ、本当にお速いですね。森の土は色々な根もあって、なかなか掘れないと思っていました」
それは事実だ。普通なら、ここまで速くは進めないだろう。
でも、岩切流に伝わる土遁の術ならこの通りだ。
刀で岩を斬るような流派なのだから、土だろうとその中の木の根だろうと、全て『斬る』つもりで掘れば簡単に斬れる。
それを自慢げにエラに説明したのだけれど、可愛い妹は微笑んで首を傾げるだけだった。
「他にも、砂利や石だってあるでしょうに……」
もちろん沢山あったけれど、そういうものはそれらを掘り起こせば良いだけだ。
片手用のえんぴだからこそ、器用に扱えて速い。
ただ、これ以上深く掘り進むには、土を上に上げる作業にも時間を取られてしまう。
掘った土をかくように後ろに出していたのが、もっと上に投げなくては穴から出てくれないからだ。
ともかく……さらに一時間ほどかかって五十センチくらいを掘り進めたところで、明らかに別の固さの層に当たった。
溶け広がった、硝子の地面だ。
「エラ! 硝子の層に当たったわ! ここに埋めましょう!」
やっぱり、ここで合っていた。
確信半分、不安半分で掘っていたけれど……それはエラも同じだったらしい。
「良かった! ここじゃなかったら、どうやって探せばいいのかと考えていました」
穴から顔を出しただけの私に、エラは屈んで手をつき、私の顔を覗き込んで言った。
「フフ。ほんとにね。私も不安だった」
二人して笑顔を交わしたあと、私はポケットからダラスの金属片を出した。
「エラも、最後に手を添えてあげて」
「はい」
私の手の平とその金属片に、エラも上から合わせてくれた。
そして目を閉じて、最後の祈りを捧げる。
――家族三人で、安らかに眠れますように。
「……三名の尊き死者に、安息と安寧を」
そして、私は金属片を預かると、硝子の層にそっと置いた。
最初は周りの土を手であてがい、優しく埋めてゆく。
「……穴から出るわね。一緒に埋めよう」
それからは、二人とも無言で土を埋めていった。
お互いに、手が汚れるのも、冷たいのも気にせずに。
やがて埋め終わると、私はなんだか、気が抜けてしまった。
「おわったんだ…………」
「ええ。おねえ様は、ついにやり遂げましたね」
「うん――」
――私は不意に、膝をついてへたり込んだ。
「おねえ様!」
「だ、大丈夫。力が抜けただけよ」
やり遂げたと言っても、ダラスに付き合わされたことが終わっただけだ。
リリアナとの約束も、旦那様との結婚生活も、エラやおとう様との楽しい生活も……まだまだ、これからだ。
「もう、びっくりするじゃないですか。……立てますか?」
エラは私を支えるように、そして念動を使って、私の手をを引き上げようとしてくれている。
「うん。立てる…………」
そんなやり取りをしていると、雪雲に覆われていた空からひとすじ、光が差し込んできた。
まさかダラスが、ありがとうとでも言っているのだろうかと思ってしまうほどに、タイミングが良すぎる。
「どう思う? エラ」
「フフ。お礼のつもりではないでしょうか」
「もう、同じこと思わないでよ。まさかだもの」
するとさらに、春を思わせる暖かな風がふわりと流れて……私たちの頬と髪を三度、撫でて行った。
「うそ……」
「こんなことって……あるんですね、おねえ様。私、涙が止まりません」
穏やかで、優しい風。
この厳冬期では、ありえないものだ。
三人は、やっと一緒になれたのかと思うと……私ももう、堪えきれなくなっていた。
「よかったね……ほんとに、よかった……」
言葉にならない想いが溢れて、熱いものが止まらない。
エラは、へたり込んだままの私に合わせて、膝をついて私に抱きついた。
私もエラを抱きしめて、流れるままに涙を零している。
春風の余韻に浸りながら、私たちはしばらくの間、抱きしめ合っていた。




