第八章 二十、不穏な話
第八章 二十、不穏な話
「アドレー様! アドレー将軍様! どうかっ、どうかお話を!」
車内では三人で顔を見合わせ、エラは頷き、おとう様は首を振った。
私は……少し迷ったけれど、エラと同じく頷いた。
「仕方のない子らだ。――止めてやれ!」
おとう様の指示で、御者は危なくないように、けれどなるべく早く止まるように制御してくれた。
「パパ。私が出ます」
私なら、子供を使った暗殺だとしても刺される心配がないから。
オロレア鉱で出来たこの体に、刃を突き刺せる人間など、たぶん居ない。
伏兵が居たとしても入り込まれないように、警戒して素早く降りて扉を閉めた。
おとう様が特注で作ったこの馬車は、槍でさえ貫けない。
とりあえず閉めて走らせれば、よほどのことがない限り中の人は無事だ。
「……どうしたの? 馬車に並んで走るなんて、大変だったでしょ? それに危ないし」
周囲の警戒を続けつつ、息を切らせている少年に話しかけた。
伏兵は居ないように思ったし、この子からも敵意を感じない。
……普通に、なにか言いたいことがあるんだろう。
「……はぁっ……はぁっ……。おねえ……さん」
子供の足だし、わりと辛かっただろう。
「ゆっくりでいいから。ね?」
慌てると、切れた息が余計に落ち着かないのだ。
「…………ありがとう、おねえさん。あの、僕、お願いがあって……」
見たところ、十歳くらいだろうか。
線の細い、そして遠慮気味な態度なのに、その目の必死さには一種の迫力があった。
「うん。どんなお話かな。話してみて?」
そう言いながら、私はしゃがんで目の高さを合わせた。
なるべく怖がらせないよう、微笑みも忘れずに。
「ありがとう。その……おとうさんが帰ってこないんだ。仕事だって言って、新しい畑を作って、皆で腹いっぱい食えるように頑張って来るって言って。それっきり……」
何だか、穏やかではない話だ。
「それは、いつから帰ってないの?」
「もう、半月以上もなんだ。こんなこと、今までなかったのに……」
「そう……。それじゃあ、おとう様……アドレー将軍には、あなたのおとう様を探して欲しい。っていうお願いかな?」
話ながら、だんだん俯いていく少年を見ながら、これは事件なのか、それともただ忙しいだけなのか、もしくは……。
獣に、運悪く出くわした結果なのか。
護衛が巡回しているとはいえ、ずっと一緒に居るわけではない。
その巡回の間に遭遇する可能性も、きっとある。
――人が足りていない。
それが少年の父親に、残業をさせ続けているという穴埋めのせいなのか……。
巡回の穴が大きいせいで、犠牲になったという話なのか……。
「あなたの、おとう様のお名前は?」
調べてすぐに、家に帰してあげられるならいいのだけど。
「ケルト。おとうさんはケルトっていうんだ」
「分かった。覚えておくわね? 私からちゃんとアドレー将軍に伝えて、調べてもらうから。それから、あなたのお名前は? おうちはどのへん?」
「僕はケン。家は、あっちの農業区の方。今日はおかあさんの薬を買いにきたんだけど、高くて……。そしたら、将軍の黒い馬車が見えたから、おとうさんを探してもらおうって思って……」
「そうなんだ。きちんと話せてえらいわね。おかあさんは病気なの?」
「うん。風邪をこじらせただけだって言うけど、心配で。でも、お薬ってそんなに高いって、知らなくて」
「そっかぁ。じゃあ、今日は君が……ケンが頑張ったご褒美に、これ。お薬が買えるといいんだけど」
そう言って、銀貨を十枚ほど渡した。
少し多い……もしかすると、かなり多かったかもしれないけど。
薬の相場を知らないから、串焼きがとても沢山買えるくらいを渡したのは、間違いではなかったと思いたい。
「ありがとう! でもこんなに、ほんとにいいの?」
「……うん。おかあさん、元気になるといいね」
「おねえさんありがとう! 買ってくる! それじゃあ僕、薬買ってくる!」
少年――ケンは喜び勇んで駆けて行った。
「気を付けてね!」
――馬車に入ると、聞いていたおとう様が開口一番、「死者が出たという話は、入っていないはずだ」と言った。
それを信じたい。
でも、人雇いの中には下請けの、さらに下請けの下請けの……と、ややこしいことをしてくれる者達も居るという。
お屋敷に帰る中、そして帰ってからも、おとう様から詳しい話を聞いた。
摘発するよりも人手不足をどうにかしたい国としては、人雇いの中抜きまで手が回せない状況らしい。
ただ、今回に限っては、そういう話も聞こえていないはずだったと言う。
「とにかく、もう一度調べる必要があるな」
おとう様は、そう言ってくれた。
本当なら、こういう小さな話はおとう様の管轄ではない。
けれど、前の誘拐事件のこともあるからと、特別に動いてくれる。
「私にも出来ることがあれば、言ってください」
大ごとにならなければいいのに。
そう思いながら、おとう様の調査結果を待つことになった。




